聖楽療法の体系構成

第一部では、聖楽療法の理論の背景としての心身医学について概説し、そのうえで新しい心身医学の考え方を明確にしました。
今は、いよいよ「第二部 聖楽療法 理論と実践の性質」に入ります。

 

第二部は、聖楽療法の拠点としての聖楽院とは何かについて、その起源を述べ、いくつかの心身医学的アプローチをどのように応用して発展してきたかを省察します。
それでは、「第二部 聖楽療法 理論と実践の性質」のアジェンダを示します。

 

第3章 臨床聖楽法の起源と基礎

第4章 臨床聖楽法における芸術音楽の価値

第5章 臨床聖楽法の理論的根拠、実践、意味

第6章 音楽療法モデルにおける臨床聖楽法の考え

第7章 現代の音楽療法の枠組みにおける臨床音楽法の考え

 

 

それでは本題に入ります。

 

第3章 臨床聖楽法の起源と基礎

 

音楽療法はどのように発展してきたのか?
そして臨床聖楽法は音楽療法の中でどのような立場と役割をもつのか?

 

「療法における音楽」と「療法としての音楽」

 

本章での最初の議論は、「療法における音楽」と「療法としての音楽」という概念の区別です。「療法としての音楽(music as therapy)」は、ポール・ノードフとクライン・ロビンズが初めて使った表現です。彼らの研究の中で「療法としての音楽の技法(The art of Music as Therapy)」という表現があり、これは「療法は音楽の中で起こる」というスタンスを強調した音楽中心性というアプローチが彼らの哲学的基礎であることを明らかにしています。また、ヘレン・ボニーも、「音楽という療法(music- as- therapy)」という表現を用いています。

 

ところで、ケネス・ブルシアは即興的音楽療法モデルの研究の中で、「音楽中心」という言葉を用いています。ただし、これはその後、即興的アプローチに限って用いられる用語ではなく、既成の音楽を使用するGIM(音楽によるイメージ誘導法)のようなアプローチの実践者の間でも用いられています。ブルシアは「療法としての音楽」というアプローチと「療法における音楽」というアプローチの違いを比較検討しています。

 

ブルシアは、それぞれのアプローチの違いを、どのような臨床的立場に立ったものかによって区別しています。その区別を決定する基準は、クライエントのニーズの違いであるとします。

 

「療法としての音楽」では、クライエントが音楽と直接的に係ることが強調され、その際に音楽はクライエントの療法的な変化を引き出す主要な刺激もしくは反応を引き出す媒体としての役割を果たします。

これに対して、「療法における音楽」では、音楽は主要な唯一の要因ではなく、むしろ対人関係や他の治療方法を通じた療法的変化を促進するために使われます。

 

臨床聖楽法は、音楽を最も主要な要因としますが、これを唯一の要因とするものではありません。しかも、セラピーセッションの中では、対人関係や他の治療方法の要因をも有効に活用することによって療法的変化を促進するために使用します。

そのため臨床聖楽法は全体としては「療法における音楽」に分類されることになりますが、クライエントが音楽と直接的に係ることを可能な限り尊重する立場としては、その中核には「療法としての音楽」が据えられています。

 

臨床聖楽法は、「療法における音楽」と「療法としての音楽」とを明確に区別して分類する立場ではなく、むしろ、両者を連続的かつ包括的に体系化して実践することによって目的を果たすことができるとする立場です。

4月1日から「東京都受動禁煙防止条例」・「改正健康増進法」が全面施行され、決められた場所以外では、喫煙できなくなりました。この改革そのものは、聖楽院にとっては歓迎すべきことですが、それ以上に年初から続いている新型コロナウイルス感染症(COVID-19の蔓延により、音楽ライブのために会場を提供してくださっている店舗の経営困難が深刻な事態となっています。

 

・聖楽院A組およびB組の稽古会場として長らくお世話になっていた音海会場(東高円寺)は、短期間の弊店期間中です。再開後には新たな情報を得て、皆様に御報告いたします。

 

・聖楽院C組の稽古会場としてお馴染みのボンジュール会場(高円寺)が、今月いっぱいで閉店する決定の報告を受けました。

 

これらの報告を受けて聖楽院の活動が再開できるようになった暁には、聖楽院C組の稽古会場を別の場所に求めなければならないことになりました。

 

諸般の事情を勘案しながら、適切な方向性を打ち出していきたいと存じますので、会員の皆様におかれましては、定期的にこのホームページを閲覧してくださいますようお願い申し上げます。

 

令和2年4月3日 

聖楽院 主宰 飯嶋 正広

第一部では、聖楽療法の理論の背景としての心身医学について概説し、そのうえで新しい心身医学の考え方を明確にします。

 

