日々の臨床⑦

12月23日土曜日

 

東洋医学

<線維筋痛症の著効例:漢方専門医の立場から>

漢方と鍼灸は共に東洋医学の一分野を構成しており、中国医学の聖典である『素問』 では随所に、「内から薬物で、外から鍼灸で治す」と述べられています。湯液 (漢方) と鍼灸は昔から 「車の両輪」 ともたとえられています。ともに、人間本来の治癒力を引き出すことを主眼とし、病態を 「心身の歪み」として捉え、その歪みを是正していく方向で治療を行います。 自覚症状を尊重し、 愁訴をとることに重点を置いている点、個別医療が基本である点など、多くの共通点があります。そうした両者の共通点を活かした併用療法は、 各々単独で治療を行った時よりも愁訴の軽減やQOL(生活の質)の向上に寄与することが可能です。しかも 漢方と鍼灸は互いの治療効果を高め合うので、相乗効果が期待できます。

しかし、現代は、鍼灸師と薬剤師、医師の免許が分かれ、鍼灸師は鍼灸で、医師・薬剤師は漢方でという趨勢の時代です。日本の医師免許は、西洋医学も東洋医学もオールマイティな大型免許です。ですから、きちんとした医療を提供できるのであれば、一人の医師が西洋医学の治療の他に、漢方薬を処方したり、自ら鍼治療を施したりすることも可能なのですが、実践している医師はごく少数派です。高円寺南診療所でも鍼灸師不在の時代は、医師が自ら鍼灸治療を行っていた時代があります。現在では、鍼灸治療は専任の坂本光昭鍼灸師に全面的に委ねていますが、毎週土曜日の午前7時からは東洋医学カンファレンスを行い、

東洋医学における漢方・鍼灸統合医療を症例ごとに検討することを続け、より良い診療に向けて工夫を重ねています。

  線維筋痛症は、漢方・鍼灸併用療法が奏功する代表的な疾患です。S.Hさんも鍼灸治療はまだ2回のみですが、約3か月で著効を示しました。まずは、結果からご紹介します。

S.Hさんの諸症状の変化

顕著な変化は、2年半ぶりの月経再開です。S.Hさんは閉経であると思い込んでいたようですが、無月経が続く疑似閉経であったことが判明しました。その他、

慢性疼痛の強さ10⇒2、全身倦怠感10⇒4、冷えの程度10⇒4、

呼吸困難感の程度10⇒2、寒冷蕁麻疹の発生頻度10⇒4、

不眠の程度10⇒3、気分のイライラ10⇒2

いずれもまだ完全ではありませんが、やはり明らかな改善がみられ、S.Hさんの生活の質は改善されました。

なお線維筋痛症の重症度や治療による改善の程度を知るための尺度にJ-FIQスコアがあります。

S.Hさんの初診時の疾患活動性94.2点で高度つまり重症(高度≧70)でした。これが1ヶ月後には⇒69.5(中等度≧50)

さらに1ヶ月後には⇒31.3(軽度≦50)

また改善度を評価してみますと、

94.2-31.3=62.9点でこれは確実な改善を表します(著明改善>50)。

 

  このあたりで、今度は東洋医医学での診察所見の一端をお示しします。

以下は代表的な脈診(脈の診察所見)である脈証・舌診(舌の診察所見)である舌診の脈証と⇒それに基づく弁証(見立て)およびそれの<解説>を併記します。

脈証:沈・虚⇒裏虚・陽虚

<脈は沈んでいて無力⇒心身の内部のエネルギー不足と、それに伴う冷え>

舌証:舌体青紫舌・歯痕・舌下血絡、舌苔薄

⇒気虚(水飲内盛)・気滞(痰飲停滞)血瘀・気血壅滞(熱)

<舌は青紫色がかっていて、歯の当たる部分の舌に歯型が残り、舌の裏面の静脈が怒張していて、舌表面の苔は薄い⇒エネルギー不足、エネルギーや血液や体液の巡りが共に滞っている>

問診:慢性疼痛⇐血瘀と寒(冷え)、全身倦怠感⇐肝気虚、

冷え⇐陽虚、血瘀、水滞の併存、

呼吸困難感⇐陽虚肺寒、寒冷蕁麻疹⇐風寒証、不眠⇐陰陽両虚、

気分のイライラ⇐肝鬱化火、気血両虚

<女性は閉経が近くなると、体内の活動や体熱産生エネルギー(陽気)が次第に衰えて、気力、体力も衰えてくる。臓腑ではまず内分泌をつかさどる腎(副腎や卵巣に相当)が衰える。更年期における精神的鬱屈や心理的ストレスは、ストレス反応(肝気鬱結)を生じ肝の疏泄(気を流通させる作用)を失調させる。こうして肝・腎の失調は次第に脾・肺・心にも波及する。心が衰えると種々の精神症状が出現する。こうして全身の陰陽気血の調和が乱され、更年期障害に特有の多彩不定の臨床症状が出現してくる。>

 

線維筋痛症は40~50代の更年期の女性に好発しますが、S.Hさんのプロフィールも典型的なタイプに属します。逆に典型的タイプの線維筋痛症の女性患者には更年期障害との関連を念頭に置いています。S.Hさんは閉経後であると判断していましたが、実際には疑似閉経であり、無月経が持続していたことがわかりました。実際にクッパーマン女性健康調査票によってS.Hさんの更年期障害指数を算定すると指数39で、重症度評価段階Ⅳでした。これは中等症を越えより重症に近い更年期障害に相当するものでした。

なお、こうした肝鬱化火(精神的ストレスによる身体症状)、気血両虚(エネルギー不足と血流不足)に対処できる和解剤である加味逍遥散をベースに処方しました。

漢方薬の中には、この加味逍遥散のように身体症状のみならず精神症状も同時に緩和してくれるものが多数あります。それは、東洋医学では、身体病と精神病とを別々のものとは考えず、一体的にとらえていることと無関係ではないと思います。

H.Sさんの漢方処方については、簡単にまとめておきます。

第Ⅰ期の処方/ 気滞⇒和解剤(とくに肝脾調和剤):加味逍遥散

<極度のストレスにより生命エネルギーが活用できず滞り、っている状態であったため、ストレス性の全身的心身症状を緩和する処方:加味逍遥散>

第Ⅱ期の処方/ 血虚⇒補血利水剤:当帰芍薬散

<加味逍遥散を処方しても極度の慢性的ストレスによる消化器系の不調によって生じた水分代謝異常である浮腫みは解決できず残存したため、女性特有のストレスによる疲労を回復させ、浮腫みを解消する処方を選択:当帰芍薬散>

第Ⅲ期の処方/ 温裏補陽・利水剤:当帰芍薬散加附子

<当帰芍薬散を用いて浮腫みは改善したが、冷えの問題は解決できず残存したため、ストレスによる消化器の不調に起因する身体内部の冷えを解消する生薬である附子を当帰芍薬散に加えた処方に修正:当帰芍薬散加附子>

第Ⅳ期の処方/ 再び、当帰芍薬散

<痛み、浮腫み、冷えのすべてが軽快し、寒冷蕁麻疹も改善してきたため、日常の活動性が向上してきたため、維持療法目的で基本の処方に戻して確実な回復を図る:当帰芍薬散>