前回はこちら



心や精神と身体の繋がりは、心身医学や身体心理学(身心医学)で研究されています。心理学(心や精神の機能の科学)と生理学(身体の機能の科学)の境界も明確ではなく、むしろ連続性があります。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

今回は、身体心理学に関して皆様にお勧めの一冊をご紹介いたします。

 

動きが心をつくる<身体心理学への招待>

 

春木豊 著

 

講談社現代新書 

 

定価:本体860円(税別)

 

この本は、私の著書ではなく、しかも、水氣道に関する本でもありませんが、水氣道を理解する上で有益な基礎知識を比較的平易な表現で説明しています。水氣道の本質を理解していただく上で、皆様のお役に立つ本です。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

運動生理学おける古典的な基本法則として、ルー(Roux)3原則 が知られています。

 

これは「身体(筋肉)の機能は

①適度に使うと発達<活動性肥大の原則>し、

②使わなければ委縮(退化)<不活動性萎縮の原則>し、

③過度に使えば障害<長期にわたる過剰活動による器官の特殊能力減退の原則>をおこす」という3つの原則を束ねる法則として、ルー(Roux)の法則と呼ぶにふさわしいものです。
  

 

意識性の原則をトレーニングに活かすには、目的(ゴール)を明確にしおことが重要になります。

 

何よりもトレーニング計画を生み出すのは意識に他なりません。そして「トレーニング計画の立案」とは、トレーニングの目的を明らかにし、トレーニングの期間および内容(運動強度、運動時間、頻度)を決定するものです。
  

 

まずは目的を意識してそれを明確にします。たとえば、運動のパフォーマンス(重量挙げやジャンプの距離の記録)を高めるには外部(目指す結果)に集中すると結果が良く、筋肉の発達を高める為には内部(自分自身や筋肉の動き)に集中するのが良いようです。

 

次に、意識の方向性を明確にします。たとえば、筋肉量を増やしたいボディビルダーがベンチプレスをする時に胸の筋肉に意識を向けるように指導されます。

 

しかし、同じベンチプレスでも高重量を扱いたい訓練者は筋肉ではなくバーベルのシャフトや動きの軌跡に意識を向けたほうが目標を達成しやすいことになります。

 

さらに、意識の焦点を明確にします。トレーニング効果を最大化するには、パフォーマンスや動き・筋肉それぞれ必要なときに意識の集中を使い分けられることが重要です。

 

水氣道の稽古では、トレーニングの目的別に意識を変えていきます。水氣道の稽古では目的に応じて臨機応変に意識を切り替える方法を習得することになります。その場合、意識の焦点を必要に応じて、内部と外部両方に集中することが自在にできるようになることでパフォーマンスを最大化することができます。

 

 

内部に焦点を当てる方法(量の増大:補陰)

 

一般的なスポーツ理論では、筋肉量の増大が望ましい目標である場合、アスリートは内部に集中すべきであるとしています。

 

水氣道の稽古では、内部集中を促進させるために、筋肉の緊張、体の動き、テクニック、フォームに集中するよう指示することがあります。その理由は、内部集中を高めると、筋肉の発達や動作の学習に効果を高めることができるからです。

 

内部に注意する利点は、通常、筋肉の成長または筋力の増加を目的とするトレーニングプログラムに有効です。

 

水氣道の稽古やスポーツに限らず、高齢者の機能訓練や入院後のリハビリなどでも、ただ動作を伝えるだけでなく意識するべき筋肉や動作のポイントを口頭で伝えることでトレーニングの成果を高められる可能性があります。

 

『強く』とか『パワフルに』などの声かけは、内部的に注意を向けるよう指示する役割を果たします。

 

 

 

外部に焦点を当てる方法(質の向上:補陽)

 

外部に注意を向けたい場合には、外部に焦点を当てる必要があります。具体的には外部(パフォーマンスや結果)に意識を集中させます。重量挙げの記録や他の競技パフォーマンスは、特定の焦点または内部焦点よりも、外部集中を高めることによって精度が向上することがいくつもの研究で示されています。 

 

