「杉並令和音楽祭」では、大変お世話になりまして、誠にありがとうございました。

 

また、ご不便、ご迷惑をおかけしましたことを改めてお詫び申し上げます。

 

本番は皆様のご協力の元、成功に終えることができましたこと、非常に感謝致しております。

 

このようなプロとアマチュアの音楽的な交流は、日本の音楽界ではとても大切なことと実感しております。

 

杉並区の文化向上のために、これからも続けてまいりたいと思っております。

 

その際は、皆様のお力をお借りすることがあるかと思いますが、何卒よろしくお願い致します。

 

師走に入り慌ただしい日々を送られてことと思いますが、ご健康で新しい年を迎えられますようお祈り申し上げます。

 

令和元年12月4日

 

杉並プロ・アマ交流音楽会実行委員会 

実行委員長 木村英一

皆様、たいへんありがとうございました。外国からのお客様も多数お出でくださいました。

 

たくさんのメッセージをいただいておりますが、面識のある方の一文を掲載いたします。

 

文中のCDとは、今月(株)徳間ジャパンコミュニケーションズを販売元として全国にリリースした「芸術歌曲集 小倉百人一首No1.-コンコーネ50番(中声)で歌う-」です。

 

歌詞は百人一首ですが、外国の皆様にも十分お楽しみいただけていることはとても有難くうれしい気持ちがいたします。

 

百人一首の英訳、イタリア語訳に続き、目下、余暇を狙ってフランス語訳にも挑戦中です

 

 

原文(フランス語)

 

 

Masahiro

 

Merci beaucoup pour le CD et le spectacle superbe de la semaine dernière.

 

Bonne continuation et bravo pour votre travail (Françeis, chant…)

 

Michaèl

 

 

日本語訳

 

正広さん

 

CDと先週の見事な音楽祭、どうもありがとうございます。

ご自分の課題(フランス語、歌唱...)を立派に継続されておめでとうございます。 

 

ミシェル

 

 

ミシェルさんからは、以上のメッセージを添えたフランスを代表するお菓子マカロン(Macarons)をいただきました。

 

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実行委員長、木村英一より杉並区への報告内容です。

 

 

<事業内容及び、参加者の反響等>


11時から21時まで4部構成の他に類を見ない画期的な演奏会でした。

 

参加者、当該委員会の総力を結集し、無事予定を終えることができました。《のべ194名(昼の部:129名夜の部:65名)参加》

 

歌、ピアノ、管楽器、アンサンブル。2000年杉並区発祥の協力団体<水氣道®>の健康体操など来場者参加型プログラムを組み入れるなどバラエティに富む内容で、ほとんどの来場者より「すばらしかった!」という満足のお声をいただきました。


一方の協力団体<聖楽院>で使用している歌の教則本「コンコーネ50」と「トスティ50」に声楽家で編作者の飯嶋正広氏が百人一首を歌詞として当てはめ、世界初演しました。


これは日本のみならず、杉並区から世界の音楽界に発信されるべき価値のある、画期的な業績です。

 

終演直後より多数のお客様より第2回目の早期開催を望む声をいただきました。

 

今後も引き続き杉並区の後援を得て、プロとアマチュアの音楽的な交流を発展させ、区民文化の発展と区民の全人的健康の増進に貢献したいものと考えています。

 

 

平日にもかかわらず、多くの方にご来場いただきありがとうございました。

 

至らない所が多々あり、皆様にご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。

 

特に第1部ワークショップは多くの方に盛り上げていただき、聖楽院生はとても喜んでおりました。

 

出演者の皆様、裏方として参加して音楽祭を支えていただいた方々に感謝申し上げます。

 

 

音楽祭事務局

野口将成

 

皆様、本日は、どうぞよろしくお願いいたします。

この日のために、実に多くの皆様方がご参加くださったことを心より感謝いたします。

改元記念 杉並令和音楽祭は、<杉並プロ・アマ交流音楽会実行委員会>が主催する音楽フェスティバルです。

 

