総合医療・プライマリケア
<プライマリケアの定義:日米での比較>
プライマリケアの最大の失敗は、その言葉自体にあると思います。
カタカナではなく、適切な漢字に訳せなかったものでしょうか。
私が医学生の頃からプライマリケアという言葉は医療業界内では流行っていましたが、これを学問的に系統的に習得できたという実感が湧いてこないのです。
日々の臨床の継続と知見の積み重ねこそが、私にとってのプライマリケアであるし、複数の専門医の資格を取得してみて、かえって少しずつプライマリケアが見えてきたように思います。
この何とも歯切れの悪いプライマリケアを、日米での比較を通して、もう一度振り返ってみたいと思います。
日本医師会では、『日本医師会生涯教育カリキュラム<2009>』における一般目標として、日本のプライマリケアを実質的に説明しています。
すなわち、プライマリケア医とは
「頻度の高い疾病と障害、それらの予防、保健と福祉など、健康にかかわる幅広い問題について、わが国の医療体制の中で、適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的視点から提供できる医師」
(であり、そのための)<医師としての態度、知識、技術を身につける>ことをその一般目標として掲げています。
ここでまず引っ掛かるのは、①頻度の高い疾病と障害、ということです。
頻度が高いというのはどの程度なのかさっぱりわかりません。
たとえば関節リウマチの患者数は70万人(人口比1%以下)で専門医制度があり、私もリウマチ専門医の一人です。
これに対して線維筋痛症は全国で200万人以上(人口比約2%)と推計されていますが、事実上専門医制度はなく、私を含めて自称専門医ばかりです。
一定以上の患者数があって、紹介すべき専門医が不在であれば、プライマリケア医が担当すべきですが、実際にはうまく機能せず、患者さんはたらい回しです。
次に引っ掛かるのは、②わが国の医療体制の中で、という縛りです。これが意味することは、概ね健康保険制度の枠内で、と解することができると思います。
しかし、先ほどの線維筋痛症の治療を、健康保険制度の枠内で試みようとすると、十分な治療成果を挙げられないばかりか、多くのプライマリケア医療機関の経営を逼迫することが懸念されます。
つまり、健康保険制度には限界や不備があるということです。
国民皆保険制度のもとで、健康保険料を支払っている対価として、必要かつ有効な治療が健康保険制度の枠内で供給されないとしたら、不公平極まりない事態ではないでしょうか。
そうした患者さんの憤りや悲しみに深く共鳴します。
さらに気になるのは、③全人的視点から提供できる医師、という文言です。
こうした文言をキャッチ・コピーとか政治的あるいは商業的美称というのだと思います。
①頻度の高い疾病と障害すら適切に対処できず、
②わが国の医療体制の中で、どのように全人的視点に立てるというのでしょうか。
少なくとも私にはさっぱり実感が湧いてきません。
そこで、米国国立科学アカデミーの定義(1996年)を参照してみます。
すると、「プライマリケアとは、患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ継続的なパートナーシップを築き、家族および地域という枠組みの中で責任をもって診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである」としています。
この定義によると、まず①患者の抱える問題の大部分、とは何かが問われます。
これは患者視点と医師視点では必ずしも一致しないこともあるので、わかりやすそうな表現ではありますが、とてもあいまいです。
ただし、②継続的なパートナーシップという文言は、極端な患者中心主義や医師主導(パターナリズム)は排除されるべきものと理解することができるのではないかと思います。
③家族および地域という枠組みの中で、という縛りはありますが、日本のように、わが国の医療体制の中で、に相当する縛りがないため、医療の自由度は米国の方がかなり大きいと言えるでしょう。
また、④総合性と受診のしやすさ、という言葉は全人的視点から、という表現より率直であり、より実践可能な指針になりうると思います。
以上をまとめてみますと、プライマリケアの定義は米国ですでに1996年に提示されているのに対して、
10年以上経過している2009年のわが国での定義が、これに優れた内容であるかというと、残念ながら否定的であるということです。
世界に冠たる日本の国民皆保険制度による医療、そのように誇らしげに喧伝されてはいますが、個々の患者や臨床医にとっては疑問点が少なくありません。
その理由は、以上にお示ししたように日本の定義には、矛盾が多く、制度や理念のみが独り歩きしているからです。
それは、第一線の医療を30年近く継続してきた一開業医の偽らざる感想です。
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