8月1日から9月20日まで

 

週間ブログはシステム調整のため

お休みいたします。

 

9月21日から、新しい企画で

再スタートいたします。

 

前回はこちら

 



聖楽院主宰 テノール 

 

飯嶋正広

 

 前期最終(第15回)個人レッスンを終えて

 

武蔵野音大別科(1年間コース)のカリキュラムも、丁度、半ばを迎えました。

この間、いろいろな経験を重ねることができました。

当初は1年間限定、ということで、今に思えば安易に考えていました。

 

毎週1回60分の集中個人レッスンを大家の先生から直接受けられるということが、どれだけ恵まれていて、贅沢なことなのか、改めて振り返っているところです。

 

武蔵野音大の別科の位置づけが、どの様なものであるかについて、私は深く認識する暇もないまま、お勧めにしたがい入学した私ではありました。毎週の通学を続けているうちに、この別科には大きな可能性と融通性とが秘められていたことに気が付きました。

 

東京藝大の別科は2年制で、本来は一般社会人向けに学部に併設された位置づけであるのが表向きの趣旨ですが、実際にはそれとは大きく異なり、実質的には、学部と大学院修士課程との橋渡し的な位置づけになっているようです。つまり、音大(東京藝大を含む)卒業生を対象にしているかのような運用がなされています。

 

これに対して、武蔵野音楽大学の別科は1年制ですが、より広く門戸が開かれているばかりでなく、終了後の進路も学生の指向と適性や能力に応じて多様なルートに繋がっているような印象を持ちました。

 

私のように音大卒業生でなくとも入学可能であり、しかも、別科終了後には学部編入ではなく、直接、大学院修士課程入学というコースも準備されていることは新鮮でした。

 

以前にも、別科終了後に大学院へ進学した前例があるとのことを、作曲科の先生方から伺いました。方がいらっしゃるとのことでした。

 

大学院入試の準備として、声楽実技の準備は現在のレッスンの延長上で十分対応可能であると岸本先生が保証してくださっているのですが、最大の問題点は学科試験のうち音楽理論(楽理>和声>バス課題、ソプラノ課題)であり、その他、音楽史の勉強も必要になります。

 

岸本先生は、さっそく私の不安に対応してくださり、作曲コース長の野崎勇喜夫先生を紹介してくださり、その後、野崎教授のご推薦で若手新進気鋭の成宮北斗先生が、週1回1時間のペースでオンライン個人レッスンをしてくださることまで速やかに決まりました。

 

音大の先生たちが、これ程までに学生の面倒見の良い組織であるとは想像もつきませんでした。もっとも、武蔵野音楽大学が特別なのかもしれません。

 

音大の大学院については、私自身と結びつけて具体的に考えたことは、これまでありませんでした。しかし、別科の1年間の到達目標の設定については、レッスンのたびごとに、少しずつ発展してきました。

 

当初は、1年間を通してチャイコフスキーの声楽曲をテーマとすることに置いていました。

それが、数回のレッスンを経て、前期がチャイコフスキー、後期がラフマニノフという目標に修正されました。実際に前期のレッスンが終わるまでに、ラフマニノフの歌曲の手ほどきを受けることができ、それがそのまま大学院の受験候補曲の1つに決まりました。

 

更に、レッスンが進んでいく中で、夏季休暇後の後期の一連のレッスン計画の中に、チャイコフスキー、ラフマニノフ以外のロシアの代表的な作曲家の代表的な歌曲作品にも馴染んでく必要を感じるようになりました。

 

たとえ、すぐにレッスンを受ける予定がなくとも、今後の私の研究のために、岸本先生にお願いして、秀逸な1曲ずつを選んでいただくことをお願いしたところ、快く楽譜を提供してくださいました。

 

前期のレッスンが終わった後も、夏休みの間に、何回かの追加レッスンをお願いしました。当面は、8月22日の練馬のゆめりあホールでのセンチャブリ・コンサートに向けての準備になります。

 

前回はこちら

 


最新の薬物療法

 

認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

 


免疫力低下と感染症

 

<悪性リンパ腫外来治療成績から学ぶ>

 

リンパ腫の治療で使用される薬剤の多くは、現在、外来治療患者にも使用されるようになりました。

その場合、有害事象の発生については特に注意を要します。

 

リンパ腫治療に伴う主な症状のうち、免疫力低下との関係で、私は特に白血球減少(特に好中球減少にともない発熱すすタイプ)によるウイルス性感染症に注目しています。

 