第二部は、聖楽療法の拠点としての聖楽院とは何かについて、その起源を述べ、いくつかの心身医学的アプローチをどのように応用して発展してきたかを省察します。

 

第三部は、心身医学の理論に根ざした聖楽院の哲学的な基礎概念を示し、心身医学療法の領域において水氣道の考えが心身医学療法の一般的な理論となりうるかを論じます。

 

第四部では、聖楽療法理論の一般的理論としての側面について、その概略を述べます。

 

心身医学療法における聖楽療法理論のコンテクスト(その1)

 

第1章 理論の性質

 

第2章 心身医学療法における理論

従来の心身医学療法における理論の役割

 

聖楽療法の概念的役割

 

聖楽療法の固有理論の問題

    

 

前回は、聖楽療法の一般理論の問題、についてでした。私たちが、音楽的発展という力を用いて一人一人の個性を自己の成長に向けて整合させていくことが、音楽療法としての一般理論の要素となることを紹介しました。

 

さて、第2章の最後は、本論が提示する理論の、固有的・臨床聖楽法的側面、についてです。

 

2つの命題を提起して、それに答えていくことにします。

 

 

臨床聖楽法は固有理論なのか?

 

臨床聖楽法は固有の理論です。他分野から引き出された概念はありますが、引き写しではなく極めてオリジナリティの高い理論だからです。

 

筆者の方法は、様々な分野からの特有の視点を集めて、聖楽療法の実践に固有の問題と照らし合わせ、組み合わせ統合して新たな意義と効果を生み出しています。

 

そして、筆者の視点は、臨床聖楽法はまず第一に、新しい心身医学の概念に照準を合わせるべきですが、この概念とは、心身医学療法の実践から導かれた固有のものです。第二に、臨床聖楽法は、音楽的・非音楽的の両方の要素をもち、また他の領域に起源をもつ概念が多く含まれますが、これらの借用概念は「固有」な形で使われているからです。

 

 

“臨床聖楽法”は心身医学療法なのか?“

 

臨床聖楽法の理論は音楽的基盤と非音楽的基盤を持つ概念です。

 

音楽の概念に基礎を置き、特に音楽的な価値をセラピーの役割の柱に据え、ミュージッキング(音楽すること)や音楽が体験の媒体となるといった音楽哲学の概念を取り入れ、臨床聖楽法の実践や信念を説明するのに役立っています。

ただし、臨床聖楽法は一般的な多くの音楽療法より非音楽的な考えとも無理なく共存し得るものなのです。

 

すでに音楽理論家の間でその価値が証明され積極的に用いられている理論にスキーマ理論があります。

スキーマ理論は比喩理論とも訳されますが、この理論は音楽体験にうまく当てはまり、自然に順応することが実証されています。

この理論はもともと言語学の領域から発展してきたものですが、音楽理論や音楽療法の分野でも展開を見せています。

この理論を応用することで音楽および音楽的現象をより深く理解しようとする欲求から直接的な発展が促されてきました。

 

スキーマ理論は理解のための方法であると同時に、特定の知的体系でもあります。

この理論は音楽体験の性質についての洞察を得るための道を拓いてくれるものであると同時に、心身医学的な本質をもち、新しい心身医学の療法的な展開である臨床聖楽法の実践において大きな手掛かりを与えてくれるものです。

 

 

来月から、「第二部 聖楽療法 理論と実践の性質」に入ります。

 

 

特効薬はない、自宅で免疫力をUpしよう!

 

ヨーロッパ諸国での戒厳令ほどの厳しさはありませんが、

東京都知事の小池さんの発した週末外出制限勧告を受け、

皆様はどのように週末をお過ごしでしょうか。

 

当初、普通感冒と同様に楽観しされていた新型コロナウイルスは、

普通感冒どころか、インフルエンザよりもさらに恐ろしいSARSウイルスの仲間でした。

 

ウイルス名ではSARS-CoV-2、病名はCOVID-19感染症

 

これが、エンデミック⇒エピデミック⇒パンデミックとなっただけではなく、新たな脅威が、中国でまた発生しました。

 

中国メディア(英字新聞グローバル・タイムズ/24日火曜)が、同国内で新型コロナウイルスとは別の感染症が広まりつつあることを報じました。

 

中国雲南省在住の男性が、ハンタウイルスに感染し、この男性は23日月曜、突然亡くなりました。

医師たちが検査した結果、男性の病気はハンタウイルスへの感染によるものであると分かりました。

ハンタウイルスは主に齧歯類の間で広まるウイルスで、人間が感染した場合、肺や腎臓などに問題を起こす原因となります。今や第三次世界大戦さながらで事態は、日本政府の発表より長期化することは避けられないでしょう。