外部に焦点を当てるための具体的な方法としては、一般的には鏡を設置して自分の動きが確認できるようにしたり、ビデオ録画を行ったりする方法が有効です。しかし、水氣道では、水に身も心も委ねることができるために、鏡などを用いなくても、直接自分の身体感覚を通して、自分の動きを確認することができ、録画によって行為の後に確認するのではなく、動作中にリアルタイムで自分の姿勢や動きを感受することができるという利点があります。

 

水氣道の上級者はまた、下級者の学習を強化するために、フィードバックすべきです。追加で情報提供することによって、フィードバックが強化される場合があります。

 

前回はこちら


Användningen av Modernas vaccin mot covid-19 pausas för alla som är födda 1991 och senare

1991年以降に生まれたすべての人を対象に、モデルナ社のCovid-19ワクチンの使用を中止する


<先週からの続き>


Personer födda 1991 och senare som har fått en dos av Modernas vaccin kommer inte att erbjudas en andra dos covid-19-vaccin i nuläget, diskussioner pågår om den bästa lösningen för den gruppen. Totalt rör det sig om cirka 81 000 personer.

 

1991年以降に生まれ、モデルナワクチンを接種した人には、現時点ではcovid 19ワクチンの2回目の接種は行っていません。これに該当する人びとの総数は約81,000人です。

 

<コメント❼>

この措置によって、心筋炎の発生から免れることができる件数がどの程度であるかは基本データが不足しているために推計することは難しいです。

 

しかし、スウェーデンの総人口は約1,022万人(2018年11月,スウェーデン統計庁)のうちの約81,000人ということは、スウェーデンの総人口のおよそ0.8%、大まかに言えば1%弱にも相当します。乳幼児など接種対象外の人口を勘案すれば、かなりの割合ということになるのではないでしょうか。

 

 

– Den som är vaccinerad nyligen, med sin första eller andra dos av Modernas vaccin, behöver inte känna sig orolig för risken är väldigt liten, men det är bra att känna till vilka symtom man behöver vara vaksam på, säger Anders Tegnell.

 

- 「リスクが非常に低いので心配する必要はありませんが、最近、モデルナワクチンの1回目または2回目の接種を受けた人は、どのような症状に注意すべきかを知っておくとよいでしょう」とAnders Tegnell氏は言います。

 

<コメント❼>

最初「最近、モデルナワクチンの1回目または2回目の接種を受けた人は、リスクが非常に低いので心配する必要はありませんが、」と訳しましたが、これは適切ではありませんでした。

 

 

Både myokardit och perikardit går ofta över av sig självt, utan att ge några bestående besvär, men misstänkta symtom bör bedömas av läkare på exempelvis en vårdcentral eller jourmottagning. Medicinsk behandling och övervakning på sjukhus kan behövas vid konstaterade fall.

 

心筋炎も心膜炎も、多くの場合、持続的な症状を引き起こすことなく、自然に治癒しますが、症状が疑われる場合は、保健所や救急部などで医師の診断を受ける必要があります。確認されたケースでは、医学的治療と病院での監視が必要になるかもしれません。

 

 

<コメント❽>

「心筋炎も心膜炎も、多くの場合、持続的な症状を引き起こすことなく、自然に治癒します」とのことですが、心筋炎も心膜炎も、生命の危機に直接かかわる重大な疾患であることを、まず明確にすべきでしょう。

 

ワクチン接種の直前の過労・睡眠不足ばかりでなく、接種後の重作業やスポーツ活動などが、いかに大きな危険をもたらすか、という警告を示すことが適切であるはずです。

 

 

Symtom på myokardit och/eller perikardit är bland annat:

 

• Trötthet och andfåddhet

 

• Oregelbundna hjärtslag och hjärtklappning

 

• Feber och värk i kroppen

 

• En känsla av tryck eller tyngd över bröstet

 

• Det gör ont att andas djupt

 

• Smärta till vänster eller mitt över bröstet

 

心筋炎や心膜炎の症状には以下のようなものがあります。

 

• 疲労感、息切れ

 

• 不規則な心拍や動悸

 

• 発熱と体の痛み

 

• 胸に圧迫感や重さを感じる

 

• 深く息をすると痛い

 

• 胸の左または中央部の痛み

 