 

1 新型コロナ感染症

 

血液内科の専門医は、新型コロナウイルス感染症は、リンパ腫患者で重症化しやすいことを認識しているため、新型コロナウイルス感染症の発症に注意しています。ただし、厚生労働省の公式サイトによる情報提供には、きわめてあいまいな印象を受けます。

 

悪性リンパ腫の患者に限らず、種々の疾患で分子標的治療薬のリツキシマブ(抗CD20抗体)が投与されるとBリンパ球が減少します。抗体を産生するBリンパ球が減少することによってワクチンの効果が著しく低下します。

 

 

2 単純疱疹/帯状疱疹

 

これらはヘルペスウイルス感染症であり、がんをはじめ悪性リンパ腫に限らず免疫不全状態の患者で発症リスクが高くなります。抗がん剤治療によっても免疫不全が増強してしまうので、治療を担当する医師を悩ませる課題の一つです。造血幹細胞移植後ではアシクロビル(抗ウイルス薬)の少量(200㎎/日)が保険適応で発症予防に使われますが、一般的には、予防のために保険処方は不可です。

 

帯状疱疹については、予防ワクチンが推奨されており、当クリニックでも実施しています。これまで、ワクチン接種後に帯状疱疹を発症した症例は皆無でしたが、今年から複数例の発症を確認しています。

 

当クリニックに限っての検討ですが、どのような背景の方が、帯状疱疹ワクチン接種済みにもかかわらず発症を来したかについて検討してみました。すると、帯状疱疹ワクチン未接種者に多く見られた亜鉛欠乏症、ビタミンD欠乏症等は該当せず、新型コロナワクチン接種後1カ月以内という共通因子を認めました。ファイザーなどのコロナワクチンで帯状疱疹が発生するリスクが高まることは明らかにされています。

 

以上のことから、新型コロナワクチン接種は、目標とする新型コロナウイルス(武漢株、オミクロン株ではありません!)感染症予防のための抗体の産生を促すとしても、それ以外の多数のウイルス感染症(武漢株でない、最新の変異株)に対する自然免疫力を低下させてしまう可能性があることを示唆するものであることは直ちには否定できません。

 

つまり、新型コロナワクチンを接種すればするほど、免疫力が低下し、新型コロナウイルスの変異株に感染・発症し易くさせてしまう、という皮肉な結果をもたらすことになりかねないということです。わが国において発生以来、およそ2年半を経ても、新型コロナウイルス感染は収まらない現状を省みて、抜本的な見直しを進めていく時期なのではないか、と私は憂いているところです。

 

 

3 ニューモシスチス肺炎

 

末梢血CD4陽性細胞が200/μl未満の場合に発症リスクが高まります。高熱、呼吸困難、動脈血中酸素濃度(SpO₂)低下を認めた場合には、本症を疑います。

 

エイズ(HIV)患者をはじめ,特にリンパ腫などに伴う免疫不全例で肺病変がみられた場合には,ニューモシスチス肺炎(PCP)と新型コロナウイルス感染症(COVID-19)肺炎の鑑別は、院内感染対策の観点からも非常に重要であることが指摘されています。

 

まず特徴的画像所見を呈する場合には、両者の鑑別は比較的容易であるとされます。

しかし、非典型所見もみられるため、画像所見のみでCOVID-19を否定するのは誤診のリスクが高くなります。特にHIV例におけるCOVID-19肺炎の画像所見については報告が少なく、したがってエビデンスが限られているため、慎重な臨床判断が求められています。

 

 

4 肝炎ウイルス再活性化

 

免疫力が低下するとB型およびC型肝炎ウイルスが再活性化し易くなります。そのため、リンパ腫治療中では常に肝炎ウイルス再活性化の可能性に対して警戒されています。新型コロナワクチン接種による免疫力低下が肝炎ウイルス再活性化をもたらすかどうかについては、現時点では明かなことはわかっていません。今後の綿密な観察による検討が必要です。

 

前回はこちら

 


声楽の理論と実践から学ぶNo.10

 

水氣道の稽古と声楽のレッスンの共通点(続・続・続・続・続々)

 

超一流の声楽家は、プレッシャーのない歌声を生み出すために、日夜稽古を続けているように見受けられます。プレッシャーのない歌声とは、エネルギーの流れを妨げられることがないということです。これは水氣道の稽古でも全く同様です。