<杉並プロ・アマ交流音楽会実行委員会>とは、プロ・アマを問わず音楽を愛する数名による杉並区民により発足しました。

 

それは、今年産声をあげたばかりのコミュニティです。

 

御存じない方が多いようですので、あえてコメントを加えますが、 杉並国際クリニックの飯嶋正広は、このコミュニティの構成員ではありません。


しかし、杉並区を活動の拠点としつつ、東京から日本全国そして世界に向けて展開していこう、 というエネルギーに満ち溢れている点は共有しています。

 

しかも、このコミュニティの特徴は、構成メンバーのすべてが『聖楽院』や『日本水氣道協会』のいずれか、 あるいは両方の会員です。 ですから、『聖楽院』や『日本水氣道協会』の会員の皆様方は、ともにこの音楽祭に惜しみなく協力してくれています。


そして、これらの会員の皆様のすべてが、杉並国際クリニックにゆかりのある方々であることから、 財政力においては極めて弱小であるにも関わらず、この音楽祭の協賛を引き受けました。

 

さて、新しい令和の時代は、実に多くの困難な課題を抱えています。

それでは、前途多難であるこの現実から逃避せず聡明に芸術的に、しかも逞しく生きていくにはどうしたらよいのでしょうか?

杉並国際クリニックの院長である私、飯嶋正広は、一つの確固たる解答をもっています。

それは、本日の音楽祭を出発点として、令和の新時代に相応しい<草の根の芸術活動>を合理的かつ近代的に展開していくことです。

まず、謙虚に、平成の30年間にクラシック音楽界の日本文化における地位や評価が衰退の一途を辿ってきたという現実を受け入れることです。


プロやアマの垣根を越えて音楽芸術を愛する人々が真剣に取り組んでいかなければならないのは、 古き良き時代の郷愁から脱却して、芸術音楽の輝かしい未来に向けての新しい在り方のモデルを創造することです。

王侯貴族や高位聖職者などのパトロン無き令和の時代は、誰をパトロンにしたら良いのでしょうか?

富裕層でしょうか、大企業でしょうか、国や自治体、つまり税金でしょうか?

もし、皆様が、未だそのような発想の延長上にあるとすれば、
藝術家としては十中八九、自滅の道をたどることになるでしょう。

たしかに、音楽芸術を愛する人々とお金儲けに熱心な人々との集団が重なり合っていた高度経済成長までの過去の時代では、 アーティストは今より仕事がしやすかったかもしれません。

 

しかし、両者の重なり合いがますます減少している俗物文化の時代にあっては、 アーティストは、ますますチャレンジングにならざるを得ません。

そこで、私から皆様に他にいくつかの問いを発したいと思います。

皆様は、<草の根の芸術活動>をどのように評価していますか?

草の根の藝術愛好家に対する相応のリスペクトを払っていらっしゃいますか?
つまり、ご自分たちの存在や価値の最大の理解者に対して、 相応の敬意を持っておいででしょうか?

草の根の藝術愛好家は必ずしも裕福ではありません。

 

どちらかといえば、愚直で不器用な心優しき人々が多いように思われます。

 

草の根の藝術愛好家は相対的に高学歴者が多いようですが、お金儲けは概して不得手のようです。

それは、現代社会全体がそうした柔和な羊さんたちを食い物にする飢えた貪欲な狼の群れになりつつあるからです。

しかし、そうした草の根の藝術愛好家たちが一致団結して活動を展開していくことになったらいかがでしょうか。

それは、とてつもなく大きな力になり、地域社会に望ましい影響力を与えるのみか、
馥郁たる文化の源泉ともなり、藝術を深く理解し、惜しみなく献身的に応援してくれる資源やパワーにもなることでしょう。