<コメント❾>

さいごの心筋炎や心膜炎の症状リストは、とても有益な情報だと思います。しかし、ワクチン接種の4週以内に限定されず、1カ月以上経過してもこれらの症状が続くことがあります。

 

杉並国際クリニックでは、今後、心身医学的アプローチおよび東西医学の統合的アプローチによって、コロナ感染症後遺症およびワクチン接種による遷延性副反応に対応するための取り組みを強化していきたいと考えています。

 

わが郷土の茨城県は、去年、7年連続だった全国47都道府県中最下位という名誉あるダントツの地位を、惜しくも隣の栃木県に奪われ、42位まで浮き上がってしまいました。

 

今年は幸いなことに、再び名誉ある最下位に返り咲くことができ、私を含めて少なからざる茨城人は、外部評価を意に介そうともせず、あるがままの自然体を好むためか、妙に納得してしまうのが不思議です。

 

一方、栃木人は名誉挽回に余念がなく、栃木県のランクを41位に上げたという結果が報われとても安堵している模様です。

 

さて、少なくとも茨城県は10年近く、全国47都道府県の中で最下位を維持するという快挙を成し遂げてきたわけですが、これだけの期間、評価が安定している調査結果には少なからざる意味が見出せそうです。

 

昨年、茨城県は一過性に最下位ランクを5つ上げたかと思うと、今年は再び5つ下げて元に戻り、また栃木県では、努力が報われてか、たった一年でランクを6つ上げています。

 

今回、最も「順位が上がった」千葉県は、去年の21位から9つ上がって、今年は12位にランクインしました。どうして急上昇したのかについて、千葉県観光企画課の担当者は「コロナ禍だから近場で遊べる場所として、千葉を選ぶ関東圏の人が多いのではないか」と答えています。                     

 

この事例からは、このランキングは、評価者の意識が短期間で変動しうるものでもあることを示しているとも言えそうです。

 

 

「都道府県の魅力度ランキング」とは、誰が主宰しているのでしょうか?

「株式会社ブランド総合研究所」という民間の調査会社です。

 

 

調査方法は?

独自の「地域ブランド調査」に基づき、都道府県のブランド力を評価した指標を魅力度としてランキングしたものです。毎年、インターネットで行っています。

 

 

調査対象者とその人数は?

全国の20代から70代の男女で、今年は3万5000人余りから回答があったそうです。

 

 

調査内容と項目は?
ことしは都道府県ごとの魅力度や認知度など89の項目で調査を行いたようです。

全国約3万人がそれぞれの地域に対して魅力度、認知度、情報接触度、各地域のイメージ、情報接触コンテンツ、観光意欲度、居住意欲度、産品の購入意欲度、地域資源の評価などを質問し、各地域の現状を多角的に評価分析しています。その中で、個々の都道府県について「魅力的だ」と肯定回答した人の比率についてのランキングが、都道府県魅力度ランキングです。

 

 

沿革は?

地域ブランド調査は2006年から実施され、当初は市町村だけが対象でしたが、2009年の調査からは都道府県も対象となりました。
 

 

次回は、こうした情報を下敷きにして、全国魅力度最下位の茨城とはどのような県なのかを探ってみたいと思います。

 

前回はこちら

 

 

 Ce qui est plus original dans notre ville est la difficulté qu‘on peut y trouver à mourir. Difficulté, d’ailleurs, n’est pas le bon mot et il serait plus juste de parler d’inconfort. Ce n’est jamais agréable d’être malade, mais il y a des villes et des pays qui vous soutiennent dans la maladie, où l’on peut, en quelque sorte, se laisser aller. Un malade à besoin de douceur, il aime à s‘appuyer sur quelque chose, c’est bien naturel. Mais à Oran, les excès du climat, l’importance des affaires qu’on y traite, l’insignifiance du décor, la rapidité du erépuscule et la qualité des plaisirs, tout demande la bonne santé. Un malade s’y trouve bien seul. Qu’on pense alors à celui qui va mourir, pris au piège derrière des centaines de murs crépitants de chaleur, pendant qu’à la même minute, toute une population, au téléphone ou dans les cafés, parle de traits, de connaissements et d’inconfortable dans la mort, même moderne, lorsqu’elle servient ainsi dans un lieu sec.