 

しかし、これとは少し違った側面もあります。それは「声を飲み込む」感覚です。私は歌っている最中に、息を吸い続けているような感覚、遠くから声を出しているような感覚を経験します。

 

この「遠隔操作感覚」を実現すると、呼吸に伴う目立った雑音は発生しなくなります。

それは、舌や舌骨による偽りの支えから解放されて、空気が三次元的に自由に流れるようになるからです。

 

水氣道においても、抗重力筋を過度に緊張させて身体を支持しようとする長年の悪癖から解放される必要があります。これが、バランスのとれた緊張と緩和の基本です。深層筋にかかる緊張と弛緩をバランスよく行う必要があります。
 

水氣道では大きな動作を素早く行おうとする際に動員される大きな筋力の支えは、同じ程度の拮抗筋の弛緩がないと動作展開が円滑でなくなります。
 

身体レベルだけでなく、感情レベルでもバランスのとれた緊張と緩和が構築されればされるほど、歌の芸術性が高まるのですが、水氣道の動作においても、変化に富んだ様々な動きが可能になります。

 

このバランスを崩し、緊張してしまうと円滑な動きの流れが阻まれてしまいます。逆に、リラックスに傾き過ぎてしまうと、しまりのない、だらしない動きになってしまいます。
 

それでは、どのようにバランスを保ったらよいのか、ということになります。
それは、姿勢-呼吸-動作を統合することで達成できます。

 

今回は、以下の5つの「魔法のツボ」を意識して、インナーマッスル(深層筋)を伸ばす実習を試みてください。

 

(1) 大腿の内側の筋肉から順に、第12胸椎を経て頚椎まで、首の吸気ストレッチ。


(2) 尾骨部からはじめて、さらにその先まで、体幹の呼気ストレッチ。

 

(3) 第12胸椎の両側にある横隔膜の付着部から、腹横筋に沿って側方に上がる背中の吸気ストレッチ。

 

(4) 前鋸筋を胸骨に向かって幅寄せする(コルセット感覚)
胸の呼気ストレッチ。

 

(5) 肩甲骨の裏面も幅と長さを伸ばす肩の吸気ストレッチ。

 

 

水氣道で呼吸の流れが洗練されることで、深層部の筋肉が活性化されます。

そのためにもエクササイズをゆっくりと何度も繰り返す価値があるのです。

 

それが達成できたときに得られる感覚が「融通無碍の人類愛」の悟りであり、無我の境地の瞑想状態であるとイメージしておいてください。

 

前回はこちら

 


認定内科医、認定痛風医

アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医

 

飯嶋正広

 

見落とされがちな微量栄養欠乏症

<25OHビタミンD>No2

 

「ビタミンD」はどんな働きをしてくれるの?

 

「ビタミンD」には、免疫機能を調節する働きがあります。体内にウイルスが侵入してきた際に不要な免疫反応に抵抗し、必要な免疫機能を促す役割を果たしています。

このため、インフルエンザ、風邪や肺炎などの感染症への効果も期待されています。

 

また免疫機能の調節だけでなく、骨を丈夫にする働きもあります。骨の石灰化を促進して骨密度を増加させるため、骨折の予防や抑制へとつながります。

 

ビタミンは通常、体内での生成ができないので食品などから摂取する必要がありますが、「ビタミンD」は日光に当たることによって、体内で生成することができるという特徴があります。

 

ビタミンDは、食事からの摂取に加え、日光(紫外線)への暴露により皮膚で産生される脂溶性のステロイドホルモン前駆体です。これが、肝臓で水酸化され安定な25OHビタミンDに変換されます。

 

25OHビタミンDは生体内におけるビタミンDの主要な貯蔵形態であることから、全身のビタミンD状態を表す代謝物質として広く認められています。

 

そして25OHビタミンDが、腎臓で1α位の水酸化を受けて1,25(OH)₂Dとなったものを活性型ビタミンDと呼びます。

 

 

 

前回はこちら

 



臨床産業医オフィス

 

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

 

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

 

飯嶋正広

 

 

<先月から、当面の間、職場の健康診断をテーマとして、産業医紹介エージェント企業各社が提供しているコラムを材料として採りあげ、私なりにコメントを加えています。>

 

産業医紹介サービス企業各社が提供する<健康診断>コラム

 