今回の音楽祭の趣旨をすでに洞察し、単発的な利害関係でのお付き合いでなく、
長いスパンでの支え合いの精神こそが、音楽芸術の発展や、ご自分たちの音楽活動にとっての 資源となることに気づいてくださった音楽家の皆様方がたくさんおいでになることを心から喜び、感謝したいと思います。

 

最後に、皆様にお願いがございます。
草の根音楽愛好家の皆さんたちや水氣道の仲間たちは、互いに協力し、補い合いながら、 時間も、労力も、努力も、工夫も、投資やドネーションも 可能な限りの手を尽くし、昼夜を問わず、献身的に働いてくれました。


それでも私たちの力不足で、皆様に対するリスペクトに見合うだけのギャラをお支払いできないことを残念に思っております。


皆様方のギャラは金額的には不十分かもしれませんが、この活動が単発的なものではなく、 継続発展を目指すものである以上、大き過ぎる負債を負うことはできません。

 

そこで皆様方には、こうした草の根の藝術愛好家が支える杉並令和音楽祭を消費の対象とするのではなく、むしろ将来に向けての投資の対象と考えていただけないでしょうか。

もし、皆様がそのように受け止めてくださるのでしたら、 後々にはたくさんの有形無形の利子とともに大きな収穫が得られることでしょう。 ですから、これからもずっと音楽活動を継続して素晴らしい文化的環境を構築していってください。そして、どうか私の仲間たちの志をご理解くださいますようお願い申し上げます。

甚だ僭越ではございますが、本日の音楽祭を有意義なイベントとするために、


問題提起をさせていただいた次第です。


本日の音楽祭が実り多いものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。

 


杉並国際クリニック 飯嶋正広

10月27日 

藝術歌曲集「小倉百人一首」No1 企画解説(その3)

 

CD藝術歌曲集「小倉百人一首」№1.コンコーネ50番(中声)で歌う

歌詞付き「コンコーネ50番(中声)」の誕生秘話と

№1.コンコーネ50番(中声)で歌う藝術歌曲集「小倉百人一首」の功罪

 

小倉百人一首の歌人たちは身分にかかわらず決して順風満帆な人生ではなく、むしろ大半の歌人が不遇であったことに気づかされます。小倉百人一首は、さながらこうした歌人たちの顕彰と鎮魂を目的とする歌集のようですらあります。ですから、演奏の際には祈るような気持ちであることが何よりも大切のように感じられます。それによってはじめて東西の古の芸術家たちの魂を同時代的に復活させることができると考えます。今後の演奏家の皆様方には、言霊と音霊とが一体となった究極の響きを復活させてくださることを期待しております。

 

小倉百人一首歌詞付きのコンコーネ50番をあえて「藝術歌曲集」と題したのは、このような背景があるからです。

 

ただし、コンコーネ50に歌詞を加えることで懸念されることがあります。楽曲が歌詞の内容に束縛されることによって、具体性を帯び、それが抽象的な楽曲ならではの音楽性を損なってしまう可能性があることです。コンコーネ自身が大切にしているフレーズ感や息継ぎも、歌詞がつくことによって変更を余儀なくされることがあります。また言語がもつストーリー性やメッセージ性にも拘束されてしまう惧があります。この懸念は完全には払拭できないものであることを認識しておくべきだと思います。

 

そこで、楽譜の指示にしたがうだけで稽古の目的に合わせて高い自由度で歌えるというメリットを活かすべく、予め母音唱法やドレミ唱法によって十分稽古を積んでおく必要があります。歌詞のないソルフェージュ曲は声の響きを作ったり、音楽性を身に着けたり、いわば歌唱する者の身体の楽器作りに役立つものとされているからです。

 

しかしながら、意欲的で優秀な多数の現役演奏家諸子の献身的な協力を得ることによって、以上のような懸念を遥かに凌ぐ創造的芸術性を獲得できるのではないかと密かに期待している次第です。

(完)                       ( 

 

(編作者 飯嶋正広 )

 

10月20日 

藝術歌曲集「小倉百人一首」No1 企画解説(その2)