この街独特なのは、死ぬことの難しさだと思う。ちなみに困難(la difficulté)という言葉は適切ではなく、不快(inconfort)と言った方が当を得ているだろう。病気になるのは決して楽しいことではないが、病気になっても支援してくれる市町村や国があるので、ある意味、自分を解放することができる。病人には穏やかさが必要で、何かに委ねているのが好きなのだ。しかしオランでは、極端な気候、そこで行われるビジネスの重要性、陳腐な景観、夕暮れの早さ、楽しみの質、すべてが健康であることを要求する。病人は、とても孤独だ。その一方で、電話やカフェでは、乾燥した土地柄で起こる死、それも現代的な死の特徴や慣習、不快感について話す人々がいる。

 

 

 

Ces quelques indications donnent peut-être une idée suffisante de notre cité.
Au demeurant, on ne doit rien exagérer. Ce qu’il fallait souligner, c’est l’aspect banal de la ville et de la vie. Mais on passe ses journées sans difficultés aussitôt qu’on a des habitudes. Du moment que notre ville favorise justement les habitudes, on peut dire que tout est pour le mieux. Sous cet angle, sans doute, la vie n’est pas très passionnante. Du moins, on ne connaît pas chez nous le désordre. Et notre population franche, sympathique et active, a toujours provoqué chez le voyageurs une estime raisonnable. Cette cité sans pittoresque, sans végétation et sans âme finit par sembler reposante, on s‘y endor enfin. Mais il est juste d’ajouter qu’elle s’est greffée sur un paysage sans égal, au milieu d’un plateau nu, entouré de collines lumineuses, devant une baie au dessin parfait. On peut seulement regretter qu’elle se soit construite en tournant le dos a cette baie et que, partant, il soit impossible d’apercevoir la mer qu’il faut toujours aller chercher.

 

これらのいくつかの指標は、私たちの都市を十分に理解させてくれることだろう。いずれにしても、何事も大げさに考えてはいけない。強調すべきなのは、都市やそこでの生活のありふれた側面だ。しかし、ひとたび日常茶飯事となってしまえば、何の問題もなく毎日を過ごすことができる。この街での習慣化が進んでいけば、すべてがうまくいく。この観点から見ると、人生とはあまり刺激的ではないものかもしれない。少なくとも、私たちには障りがない。また、開放的で友好的で活動的な国民性は、常に旅行者から相応の評価を受けている。この街には絵もなく、草木もなく、魂もないが、最後にはそこで安らかな眠りにつくことができる。しかし、それは、完璧に設計された湾を前にして、光り輝く丘に囲まれた剥き出しの高原の真ん中にあるという比類なき風景に接ぎ木されていることを付け加えてもいいだろう。街はこの湾を背にして建てられたために、私たちが常に探し求めなければならない海を見ることができないのは残念でならない。


・・・・・・・・・・・・・・・・
 

私にも日本のある風景に対して「接ぎ木された(s’est greffée sur)」という表現に似た感覚を覚えた経験があります。それは、形的には連続しているが、自然な、有機的繋がりではない、互いに無関係な、あるいは対照的な領域どうしが人工的に繋がっているようなグロテスクな風景との遭遇によるものでした。
 

日本の殆んどの都市の構造や周囲の光景は、たとえそれが近代化によって大きく変貌を遂げたとしても、歴史の盛衰に委ねてゆっくりと変化しながら形成されてきました。そのためか、街の遥か郊外から、街はずれ、そこからまた街の繁華街や中枢部に向かって進んでいくと、自然に、ほぼ連続的になだらかに街や周囲の景観が変化していきます。そうした光景は、多くの人々にとっても当たり前になっていて何の疑問も浮かんでこないのではないかと思います。

 

そうした日常の感覚が当然であるかのように慣れてしまい、疑問すら抱くことのなかった私に大きな違和感を与えた光景があります。それは国家計画によって大規模な予算を投入されて開拓されつつあった筑波研究学園都市です。開発以前は、古代からの常陸の国の象徴とも言うべき筑波山を背景とする、直線距離では東京のほど近くに位置するが、どちらかといえば交通の不便な辺鄙な田舎でした。

 