 

特効薬を処方することができない当分の間は、医師である私も素人同様に素手で見えない敵と戦っていかざるをえません。

ただ自宅に引き籠って怯えているだけでは、気力も体力も衰え、免疫力を低下させてしまい、ウイルスの餌食になってしまいます。

 

しかし、このような場合でも、打つ手はあります。

それは、自宅に居ながら、好きなことをしながらできる免疫力の強化法です。

 

聴く薬は効く薬です。

ご自分のしたいこと、お好きなことをしながら聞き流しているだけでけっこうです。

これをよく聴いていただければ、良く効くこと請け合いです。

それは杉並国際クリニック・聖楽院オリジナル・ヒーリングCDです。

 

音楽之友社刊のオーディオの総合月刊誌『ステレオ』2020年4月号のトピックスに紹介されましたので貼付いたします。

 

また、同じく『レコード芸術』2020年5月号にも、あらためて紹介される予定です。

 

藝術歌曲集 小倉百人一首No1.コンコーネ50番(中声)で歌う(CD2枚組)¥3,000+税

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藝術歌曲集 小倉百人一首No2.トスティ50番(高声)で歌う(CD2枚組)¥4,000+税

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表紙

タウンインフォ百人一首

トピックス百人一首

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第一部では、聖楽療法の理論の背景としての心身医学について概説し、そのうえで新しい心身医学の考え方を明確にします。

 

第二部は、聖楽療法の拠点としての聖楽院とは何かについて、その起源を述べ、いくつかの心身医学的アプローチをどのように応用して発展してきたかを省察します。

 

第三部は、心身医学の理論に根ざした聖楽院の哲学的な基礎概念を示し、心身医学療法の領域において水氣道の考えが心身医学療法の一般的な理論となりうるかを論じます。

 

第四部では、聖楽療法理論の一般的理論としての側面について、その概略を述べます。

 

 

第一部 心身医学療法における聖楽療法理論のコンテクスト(その1)

 

第1章 理論の性質

 

第2章 心身医学療法における理論

 

従来の心身医学療法における理論の役割

 

聖楽療法の概念的役割

 

前回は聖楽療法の固有理論の問題、ということで輸入理論との関係について述べました。

 

そして、音楽分野からの輸入理論や専門概念が新しい心身医学療法の固有理論となり得るという立場であることを紹介しました。

 

さて、今回のテーマは

 

聖楽療法の一般理論の問題です。

 

一般理論が聖楽療法においてどのような性質と役割をもつのかについて述べます。

 

一般理論に基づく実践は、指導者自らの基礎的信念をあたかも一般理論であるかのように扱ってしまったり、そのために療法すべてに押し付けてしまったりするとうな存在だとしたら問題です。

 

筆者はレッスン生が他では得ることができない独自の経験を聖楽療法の中で提供したいと願うものであり、レッスン生自らが独自の存在でいられることや自分の真の性質や才能を見出すことを願っているからです。

 

また、あまりに科学的なアプローチを追求していくことが最優先になると、レッスン生などの参加者に多大な利益があっても実験的な方法での評価が不可能という理由で除外されてしまうメソッドがあります。

 

そのアプローチが特定の対象者のみに配慮した性格を持っていたり、効果を誰にでも運用可能なものとして定義したりすることができないという理由によってです。

 

 

聖楽療法は新しい心身医学療法ですが、言い換えれば新しい心身医学を基盤とする音楽療法であるといえます。

そしてすべての音楽療法の実践に適用される最も大きな共通性は、音楽を用いることです。

 

ただし、聖楽療法が他の器楽を用いる音楽療法と異なるのは歌詞としての詩の言葉をも用いるということです。

つまり、新しい心身医学の土壌の上で音楽と言葉を一体的に用いることになります。

 

 

いずれにしても、音楽療法において最も一般的な要素は、私たちが個人として、できるだけ独自であろうとする動機づけを持っているということです。

 

ノードフ・ロビンスは、それぞれのクライエントなりレッスン生が療法や稽古を通じて独自の発達の道を拓いていくために、音楽が独自に用いられているということでした。

セラピーなりレッスンのグループの輪の中で創成されていく共通の力から個々の特性を伸ばしていくことになります。

このプロセスは一つの作品にも言えることであるし、個人の成長にも言えることです。

 

そこで、私たちが、音楽的発展という力を用いて一人一人の個性を自己の成長に向けて整合させていくことが、音楽療法としての一般理論の要素となるのです。

 

 

聖楽療法の理論である臨床聖楽法は、音楽療法の一般理論への基盤として提示するものです。

聖楽療法の指導者の価値観・信念・実践の在り方は、それらによって形成され理論と同等に重要な要素です。

 

