<第1部>
①座れない。立っていられない。寝たきりの激痛。
②波の音のCDですら、突き刺さるような感じ。
③病気は、「おかしくなった信長」に似ていて、残酷で、容赦ないです。
④ただ、急にではないけれど、「信長の絶対天下」は崩れる事があるのは感じます。
⑤数えきれない小さな偶然の積み重なりで。
⑥今でも、私は、ゆさぶられる事が続いていますが、この事は、お伝えしたいと思いました。
⑦悪筆、ご容赦ください。
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Mさんのレポートは悲痛な叫びとともに混乱しているかのようでいて、どこかに<希望の入り口>のようなものを冷静に探し求めている姿がうかがわれます。
Mさんが自分の身の置き所が見いだせないほどの激痛は、彼が自由にとれる体位を極度に限定させています。
①座れない。立っていられない。寝たきりの激痛。負荷の大きい方から並べると、立位⇒座位⇒臥位となります。
これは、身体が地球から受ける重力の作用に対する反作用として、どの程度、抗重力筋を動員するかの順序でもあります。寝たきりでも激痛なのですから、ほとんどの抗重力筋を稼働させなくても痛みを感じるということを意味します。
これを前提に考えれば、歩行というのは立位保持のために用いていた抗重力筋に加えて、移動のための運動筋をも動員することになり、更なる負荷がかかる、という結論に結び付きます。
ところが、Mさんは自力で高円寺南診療所に通院しておられます。何がそれを可能にするのでしょうか。
これを考える上での手がかりは、
1)体位によって、それぞれ望ましい姿勢や動作、心の置き方があるということ
⇒ 姿勢・動作・心理の評価と改善の必要性
2)筋肉には、姿勢を保持する筋肉(抗重力筋など)や作業や移動をするための筋肉の他に、呼吸筋があるということ、
⇒ 呼吸法の評価と改善の必要性
3)長期にわたって持続する慢性痛は急性痛とは異なり、中枢神経系の感作(脳の痛覚過敏性)が生じているということです。
⇒ 脱感作療法の必要性
この中枢感作の症状は、②波の音のCDですら、突き刺さるような感じ。という表現に良くあらわされています。
この感覚は、Mさんばかりでなく、線維筋痛症の患者さんからしばしば報告を受けます。
ただし、Mさんに特有なのは痛みの擬人化です。
③病気は、「おかしくなった信長」に似ていて、残酷で、容赦ないです。
④ただ、急にではないけれど、「信長の絶対天下」は崩れる事があるのは感じます。
Mさんの痛みは絶対的な専制君主のように振舞いますが、
たとえば<奢れるもの久しからず>ということでしょうか、絶えず猛威を振るっているわけではなく,静かに収まっている時間があることも経験されている、ということでしょう。
痛み苦しめられている時間ばかりに囚われている人は、痛みから解放されている時間を無視していることが多いですが、Mさんは解放されて自由になる時間をきちんと受け止めておられます。
⑤数えきれない小さな偶然の積み重なりで。というセンテンスは④にも結びつきますし、⑤にも結び付けることができます。
つまり、症状の改善因子は数えきれない小さな偶然の積み重なりでできていて、諦めずに、その小さな目立たない<希望の入り口>を求め続けていくことを通して、少しずつ自分の自由を拡げていくことができるということに気づいておいでのようです。
⑥今でも、私は、ゆさぶられる事が続いていますが、この事は、お伝えしたいと思いました。というMさんの結語は<ゆさぶられる事>が苦痛や苦悩を増し加えることではなく、むしろ、希望の入り口ともいうべき、数えきれない小さな偶然を意味することであることを経験し始めていることを示唆するものであると受け止めたいと思います。
生きている、ということは息をしていること、息をしている限り、私たちは私たち自身や周囲の人々に揺さぶりをかけ続けているということです。
人間は社会的動物である以上、生きていくためには、互いにかけ続けている揺さぶりをどのように受け止めていくか、という自覚も必要なのではないでしょうか。
人間は、揺さぶり、揺さぶられながら生きているし、また病も、揺さぶり、揺さぶられながら癒されていくものなのではないかと思います。
要するに、揺さぶりをどのようにとらえて、どのように受け止めるのか、そして自らが周囲にどのような揺さぶりに関わっていくのが健康的で生産的なのかについて試行錯誤を続けていくこと、これらのことは、病気の治療にとどまらず、生涯を通して意義深い成長課題だと思われます。
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