日々の臨床 4月16日 日曜日 

 

 

神経・精神・運動器の病気

 

テーマ:悪性腫瘍に伴う神経疾患

 

 

医療において、自覚症状は、全ての原点です。

 

他覚所見とは異なり、自覚症状は患者さん本人しかわからないからです。

 

患者さんが、特定の症状を無視していたり、軽視していたりする場合があるので、

 

臨床医はそれを探りださなければなりません。

 

 

<左趾(あしゆび)がビリビリして痛い>という漢方治療希望の新婚の30代の主婦のことは、今でも忘れられません。

 

この患者さんは、最初は、冷えの相談でいらしていましたが、

 

ある日、感覚の鈍麻、痛みがあることを問診で確認しました。

 

整形外科で診てもらっても<骨に異常はない、気のせいではないか>と言い放たれて以来、

 

みずからも症状を無視するようにしていたのだそうです。

 

しかし、その症状は徐々に拡がり、足関節の一感覚や振動覚が徐々に障害されていきました。

 

冷えは訴えていましたが、温度感覚は比較的よく保たれていました。

 

 

腰椎を含めてエックス線検査では全く異常を認めないため、

 

脊髄周囲の精密検査をはじめ骨盤内の病気、

 

たとえば子宮・卵巣などの婦人科の病気、膀胱などの泌尿器科の病気、S状結腸や直腸などの消化器の病気について、

 

詳しく調べことを勧めましたが、あまり乗り気ではなく、その後、プツリと外来に来られなくなりました。

 

 

それから一年後のことでした。彼女の夫が、打ちひしがれた様子で診療所に来院されました。

 

左卵巣がんの末期だったことが判明して、1ヶ月後に亡くなったとのことで、とても残念でなりませんでした。

 

「先生には的確なアドヴァイスをいただいておりながら、

 

それを活かすことができず申し訳ありませんでした。」とおっしゃるご主人が気の毒でなりませんでした。

 

 

この主婦の症状は、癌性ニュロパチー(癌による感覚障害を主とする神経症状)です。

 

これは、腫瘍組織の浸潤、圧迫などの直接の影響によるものではなく、

 

何らかの遠隔効果によるものではなかったかと考えています。

 

だから、整形外科を受診しても原因が見つからなかったのでしょう。

 

最近では、傍腫瘍性神経症候群として、癌の合併による神経障害のうち、

 

免疫学的機序にもとづくものを総称するようになりました。

 

 

本症の特徴としては、血液・髄液中に主要組織の抗原に対する抗体が出現することです。

 

本症の90%で陽性となります。

 

 

治療法は、原因となる癌の治療、ステロイド大量療法、血漿交換法、免疫グロブリン大量療法などですが、

 

この主婦の場合、肝心の卵巣がんが進行していたため、根治療法のタイミングを逸してしまったことになります。

 

 

このケースでの詳細は不明ですが、卵巣がんをはじめ、乳がん、肺小細胞がんなどには、

 

傍腫瘍性小脳変性症を合併することがあり、

 

また、一般に悪性腫瘍では血液の異常に固まりやすくなり(トルーソー症候群:凝固能異常)、脳梗塞を生じることがあります。