音楽療法が存在するすべての国々で、音楽療法サービスを受けるあらゆるタイプの対象者に、あらゆる音楽の提示方法(生演奏、録音、即興、既成曲、受容的・能動的など)で、あらゆるスタイルの音楽を、あらゆるタイプの音楽活動(聴く、奏でる、作曲、録音、演奏)を用いて活動がなされています。

このような多様な応用性を併せ持つという基準を聖楽療法は持っています。

 

 

音楽療法の枠組みとしては、分析的音楽療法、コミュニティ音楽療法、美的音楽療法、分化中心音楽療法、GIM=音楽によるイメージ誘導法、ノードフ・ロビンス音楽療法など幅広いアプローチがありますが、これらのうちの多くは新しい心身医学的アプローチをとっていて、臨床聖楽法に近い本質を例示してくれます。

 

第一部では、聖楽療法の理論の背景としての心身医学について概説し、そのうえで新しい心身医学の考え方を明確にします。

 

第二部は、聖楽療法の拠点としての聖楽院とは何かについて、その起源を述べ、いくつかの心身医学的アプローチをどのように応用して発展してきたかを省察します。

 

第三部は、心身医学の理論に根ざした聖楽院の哲学的な基礎概念を示し、心身医学療法の領域において水氣道の考えが心身医学療法の一般的な理論となりうるかを論じます。

 

第四部では、聖楽療法理論の一般的理論としての側面について、その概略を述べます。

 

 

 

第一部 心身医学療法における聖楽療法理論のコンテクスト(その1)

第1章 理論の性質

 

第2章 心身医学療法における理論

従来の心身医学療法における理論の役割

 

前回は、聖楽療法理論の概念的枠組みということで、聖楽療法は新しい心身医学療法であることについて述べました。聖楽療法は心身医学療法の特別な応用法であり、セラピーのための特別な方法として開発してきたこと、そして、さらにいえば、筆者は、従来の心身医学は、固有の心身医学療法を持たず、治療法としては本質的に心理療法もしくは精神療法に他ならないという問題意識を持っています。

 

そこで、従来の心身医学は聖楽療法の実践を通して体系化される理論によって、新しい固有の心身医学療法を誕生させることができるということを、これから、ゆっくりと説明していくことになります。

 

さて、今回のテーマは
聖楽療法の固有理論の問題です。

固有理論は、輸入理論と衝突しないのか?という課題について考えてみます。

 

 

聖楽療法は心身医学研究の範疇に属すると主張する筆者は、新しい心身医学の考え方により密接な立場を構築しようとしています。

 

この立場で、新しい心身医学というのは、心身医学についての考えを聖楽療法理論の核に据えるという意味を持っています。

そこで聖楽療法の固有理論は必然的に心身医学であるということになります。

この理論が「固有」であるというのは、音楽分野からの輸入理論や専門概念が新しい心身医学療法の固有理論となり得るという立場に起源をもつからです。

 

固有理論を発展させる際に、他の領域からの知識をどのように用いるのが最も有益かを常に意識することが大切です。

しかしながら、聖楽療法における音楽理論は、決して他の領域からの知識、すなわち輸入理論としては扱いません。

 

理論は既存の知識や創造的思考、直観、応用分野に精通していることの結果として生じるものです。

こうした理論というべきものがなければ、自分たちが観察し経験することの重要性を比較衡量したり選別し抽出したりしていくための指針を見失ってしまいます。

そして、理論はデータからでなく推論から導き出されるものであり、理論を前提にしてデータを介錯するものと認識しています。

 

理論的に物事を考える学習なしに固有理論を作り出すことは不可能であり、その最良の方法は、既存の理論を学び、理論を具体的な体験にどのように応用するかを知ることなのです。

 

芸術家が育つプロセスは、理論家を育て、理論を発展させることと本質的には変わりはありません。

芸術家が成長していくためにも、これまでに行われてきたことに習熟する必要があるからです。

 

個人の成長は共同体の発展を反映していきます。

そこで、専門分野としての聖楽療法は、まず他分野からの概念に習熟することが必要であり、そのうえで今後の聖楽療法家たちは、自分たちに固有の理論を発展させていくことができます。

 

まず、輸入された理論を熟知してから固有理論について考えていく方法がとられます。

そして、実践から直接生まれた理論が、研究理論と現場実践を連結させるものとなります。

皆様、音楽と共に日々お変わりなくお過ごしのことと拝察いたしております。

2020年5月31日に杉並区立方南会館にて開催を予定しておりました第2回杉並令和音楽祭は、やむを得ず自粛することに決定いたしましたのでご連絡いたします。

 