No2.ファースト・コール提供資料から(その4)

 

長時間労働がもたらすリスクと企業における解決策

 

2022-05-27

勤務問題を原因・動機とする自殺者の状況

 

職場での勤務問題によって自殺に至るケースも見られています。勤務問題を原因・動機とする自殺者は、2022年の自殺者総数の9.1%を占めており、“被雇用者・勤め人”の自殺者数は 6,742人にも上ります。

 

▼自殺者総数のうち、勤務問題を原因・動機とする自殺者の割合
図1

 

画像引用元:厚生労働省『令和3年版 過労死等防止対策白書』

 


また、自殺の理由として推定されている勤務問題を見ると、“仕事疲れ”が全体の26.6%を占めていることが分かりました。

図2

画像引用元:厚生労働省『令和3年版 過労死等防止対策白書』

 

このような過重労働によるリスクを防止するためには、残業削減をはじめ、職場における健康管理体制を整備することも重要だと考えられます。

 

出典:厚生労働省『令和3年版 過労死等防止対策白書』

 

 

企業における長時間労働の解決策

 

過重労働による健康被害や事故、自殺などのリスクを防止するためには、長時間労働の削減に向けた具体的な取組みが不可欠です。

 

ここからは、長時間労働の削減に向けた2つの解決策を紹介します。

 

 

①従業員の労働時間を管理する

 

使用者には、従業員の労働時間を適正に把握する義務があります。従業員の始業・終業時刻を現認して確認するとともに、客観的な方法で記録することが重要です。

 

労働時間を適正に管理することで、長時間労働の状況や法令違反の有無を把握できる体制を構築できるようになります。

 

▼労働時間を記録・管理する方法

• タイムカードで始業・終業時刻を記録する

• パソコンの使用時間を記録する

• 勤怠管理システムを利用して残業時間を管理する

 

これらのような方法で労働時間を見える化することで、残業が多い従業員に対して、業務内容やスケジュールの調整を行うことが可能になります。特定の従業員に労働負荷がかかることを防ぐことで、病気や事故などのリスク削減へつなげられます。

 

なお、従業員の自己申告と実労働時間に乖離(かいり)がある場合、使用者は実態調査を行う必要があります。

 

出典:厚生労働省『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン』『「過労死等ゼロ」緊急対策』

 

 

②業務方法・取引慣行を見直す

 

生産性を向上しつつ、長時間労働をなくすためには、現状の業務方法や取引慣行を見直して効率化を図ることも重要です。

 

まずは、従業員の業務内容や進め方を可視化して、非効率な工程、時間のかかっている業務などがないか、現状課題を洗い出しましょう。現状課題を踏まえて業務方法や取引慣行を見直すことで、業務効率の向上を図れます。

 

現状課題の洗い出しから改善策を講じるまでの例は次のとおりです。

 

▼具体例①

• 課題:上司への承認依頼から承認を得て次の作業に進むまでにタイムラグがある

• 改善策:ITツールを導入して、オンラインで承認できるフローを構築する

 

▼具体例②

• 課題:データの入力や計算を手作業で行っていて、定型業務に時間がかかる

• 改善策:RPA(Robotic Process Automation:ロボットによる業務自動化)を導入して入力や計算作業を自動化する

 

出典:厚生労働省『働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて~』/総務省『RPA(働き方改革:業務自動化による生産性向上)』

 

 

産業医からのコメント

産業医にとっての究極の課題は、担当企業における業務関連での死亡者を発生させないことにあります。勤務問題を原因・動機とする自殺者は、2022年の自殺者総数の9.1%を占め、自殺の推定理由が“仕事疲れ”が全体の26.6%を占めていたというデータは、従業員の労働内容の量(労働時間)および質(業務効率)の両方に注意を払う必要があることを示唆しています。

 

そもそも、使用者には、従業員の労働時間を適正に把握する義務があります。そこで、労働時間を適正に管理することで、長時間労働の状況や法令違反の有無を把握できる体制を構築することが前提となります。

 

また、従業員の業務内容や進め方を可視化して、非効率な工程、時間のかかっている業務などがないか、現状課題を洗い出し、重要度および緊急度などを考慮して、解決に向けての対策を立案し、コツコツと実践して行けるように促すことも、産業医にとって大切な役割であると考えております。

 

前回はこちら

 


常陸國住人 

飯嶋正広

 

常陸国の万葉集歌を味わう(その4)