それまで通りの、平凡で、日常的で、何の変哲もない田舎の国道を、今は亡き自動車好きの父が運転する車の助手席から前方を注視していると、何の前触れもなく、突如、近代都市が出現してきたのでした。その姿は、慣れ親しんできた穏やかで優しい日本の風景とは全く異なり、米国の都市を想起させるものでした。違和感のある風景でした。そこからは無機的で威圧的な、とうてい馴染めそうにない空間が広がっていました。

 

田園の憂鬱のイメージとは違った人工都市の得体のしれぬ憂鬱を想わせるものでした。当時の私はこの人工都市での生活を余儀なくされたとしたら、自分がどのような精神的悪影響を被ることになるだろうか、と想いを巡らさざるを得なかったことを覚えています。

 

 本日は、福島の双葉にある処理施設に出張する日です。福島の復興は日本の復興、隣県の茨城県出身の医師としてささやかながら貢献を続けたいと願っているしだいです。今年は、東日本大震災(2011)からちょうど10年目に当たります。改めて振り返ってみますと、私はこの年に声楽コンクールに入賞していたのでした。

 

第3回東京国際声楽コンクール(2011)入賞(5位、男声1位)の入賞者の副賞として、翌年ガラコンサート(オーケストラ付)出演、ウィーン国立音楽大学研修(2週間)で、クラウディア・ヴィスカ教授から連日のレッスンを受けたのが翌年の2012年だったと記憶しています。

 

オフィシャルサイトで確認したところ、このコンクールは第12回(2020)で終了し、あらたに「国際声楽コンクール東京」が発足したとのことです。

 

そのときの予選通過記念品のデジタル時計(現在も診察室の机の上で活躍中です)、准本選入選記念のメダル、そして本選入賞の盾を御披露いたします。

1634867424470

 

声楽愛好者部門での入賞ですが、1位から4位まですべて専門の音楽教育を受けた女性で占められ、辛うじて5位に滑りこんだ男性である私が音大出でない素人ということで、当時、若干の注目を浴びたことを記憶しています。

 

早いもので、それから9年が経ちました。ヴィスカ先生とのご縁により、近年では毎年欧州で開催される医学会に合わせて3月になるとウィーンで個人レッスンを受けさせていただいておりました。それが、生憎、新型コロナパンデミックのため、昨年と今年は欧州行を断念、今後もしばらくは渡欧困難となり、ヴィスカ先生のレッスンを受けることも叶わなくなっていました。

 

半ば、そのように諦めかけていたのですが、幸にそのヴィスカ先生の個人レッスンをお茶の水で受けることができました。

 

それが先週の土曜日、15日の午後6時過ぎからの1時間でした。遠隔レッスンでしたが、レッスン用ホールには、大きなスクリーンが用意されており、手配していただいた専属のピアニストの伴奏の協力によって、リアルなレッスンを受けることができました。スクリーンには懐かしいヴィスカ先生と日独通訳の女性が大きく映し出され、まじかに会っているよりインパクトがあるくらいでした。

 

毎週金曜日の夜に、杉並区和田の<めいた音楽院>でお世話になっているピアニストのKさんに伴奏を御願いしたのですが、突然の依頼であったため、先約がありアポイントが取れませんでした。そこで、主催のお茶の水のスクール(And Vision)に手配していただきました。

 

ヴィスカ先生はウィーン在住であるためドイツ語話者ですが、米国人であるため、通訳なしで英語でレッスンを受けることも可能です。そこで、通訳は不要である旨を主催側に伝えたのですが、会場や遠隔での聴講生の便宜のため、通訳が必要とのことでした。

 

米国人の先生と日本人の生徒がイタリア歌曲を歌い、日本人のドイツ語通訳者を介してコミュニケーションするという、いま思えばちょっと不思議な環境が誕生したのでありました。

 

私が選曲したのは以下の3曲でした。すべて暗譜できている曲であったため、良い姿勢で歌うことができたように思います。

 

 

#1.Caro mio ben(愛しい人よ)/G.Giordani

 

#2.Spirate,pur spirate(どうか、吹いておくれ)/S.Donaudy

 

#3.Nostalgia(郷愁)/P.Cimara

 

 

 