3月11日付けの世界保健機関(WHO)のホームページ上で、テドロス事務局長が表明したCOVID-19(新型コロナウイルス)感染症の全世界的流行に対する世界保健機関(WHO)による異例の<パンデミック宣言>を受けて、実行委員長をはじめとする緊急最高会議により、やむなく決定いたしました。

 

開催にむけて、ご協力いただいているアーティストの皆様、すでにご参加を表明され稽古に精励されていらっしゃるレッスン生の皆様には大変申し訳なく存じております。

 

今後の全体稽古および第2回コンサート開催の予定につきましては、当該ホームページにて、各自ご確認くださいますようにお願いいたします。

 

なお、少人数の聖楽院の通常稽古の実施計画については、杉並国際クリニックの公式ホームページにて、他の関連する有益情報と共に主宰が直接お知らせいたしますので、今後もお忘れなく注意してモニターしてくださいますようお願い申し上げます。

 

 

令和2年3月14日
 

杉並国際交流音楽会実行委員会 

役員代表 松田 要
 

 

聖楽院 

主宰 飯嶋 正広

第一部 心身医学療法における聖楽療法理論のコンテクスト(その1)

 

理論の性質

 

心身医学療法における理論

 

前回は、従来の心身医学療法における理論の役割ということで、知識には(知的知識と行動の中の知識)の2種類あること、技能の習得のためには、その両方の知識の相互作用が必要であることについて述べました。

いずれにしても知識を身につける「知る」という人間の行為に立ち戻って考えるようになったのは、フランス語の「知る」という意味の2つの動詞を学んだことがきっかけだったかもしれません。

フランス語の「知る」には、connaître(コネートゥル)とsavoir(サヴヮール)という2種類の動詞があります。この2つには文法的に使い分けがあり、connaître +名詞、通常 savoir は+不定詞(または節)です。両方とも使い方が違うだけで同じ意味だと主張するフランス人もいますが、どうやらそうではないようです。つまり、connaîtreは、単に知っているだけの意味ですが、savoirには能力の意味が含まれていて、 savoir + 不定詞で、「〜することができる」,「〜するすべを心得ている」という意味になります。これは、「行動の中の知識」です。一方、知識として、あるいは単に情報として「~をしっている」connaître は、「知的知識」ということになるかもしれません。

そして、聖楽院で修得する技能はこれら二つのタイプの知識(知的知識と行動の中の知識)の相互作用の中で育まれるものであることを述べました。

 

 

さて、今回のテーマは

 

聖楽療法理論の概念的枠組み

です。ここでは聖楽療法理論をどこに見出すか?という課題について考えてみます。

 

聖楽療法は新しい心身医学療法であり、人間の活動の二つの異なる領域(身体・藝術活動とヘルスケア)に根をもつ学問です。新しい心身医学という言葉には多くの異なった意味合いが含まれてきます。そうすると、そこにはいくつかの重要な疑問が残されます。

 

 

まず、聖楽療法は音楽の専門職による学問であるのか、あるいはヘルスケアの専門職による学問であるのか、どちらがその実態をより正確に示しているのか、という疑問です。これは聖楽療法の社会的または学問的属性についての課題です。もとより、学問の領域をあるカテゴリーに分類しようとするときには、たいていは、当事者の都合によって便宜的に決めているに過ぎません。

 

アルフレッド・ノース・ホワイトは、「この世界を様々な分野に分割することはできない」とコメントしています。そこで聖楽療法は本質的にハイブリッドな領域であるとみなされるかもしれません。ただし、単純にハイブリッドな領域とみなされると固有の理論が見失われがちとなることが問題になります。

 

 

聖楽療法の創始者としての筆者は、聖楽療法をヘルスケアの分野とみなす方が理に適っていると考えます。

 

なぜなら、聖楽療法は心身医学療法の特別な応用法であり、セラピーのための特別な方法として開発してきたからです。聖楽療法における声楽体験は臨床における主要な焦点となってはいるが、その理論と実践は主に心身医学的な基盤に立っているからです。

 

そして、そもそも人類は声楽を通して音楽や言葉(歌詞)を味わうことを体験することによって健康な個人や健全な社会文化の発達や発展を促進してきたという事実があります。

 

聖楽療法は、これを前提として人間にとっての音楽や言葉の意味や、音楽や言葉が人間の生活を豊かにすることで全人的な健康に繋げていくことを研究していこうとするものだからです。

 

 

すべての学問は、その領域に固有の性格を持っており、理論の展開もその領域に固有の問題をより良く解明していこうという方向へ進んでいます。

 