 

高橋虫麻呂の才能は短歌ばかりでなく、長歌にも及んでいます。

 

今回ご紹介したいのは、万葉集第9巻1753番歌(長歌)と1754番歌(短歌)の組み合わせです。

 

1753番歌の題詞に検税使大伴卿登筑波山時歌一首[并短歌]とあります。長歌と、その反歌の組合わせで構成されています。

 

長いので、まずは拙訳ではありますが、万葉時代の筑波山紀行をご案内いたしましょう。

 

 

第9巻 1753番歌(現代語:飯嶋訳)

 

常陸の国に雄岳(男体山)と雌岳(女体山)の二つの峰が並びそびえている筑波山を見てみたいものだ、と都のお役人(検税使の大伴卿)がおいでになった。

 

暑い最中、汗を掻き、木の根をつかんで、あえぎながら登り、頂上をご案内した。

 

雄岳の神は快くお導きくださり、雌岳の神も霊力でお守りくださって、いつもであれば、ややもすれば雲がかかったり、雨が降ったりしがちなこの筑波山は快晴に恵まれた。

 

どれ程の天候だろうかと気がかりにしていた、国で随一の絶景を余すところなく御披露してくださった。

 

あまりに嬉しいので、着物の紐を解いて、家にいるような、打ち解けた気分を味わった。

 

草がなびく春に見たいものではあるが、夏草が生い茂っているとはいえ、今日も楽しく素晴らしい。

 

 

<訓読文>

衣手  常陸の国の  二並ぶ 筑波の山を  見まく欲り  君来ませりと  暑けくに  汗かき嘆げ 木の根取り  うそぶき登り  峰の上を  君に見すれば  男神も  許したまひ  女神も  ちはひたまひて  時となく  雲居雨降る  筑波嶺を  さやに照らして  いふかりし  国のまほらを つばらかに  示したまへば 嬉しみと  紐の緒解きて  家のごと  解けてぞ遊ぶ  うち靡く 春見ましゆは  夏草の 茂くはあれど  今日の楽しさ

 

 

<訓読文解説>

冒頭に「衣手 常陸の国」とありますが、「衣手」は「常陸」の枕詞になっているようです。

そもそも常陸国という国名の由来には諸説があって、船を用いずに陸路だけで行き来できる所なので、「直通(ひたみち)」という意味合いから「ひたち」と名づけた、という説のほかに、常陸國風土記に、「衣袖漬国」あることに思い至ります。

 

その部分の標準訳を紹介します。
 

倭武命(やまとたけるのみこと)が東国征討に行かれて新治郡を通ったときに、国造(くにのみやつこ)を遣わして新たに井戸を掘らせたが、すばらしく清い、いい水が出たので、輿(こし)を停(とど)めて水を愛(め)で手を洗われた。

 

そのとき、倭武命の着物の袖が泉の水に垂れて、袖が濡れてしまった。そこで、袖を漬(ひた)すという意味合いで、それを常陸の国の名前とした。

この長歌に対する反歌が、次の短歌です。

 

第9巻 1754番歌

 

作者:

高橋虫麻呂 題詞:(検税使大伴卿登筑波山時歌一首[并短歌])反歌

 

左注:

右件歌者高橋連蟲麻呂歌集中出

 

原文:

今日尓 何如将及 筑波嶺 昔人之 将来其日毛

 

訓読:

今日の日にいかにかしかむ筑波嶺に昔の人の来けむその日も

 

かな:

けふのひに いかにかしかむ つくはねに
むかしのひとの きけむそのひも

 

 

現代訳(飯嶋訳):

今日の絶好の日和に勝ることなどあったのだろうか。
この筑波嶺にやってきた昔の人たちが来た良き日でさえも。

 

 

英訳(飯嶋訳):

What could have been better than today's perfect day?
Even the good days of the past when people came  to this Tsukuba Ridge.