 

CD藝術歌曲集「小倉百人一首」№1.コンコーネ50番(中声)で歌う

 

歌詞付き「コンコーネ50番(中声)」の誕生秘話と

№1.コンコーネ50番(中声)で歌う藝術歌曲集「小倉百人一首」の功罪

 

さて芸術的な古典日本語より成る和歌は、古来、軽やかな声(レッジェーロ)で、受け手に語り掛けるように(パルランド)、そして流れるように滑らかに(レガート)詠まれてきたもの、つまり、ベルカント唱法のように歌っていたと推測されます。そして、詠み人も、和歌の直接の受け手も、歌集に載せられた和歌を味わう人も、みな繰り返して詠み味わってきたものと思われます。それによって、次第に和歌の修辞技巧(掛詞、枕詞、序詞、縁語、本歌取、句切、係り結び、止め、など)も読み解かれていきます。ソルフェージュ曲に載せた歌詞の繰り返しも、単なる繰り返しばかりでなく旋律の転調などによって、掛詞の別の意味を表現し分けることができることがあります。そもそも言葉によって紡がれる和歌には、言葉自体のアクセントやリズムがあり、句ごとの抑揚があり、さらには和歌全体としての自然な感情表現があったはずであると考えられます。

 

歌人たちは、それぞれ自分の作風や作品にふさわしい歌の朗読法ばかりでなく、朗詠法(厳密には、朗詠は和歌でなく漢詩を対象とする言葉、披講法というべきか)を確立して、折々に触れて歌っていたそうです。歌人の岡野弘彦の著書にも、「和歌はそのまま歌だった」と書かれている通りだと思います。読み手の立場、とりわけ男性か女性か、あるいは男性が女性に仮託して歌った歌なのかは、おのずとそれに応じた歌い方をしたと考えるのが自然ではないでしょうか。  

 

そこで、このシリーズで取り上げた50首のうち、女流歌人によるもの、すなわち、No9小野小町(9番)、No12周防内侍(67番)、No18持統天皇(2番)、No24伊勢(19番)、No31右大将道綱母(53番)、No.37二条院讃岐(92番)、No42右近(38番)、No44小式部内侍(60番)以上の8首による曲はすべてメゾソプラノ望月友美に委ねました。つぎに通説で女性仮託の歌とされるNo23素性法師(21番)、No45俊恵法師(85番)、No50藤原定家(97番)の3首に加えてNo19藤原敏行(18番)のナンバーはカウンターテナー本岩孝之に、他の男性歌人の歌は同時にバリトン歌手としての本岩孝之の他に、すでに<藝術歌曲集「小倉百人一首」No2.トスティ50番(高声)で歌う>の収録を経験したテノール・レッジェーロの志摩大喜をはじめ、今回の企画について終始指導を受けているテノール吉田伸昭氏の紹介により、ソプラノ竹下裕美の応援を得ることができました。編作者である飯嶋自身はバリトンとしてNo16柿本人麻呂(3番)、テノールとしてNo26猿丸大夫(5番)を担当しました。なお、収録までの過程で、歌詞の載せ方やメリスマの扱い等について、それぞれの担当声楽家と協議をすすめながら完成度を高めていったという貴重な作業過程があったことを付記しておきたいと思います。

 

今般の私の試みは、こよなく美しいヤマト言葉の言霊とコンコーネの素直で美しく明るい「しらべ」の音霊とが、互いに共鳴しあい、あるいは溶け合って、妙なる美しい「しらべ」を創造していく試みです。この試みを真に生かしていただくためには、演奏収録の際には、まず現在の「歌会始」の調子のような固定観念や先入観、あるいは単に常識に束縛されることなく、むしろ自由に解放されて、新鮮な気持ちで新曲を演奏するつもりで臨みました。そして、歌詞が日本を代表する古典的な和歌のアンソロジ-であることを踏まえつつも、古語を馴染みのない外国語や死語のようにではなく、現代人にも繋がる今でも生き続けている言葉であることを感じとっていただけるよう、古の芸術家たちの不滅の魂を今の聴衆に伝えていただきたいと思います。(続く)