ノードフ・ロビンスによる「ミュージック・チャイルド」という概念を提唱していますが、この概念は、何年にもわたって何百人という障碍を持つ子どもとの関わりの中で、そこで起こった現象を説明する方法として考え出されたものです。

 

 

新しい専門的職業の最前線における理論の発展・前進を目指すために最もふさわしい理論は、特定の学問分野の既存の理論のみに依拠するものではなく、臨床現場での体験の積み重ねによる概念の特有性、また共有体験をベースにした固有理論であると考えることができます。

 

ただし、固有であるということは、自身の領域以外にどこにも起源をもたないということではなく、聖楽療法の実践の中では、心身医学を基礎とした固有の概念を発展させるために外部の要素を用いることを禁じるものではありません。

 

2020年3月1日(日)聖楽院レッスン最終報告

 

時間帯:11:00~12:00

 

レッスン場所:高円寺<ボンジュール>会場

 

聖楽院C組レギュラー・レッスン

 

進行:聖楽院主宰 飯嶋正広

 

ピアノ伴奏:吉田奈津子

 

参加者:全7名(レッスン生5名)

 

 

レッスン内容

 

1) 受講準備:聖楽院体操

参加レッスン生のうち3名が順次リーダー役を務め、全員参加で実施した。

 

 

2) 発声練習:聖楽院方式ハミング&実声スケール(移動共鳴焦点法)

ハミングによる小スケールと実声(あ~い)による大スケールの組み合わせによって、半音ずつ上昇し、全音ずつ下降した。

 

移動共鳴焦点法により、音高ごとに異なる部位の共鳴振動を確認するレッスンを実施。

 

 

3)歌唱練習:コンコーネ50(歌詞:小倉百人一首)およびシューマンのチクルス(邦語訳詞:飯嶋正広)のレッスンを実施。

 

❶ コンコーネ50番(1~4、6、8、19)

全員歌唱⇒男声もしくは女声のみの歌唱(他方は、ハミングもしくは休憩)
⇒ソロ歌唱の流で実践した。

今回は、新人男声に対しては、声慣らし、曲ならし、のためなるべく多くの歌   
にハミング等で参加していただいた。

 

❷ シューマンのチクルス

ソロ演奏にチャレンジしていただいた。

1)「女の愛と生涯」(女声用)
  第1曲および第6曲
  女声の2名が各自ソロ演奏を試みた

 

2)「詩人の恋」(男声用)
  第1曲のみ
  男声の1名がソロ演奏を試みた

 

 

レッスン生の報告

❶ 最初のイキイキ体操、そして聖楽院発声練習によって
  コンコーネを歌うときには、高音も出しやすくなっておりました。 (K.K記)

 

❷ 予め身体をほぐしておくと歌いやすくなることがわかります。(G.K記)

 

❸ イキイキ体操は、日常生活であまり用いない体の使い方をするので、身体のこりや不調などに気づきやすいというメリットもあると思います。(G.K記)

 

❹ コンコーネの練習で最初はみんなで、2~3人か男性・女性での少人数で、何曲かはソロ。(R.A記)

 

❺ 複数で歌うのは連帯感と安心感(?)が感じられました😄(R.A記) 

 

❻ 各人の声の個性を味わいながら鑑賞すること、皆と合わせて自分も調和して歌えるようになることはとても意義深いものだと感じます。(G.K記)

 

❼ 大きな声を出すのは気分が良かったです。(T.M記)

 

❽ 皆さんの声が立派に出ているので、良い刺激になって、自分もしっかり歌えるようになります。(G.K記)

 

❾ 少し練習をしてから行くと自信を持って堂々と歌えるので
さらに気分がいいです。(T.M記)

 

➓ シューマンも今回初めて楽譜を見ることなく、(自分だけですが、、、)
気持ちよく歌えたことが大変嬉しかったです。(K.K記) 

 

⓫ 水氣道の理氣航法によるお稽古から、無理なく歌え、
息も長く続くようになっていたことを認識致しました。(K.K記)

 

⓬ 自分が学んだことを他の人に教えて差し上げることができるくらいになれたら素晴らしいと思います。(G.K記)

 

 

 

主宰者からのコメント:

本日は初回参加の男性が加わり、女声2名、男声3名のグループとなりました。

 

C組のレッスン生は、いろいろな感想を寄せてくれました。

 

<聖楽院メソッド>に馴染むことによって、それぞれの個性と潜在能力を発揮しているのがよくわかります<❶❷❸❹❺❻>。

 

そうした環境ができあがっていると、初回参加者も馴染みやすくなるようです。

実際に、はじめてとは思えないほど直ちに溶け込み音を取ることができ、リズムにも乗ることができ、ハミングばかりではなく、初見で歌えているところもありました。

 