 

 

コメント:

虫麻呂の反歌は、誇張した表現になっていると感じられます。この短歌だけを読むと、虫麻呂の作風や人柄を誤解してしまいかねません。

しかし、都の大切な役人である大伴卿(いわば国税庁の査察長官か?)の、いささか無理のある、たっての所望に応えなければならない不安に満ちた接待の役目を仰せつかった下役の虫麻呂であったのでした。

 

幸い、当日の首尾は上々で、満足のいく結果が得られて大いに安堵した虫麻呂の気持ちを考えれば、この短歌は決して過度に大げさで自己満足な表現とまでは言えず、むしろ彼の率直な心の内が、素直に表現されているように思われます。

 

前回はこちら

 

 

作家カミュの、というよりもいわゆる物語る人の綿密な観察と深い洞察に基づく市民観が、さらに明らかにされていきます。

 

Nos concitoyens n’étaient pas plus coupables que d’autres, ils oubliaient d’être modestes, voilà tout, et ils pensaient que tout était encore possible pour eux, ce qui supposait que tout était encore possible pour eux, ce qui supposait que les fléaux étaient impossibles. Ils continuaient de faire des affaires, ils préparaient des voyages et ils avaient des opinions. Comment auraient-ils pensé à la peste qui supprime l’avenir, les déplacements et les discussions? Ils se croyaient libres et personne ne sera jamais libre tant qu’il y aura des fléaux.

 

わが市民が、他の市民以上に不心得だったわけではない(註10)。彼らは謙虚な姿勢を忘れていた、ただそれだけのことである。そして、自分たちには、すべてはまだまだ自在なのだと考えていた。つまり、天災などに襲われようもないと決め込んでいたのであった(註11)。彼らは相変わらず商売に余念がなく、旅行の支度を整え、自分たちなりの思惑があったのだ(註12)。未来と移動と議論とを禁制にしてしまうペストのことなど、どうして考えられたであろうか?彼らは自分たちが自由であるものと信じていた。ところが、天災が襲ってくる限り、人間は誰一人として自由の身などにはなれないのである(註13)。

 

 

(註10)

わが市民が、よその市民に増してけしからぬ者たちだったというわけではない。
Nos concitoyens n’étaient pas plus coupables que d’autres,

 

「人並み以上に」(宮崎訳、三野訳)と訳して問題はありませんが、autres(他の人々)はnos concitoyens(わが市民たち) に対するautres concitoyens(よそ の市民たち)であると考えて、若干のこだわりを反映させました。
 

「わが市民たちも人並み以上に不心得だったわけではなく、」

(宮崎訳)


「わが市民たちも人並み以上にとがむべきだったわけではない。」

(三野訳)

 

「わがオラン市民も、ほかの人々以上に罪深かったわけではないが、」

(中条訳)

 

 

(註11)

天災などに襲われようもないと決め込んでいたのであった。

ce qui supposait que les fléaux étaient impossibles.

 

supposait(原型:supposer) que~の解釈は、中条訳より、三野訳、三野訳より宮崎訳を評価したいと考えます。それは、オランの市民たちが中立かつ公正な立場で論理的なプロセスを経た思考や裏付けとなる情報をもとに物事を明解に判断しているのではないからです。彼らは自分たちにとって都合のよい結論に飛びついているに過ぎません。つまり、彼らはご都合主義であり、それが人間中心主義の本質であるかのような示唆が与えられているように思われます。
 

「天災は起こりえないと見なすことであった。」

(宮崎訳)

 

「災禍など起こるはずがないということが前提だった。」

(三野訳)


「天災などあるはずがないと思っていた。」

(中条訳)

 

 

(註12)

彼らは相変わらず商売に余念がなく、旅行の支度を整え、そして自分たちなりの思惑があったのだ。

Ils continuaient de faire des affaires, ils préparaient des voyages et ils avaient des opinions.
    

ここで、des opinionsを「意見」(宮崎、中条)と解したり、ましてや「主義主張」(三野)とまで解したりすることに異議を述べたいと思います。なぜかというと、これらの理解は英語のopinionの語感の影響を受け過ぎているように感じられるからです。

たしかにフランス語のopinionにも(集団の一般的な)意見という意味もありますが、ここでは「意識」という意味の範囲にとどめておくことが自然であるように思われます。

つまり、オランの市民たちは人間中心主義(世俗主義:ご都合主義)という「意識」に漠然と支配されていることを表現しているのではないか、というのが私の解釈です。また、そのように解釈することによって、「(オランの)市民が、よその市民に増してけしからぬ者たちだったというわけではない。」
という語り手の見解との整合性が見出されるからです。

 

「彼らは取り引きを行うことを続け、旅行の準備をしたり、意見をいだいたりしていた。」

(宮崎訳)

 

「彼らは商取引を続け、旅行の準備をととのえ、自分たちの主義主張を抱いていた。」

(三野訳)


「彼らは相変わらず商売に精を出し、旅行の支度をし、自分の意見を主張していた。」

(中条訳)

 

 

(註13)

天災が襲ってくる限り、人間は誰一人として自由の身などにはなれないのである。

personne ne sera jamais libre tant qu’il y aura des fléaux.

