診察室から:10月2日(火)

高円寺南診療所の推薦図書

 

「病という神秘」

本1

 

 

臼田夜半(うすだ よはん)著

 

教友社

 

 

著者の臼田氏とは、9月17日に初めて面識を得ました。

 

氏は後縦靭帯骨化症という診断に辿り着くまでに、難病の(筋委縮性)側索硬化症を疑われるなど紆余曲折がありました。

 

症状からすると、二次性の線維筋痛症を伴っていたのではないかと私は推定しています。

 

氏の文章は、類まれなる表現力と哲学的洞察力をもっているだけでなく、音読しても滑らかな流麗なリズムをもっています。

 

診療室で、何人かの患者の皆様にご紹介するにあたり、私自身が何回か音読してみましたが、文章に音楽性を感じました。

 

皆様に是非、ご紹介したい貴重な名著です。

 

 

はじめに、より

 

<病には、病の時にしか見えない神秘がある>

 

コメント:

たしかに、人は病を得ないと、精神の奥底にある霊的(スピリチャル)な世界に気づけないのではないか、と思います。

 

 

本文より

は・・・(中略)・・・、首あるいは喉という頭と胴体の接する場所-いわば精神と肉体の接する場所から発しており、それ自体として肉体的であると同時に精神的なものであるという強い属性を持っている・・・p30 >

 

コメント:

聖楽院のコンセプトと関連性があります。後日改めて、聖楽院のページでご紹介いたします。

 

 

歩くことは、足腰を鍛えただけではなかった。徐々に、尻や腕、胸や背など、全身に筋肉がつき始めた。筋肉がつくと体の保温能力が増す。体は、常に感じていた冷えから、少しずつ解放され始めた。体が温まると痛みも和らぐ。歩くことで気が紛れ、ある瞬間だけでも痛みを忘れているということがある。p62 >

 

コメント:

水氣道のコンセプトに親和性があります。後日改めて、水氣道のページでご紹介いたします。

 

 

あとがきにかえて、より

<病の底で、花開くように開示する原初的な命の息吹に出会うという神秘がある。私たちは、生命の力のもっとも衰えたその底で、命の本来の姿、すなわち自分自身の本来の姿と出会うのである。>

 

コメント:

<唯一確かな真実を、私は幾度も、死の淵の経験を経て、この骨身に叩き込まれたp64>という著者の確信は、説得力があります。