それは、レギュラーのレッスン生の一人一人に自信が生まれ、お互いの間に十分な信頼関係と仲間意識ばかりでなく敬愛の気持ちが育まれてきていることの表れだと思いました。

 

新しい仲間を優しく受け入れ、溶け込める環境が育ってきていることをうれしく感じました。

 

レッスン曲はすでに各自に割り当てていましたが、それぞれのペースで稽古が進んでいることがわかりました。

 

一人一人が毎日の生活の中で、楽しくお稽古をしておられる様子が伝わってきました。

 

声楽的な快感の質と程度は人によって様々<❶❸❺❻❼>ですが、レッスンのはじめに予め心身のコンディションを整えておくこと<❶❷❸>や、

レッスンに先立ち個人的にも楽しみながら準備をしておくことの効用<❾>に気づき実践をはじめたり、

歌曲を暗譜して歌うことにチャレンジしてみようという意欲が生まれるようになったりする<❿>と、歌う姿勢や呼吸法が安定し、リズムが正確となりフレーズが生き生きとしてきます。

 

声楽表現とは、そのような基本条件が出来上がるとより豊かになります。

一人のレッスン生の前向きな稽古姿勢が、このような興味深い稽古の展開となり、全員の声や意識の向上がみられ、大きな収穫が得られたことで大きな感動に包まれました。

 

充実した独唱ができるようになるためには、いくつかのよく吟味されたステップを踏まえていくことと、様々な音楽要素間の相互作用の効能を理解して楽しく味わうことが助けになります。

 

それは、聖楽院メソッドでは、伴奏や仲間の声を聴くことと、自ら演奏すること、合唱すること、互いに学び合い、感じ合い、感想をいただいたり、またさしあげたりといったレッスンのプロセスを大切にしていることに繋がります。

 

 

さて聖楽院のメソッドは水氣道での実践が基礎になって生み出されたものです。水氣道での稽古を続けている方<⓫>はもちろんですが、水氣道を経験されていない方<⓬>にも水氣道精神が受け継がれようとしていることはうれしく思いました。

 

水氣道と同様に聖楽院も指導者とレッスン生との間に断絶はありません。

それはすなわち、聖楽院のレッスン生が聖楽院メソッドに従って確かな成長を遂げていった暁には、本人の希望により聖楽院の指導者となることができる可能性があるということを意味するのです。

 

この報告書を通しての紙上検討会も、聖楽院独自のオリジナルCDも、コンサートのDVDも、やがて出版される楽譜もすべて聖楽院の未来の指導者へ提供されるべき財産でもあるということを受け止めていただければ幸です。

 

聖楽院のレッスン生は、「藝術歌曲集No1.コンコーネ50番(中声)小倉百人一首で歌う」と「藝術歌曲集No2.トスティ50番(高声)小倉百人一首で歌う」というオリジナル教材のCDを上手に活用してレッスンに臨んでいます。

 

その他にも、自分の演奏した声や姿を振り返ることも大切です。ですから、昨年11月14日の聖楽院コンサートのDVDで自分自身や仲間の演奏法を振り返り、反省し、何か新しいことを発見し、今後のために工夫を凝らし、次のレッスンやコンサートに生かしてみるということをお勧めしたいと思います。

 

 

聖楽院メソッドとは何かということを主宰者が抽象的に説明するより、個々のレッスン生が体験して獲得できた「生のままの気づき」を記録していただくことがより大切だと思います。

 

この報告は、C組全員にとってばかりでなく、他の組に所属するレッスン生のためにも貴重な財産になるものと思われます。

2020年3月1日(日)


時間帯:11:00~12:00

 

レッスン場所:高円寺<ボンジュール>会場

 

聖楽院C組レギュラー・レッスン

 

進行:聖楽院主宰 飯嶋正広

 

ピアノ伴奏:吉田奈津子

 

参加者:全7名(レッスン生5名)

 

 

レッスン内容

1) 受講準備:聖楽院体操

参加レッスン生のうち3名が順次リーダー役を務め、全員参加で実施した。

 

2) 発声練習:聖楽院方式ハミング&実声スケール(移動共鳴焦点法)

ハミングによる小スケールと実声(あ~い)による大スケールの組み合わせによって、半音ずつ上昇し、全音ずつ下降した。

 

移動共鳴焦点法により、音高ごとに異なる部位の共鳴振動を確認するレッスンを実施。

 

3)歌唱練習:コンコーネ50(歌詞:小倉百人一首)およびシューマンのチクルス(邦語訳詞:飯嶋正広)のレッスンを実施。

❶ コンコーネ50番(1~4、6、8、19)