 

市民たちが人間中心主義(世俗主義:ご都合主義)の「意識」に支配されている限り、「天災は起こらないはずだ」という結論に至るのは何と容易なことでしょうか。

しかし、そのような意識を抱きがちなのが、人間中心主義(世俗主義:ご都合主義)であるともいえそうです。安直に当面の安心感を得ることを求めたがるこのような「意識」は、反面、安全性が犠牲になりがちであることへの気づきを阻むことになります。

つまり、安心をむさぼり思うがままに暮らし続けたい、という「願望」と、安全を確保しなければ安心は確保できない、という「思考」とは、相容れない関係にある、ということになります。すなわち、安心と安全とは多くの人々が漠然と意識しているような一枚岩ではない、ということが言えるかもしれません。

 

多くの人々が人間中心主義という「意識」に支配されることは自らを奴隷状態に墜とすことに等しい、ということに気が付かないでいる限り、自然災害(天災)の発生がなくならない現実にも増して、誰一人として決して自由の身にはなれない、という帰結になるのではないでしょうか。
   

「天災というものがあるかぎり、何びとも決して自由ではありえないのである。」

(宮崎訳)

 

「だれもけっして自由ではないのだ、災禍というものがある限り。」

(三野訳)


「天災があるかぎり、人間はけっして自由になどなれはしないのだ。」

(中条訳)

 

 

前回はこちら

 


聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

 第14回レッスン(7月12日)

 

前回のレッスンのとき岸本先生にお願いした推薦曲(グリンカ、ムソルグスキー、リムスキー・コルサコフ、プロコフィエフ、ショスタコーヴィッチから各1曲、計5曲)のうち、プロコフィエフを除く4曲の楽譜を、さっそくいただくことになりました。後期(9月20日)からの研究課題です。

 

参考音源を付けてみました。

 

 

〇グリンカ(1804~1857)作曲 

 Михаил Иванович Глинка

 

「近代ロシア音楽の父」

 

雲雀(1840)『ペテルブルグの別れ』第10曲

 

(70) М. Глинка - Жаворонок - YouTube

 

 

 

〇ムソルグスキー(1839~1881)作曲 

 Моде́ст Петро́вич Му́соргский

 

「ロシア五人組」の中では、そのプロパガンダと民謡の伝統に忠実な姿勢をとり、ロシアの史実や現実生活を題材とした歌劇や諷刺歌曲を書いた。

 

星よ、おまえはどこに? 歌曲集「青年時代」

 

(70) Where Art Thou, Little Star? (Live) - YouTube

 

 

 

〇リムスキー・コルサコフ(1844~1908)作曲 

 Никола́й Андре́евич Ри́мский-Ко́рсаков
   

ロシア五人組の一人。色彩感あふれる管弦楽曲や民族色豊かなオペラを数多く残す。
   

高みから吹く風のように(Op.43-2)
   

(70) It was not the wind, Blowing from the heights, Op.43, No.2, Nikolay Rimsky Korsakov - YouTube

 

 

 

〇ショスタコービチ(1906~1975)作曲 

 Дмитрий Дмитриевич Шостакович
  

シベリウス、プロコフィエフと共に、マーラー以降の最大の交響曲作曲家
さようならグラナダ!(Op.100-1)「スペインの歌」(1956)から

 

(70) Shostakovich: Spanish Songs, Op. 100 - 1. Farewell, Granada! - YouTube

 

 

前期最後の個人レッスンを翌週に控えたこの回のレッスンでは、8月22日のセンチャブリ・コンサート(練馬ゆめりあホール)で歌う3曲のうち、最初の2曲を暗譜で歌うことを試みました。

 

第1曲目の<нет,толькотот,ктознал...(憧れを知る者のみが...)>は、レッスン期間が長くとれたため何とか合格、

 

しかし、第2曲目の<Oтчего?...(何故?)>は、歌詞につまるところがあり、次回に持ち越しという成果でした。

 

前期最終回の次回(第15回レッスン)では、第2曲目の合格と第3曲目の暗譜による歌唱にチャレンジすることに決心しました。