 

( 編作者 飯嶋正広 )

 

杉並国際クリニックが協賛している

杉並令和音楽祭まで1か月を切りました。

 

 

 

11月2日(土)

第1部・2部プログラムを公開しました

改元記念・杉並令和音楽祭第1・2部

 

 

11月1日(金)

CD完成

 

藝術歌曲集 小倉百人一首

コンコーネ50番(中声)で歌う

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10月25日(金)

杉並区のホームページに掲載されました。

ページはこちら

 

 

10月19日(土)

第3部・4部プログラムを公開いたしました。

改元記念・杉並令和音楽祭第3・4部

 

 

10月16日(水)

チケットが完成しました

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10月7日

杉並区の後援を得ました

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お問い合わせはメールにてお願いします。

 

suikido1@gmail.com

10月13日  

藝術歌曲集「小倉百人一首」No1 企画解説(その1)

 

CD藝術歌曲集「小倉百人一首」№1.コンコーネ50番(中声)で歌う

 

歌詞付き「コンコーネ50番(中声)」の誕生秘話と

№1.コンコーネ50番(中声)で歌う藝術歌曲集「小倉百人一首」の功罪

 

コンコーネ50番のすべての曲には、イタリアの伝統を受け継ぎ、素直で美しく明るいメロディーや、しっかりとした音楽性を持っていて、芸術歌曲やオペラアリアのように、様々な感情の動きがあります。そのため先生の下で順調にレッスンが進んでいくならば、歌い続けていくにつれて、次第に楽しさを深く味わえるようになるのだと思います。

『J.コンコーネは、声楽教則本コンコーネ50番の出版にあたって、みずからが巻頭に掲げたメッセージがあります。そこには、うたの基礎的な教育を施すことを意図して、旋律そのものに対して、きちんとした認識を持つ必要性、この教則本が中声域のために作曲した、シンプルでかつ広範囲にわたるスタイルによる50の練習曲であること、生徒がより良くフレーズを感じ、正しい所で息を継ぐことをきちんと習慣として身に着けるという2つの利点を備えていること等が紹介されています。また声楽練習曲の領域で芸術の発展に寄与することを熱望して作られたことにも言及しています。』(コンコーネ50番<中声用>川本伸子編、ドレミ楽譜出版社、2018年)

 

ただし、歌詞がない声楽演奏は、抽象性が高く、いわば器楽のソロの稽古に通じるものがあります。そこで器楽ではなく敢えて声楽を志す方々の大多数が、歌詞付きの曲を歌いたいという思いに駆られることはごく自然ではないかと思われます。またヴァッカイの声楽教本(全音楽譜出版社、上浪明子編集1993)の著者序文はこうした要求に応えるメッセージが記されています。

『イギリス、フランス、ドイツ、イタリアでは、多くの人々は、単に楽しみのためだけに歌を習っています。彼等は長い練習やソルフェージュをこなすのはとても重苦しく思って、システム的なメソードにそった勉強をしようとしないということを私は知りました。そこで、長い勉強の退屈さを避け、その目的に到達させてくれる楽しく役に立つ、全く新しい形のメソードを作る事に私は思い至ったのです。』

 

そこで、私たち日本人にとって、もし、コンコーネ50番のクオリティに相応しい芸術的な日本語での歌詞が付されているとしたらどれだけ素晴らしいことが実現できるでしょうか。それによってレッスン生ばかりではなく、先生や伴奏ピアニストも、より楽しい、音楽的喜びや芸術的な刺激に満ちた時間を共有できるのではないかと思います。そのような経験ができるならば、歌詞の付いたコンコーネ50番は、立派な芸術歌曲として、コンサートプログラムに載せることも可能になると考えました。(続く)

 

( 編作者 飯嶋正広 )