全員歌唱⇒男声もしくは女声のみの歌唱(他方は、ハミングもしくは休憩)
⇒ソロ歌唱の流で実践した。

今回は、新人男声に対しては、声慣らし、曲ならし、のためなるべく多くの歌   にハミング等で参加していただいた。

 

❷ シューマンのチクルス
ソロ演奏にチャレンジしていただいた。

 

1)「女の愛と生涯」(女声用)
第1曲および第6

女声の2名が各自ソロ演奏を試みた

 

2)「詩人の恋」(男声用)

第1曲のみ

男声の1名がソロ演奏を試みた

 

 

 

レッスン生の報告

 

❶ 最初のイキイキ体操、そして聖楽院発声練習によって
  コンコーネを歌うときには、高音も出しやすくなっておりました。 (K.K記)

 

❷ コンコーネの練習で最初はみんなで、2~3人か男性・女性での少人数で、何曲かはソロ。(R.A記)

 

❸ 複数で歌うのは連帯感と安心感(?)が感じられました😄(R.A記) 

 

❹ 大きな声を出すのは気分が良かったです。(T.M記)    

 

❺ 少し練習をしてから行くと自信を持って堂々と歌えるので
さらに気分がいいです。(T.M記)

 

❻ シューマンも今回初めて楽譜を見ることなく、(自分だけですが、、、)
気持ちよく歌えたことが大変嬉しかったです。(K.K記) 

 

❼ 水氣道の理氣航法によるお稽古から、無理なく歌え、
息も長く続くようになっていたことを認識致しました。(K.K記)

 

 

 

主宰者からのコメント:

本日は初回参加の男性が加わり、女声2名、男声3名のグループとなりました。

 

C組のレッスン生は、いろいろな感想を寄せてくれました。<聖楽院メソッド>に馴染むことによって、それぞれの個性と潜在能力を発揮しているのがよくわかります<❶❷❸❹>。

 

そうした環境ができあがっていると、初回参加者も馴染みやすくなるようです。実際に、はじめてとは思えないほど直ちに溶け込み音を取ることができ、リズムにも乗ることができ、ハミングばかりではなく、初見で歌えているところもありました。

 

それは、レギュラーのレッスン生の一人一人に自信が生まれ、お互いの間に十分な信頼関係と仲間意識ばかりでなく敬愛の気持ちが育まれてきていることの表れだと思いました。

 

新しい仲間を優しく受け入れ、溶け込める環境が育ってきていることをうれしく感じました。

 

 

レッスン曲はすでに各自に割り当てていましたが、それぞれのペースで稽古が進んでいることがわかりました。

 

一人一人が毎日の生活の中で、楽しくお稽古をしておられる様子が伝わってきました。声楽的な快感の質と程度は人によって様々<❶❸❹❺❻❼>ですが、予め楽しみながら準備をしておくことの効用<❺>に気づき実践をはじめたり、歌曲を暗譜して歌うことにチャレンジしてみようという意欲が生まれるようになったりする<❻>と、歌う姿勢や呼吸法が安定し、リズムが正確となりフレーズが生き生きとしてきます。

 

声楽表現とは、そのような基本条件が出来上がるとより豊かになります。一人のレッスン生の前向きな稽古姿勢が、このような興味深い稽古の展開となり、全員の声や意識の向上がみられ、大きな収穫が得られたことで大きな感動に包まれました。

 

 

充実した独唱ができるようになるためには、いくつかのよく吟味されたステップを踏まえていくことと、様々な音楽要素間の相互作用の効能を理解して楽しく味わうことが助けになります。それは、聖楽院メソッドでは、伴奏や仲間の声を聴くことと、自ら演奏すること、合唱すること、互いに学び合い、感じ合い、感想をいただいたり、またさしあげたりといったレッスンのプロセスを大切にしていることに繋がります。

 

 

聖楽院のレッスン生は、「藝術歌曲集No1.コンコーネ50番(中声)小倉百人一首で歌う」と「藝術歌曲集No2.トスティ50番(高声)小倉百人一首で歌う」というオリジナル教材のCDを上手に活用してレッスンに臨んでいます。

 

その他にも、自分の演奏した声や姿を振り返ることも大切です。ですから、昨年11月14日の聖楽院コンサートのDVDで自分自身や仲間の演奏法を振り返り、反省し、何か新しいことを発見し、今後のために工夫を凝らし、次のレッスンやコンサートに生かしてみるということをお勧めしたいと思います。

 

 

聖楽院メソッドとは何かということを主宰者が抽象的に説明するより、個々のレッスン生が体験して獲得できた「生のままの気づき」を記録していただくことがより大切だと思います。

 

この報告は、C組全員にとってばかりでなく、他の組に所属するレッスン生のためにも貴重な財産になるものと思われます。