『カロ・ミオ・ベン(イタリア語: Caro mio ben 愛しい人よ)は、イタリアの作曲家トンマーゾ・ジョルダーニがイギリスで出版した曲。男性の恋心を歌った曲なのでルチアーノ・パヴァロッティをはじめ多くの有名な男性歌手よって歌われています。また女性が歌っても美しい曲であり、これまた多くの女性歌手に歌われています。
イタリア語の歌詞の内容は、愛する女性に自分の想いを伝えるちょっと切ない物語です。

 

 

「カロ・ミオ・ベン」の作曲者トンマーゾ・ジョルダーニ(Tommaso Giordani/1730-1806)はイタリアのナポリ出身で、生涯のほとんどをイギリスで過ごしました。

 

この曲はイタリア歌曲の中でも大変有名なアリエッタですが、作詞者は不明です。

 

近年までこの曲の作曲者は同じくナポリ出身の作曲家ジュゼッペ・ジョルダーニ(Giuseppe Giordani/1751-1798)であるとされてきましたが、1890年にイタリアのリコルディ社から出版された楽譜に、ジュゼッペ・ジョルダーニが作曲者がであると記載され、そのまま世界中に広がってしまったことが原因だそうです。

 

私が愛用している楽譜も、リコルディ版によるものなので作曲者はG. Giordaniと表記されています。またコンサートのプログラムでも相変わらずG. Giordaniと記載されるのが普通です。

 

 


原語(イタリア語)歌詞に日本語訳(訳:飯嶋正広)を添えました。

 

Caro mio ben      愛しい女よ 

 

Credimi almen     せめて僕を信じて

 

Senza di te       きみ無しでは

 

Languisce il cor     心が折れてしまう

 

 

 

Caro mio ben      愛しい女よ 

 

Senza di te       きみ無しでは

 

Languisce il cor    心が折れてしまうよ

 

Il tuo fedel      きみに忠実な男は 

 

Sospiro ognor     いつもため息ばかり 

 

Cessa crudel      つれなくしないで

 

Tanto rigor       あまりにも酷だ

 

Cessa crudel      つれなくしなくしないで

 

Tanto rigor       あまりに酷だ

 

Tanto rigor       あまりにも酷だよ

 

 

 

Caro mio ben     愛しい女よ 

 

Credimi almen    せめて僕を信じて

 

Senza di te      きみ無しでは

 

Languisce il cor    心が折れてしまう

 

 

 

Caro mio ben      愛しい女よ

 

Credimi almen     せめて僕を信じて

 

Senza di te      きみ無しでは

 

Languisce il cor    心が折れてしまうよ

 


それでは、いまから、福島へ行ってまいります。

 

 

 

前回はこちら



複雑性PTSDとは、感情などの調整困難を伴う心的外傷後ストレス障害(PTSD)です。組織的暴力、家庭内殴打や児童虐待など長期反復的なトラウマ体験の後にしばしば見られるとされます。

 

Q3.

複雑性PTSDの方のために、「周囲が肯定的に対応し、成り行きを優しく見守っていていけば、速やかに回復する」というのは本当ですか?

 

A3.

どなたの御意見かは存じ上げませんが、残念ながら、回復までには、かなりの時間が掛かるものと見込まれます。

 

外傷的解離により自我から分離した体験は、自我の認知処理能力を超えた情報であり、象徴化されない原情報のまま保存されます。自我は分離し、複数の自己状態が作り出され個々に組織化されます。そして、やがて互いに異なった思考、記憶、感情、行動を持ち、それぞれ別々に麻痺と侵入の機能により意識に上るようになります。

 

その際、それらの分離した自己状態は侵入的印象、暴力的再演、極度の悪夢、不安反応、心気的症状、極限的身体感覚等を与えることになって、まるで悪魔に憑りつかれているかのような自己の存在を示します。

 

その状況は心理的外傷を生み出す圧倒的状況が過ぎた後も保持され、自己の本来的な感情、記憶、危機意識を麻痺させ現実検討能力の全般的低下をもたらします。

また、解離の働きが不完全な場合、保障行為としての解離的適応行動としての一時的防衛の一つとして嗜癖行動等をきたします。

 

さらに解離の働きが不完全となりそれらの防衛が突破されると、性的強迫観念に基づく不特定多数との性行為など危険な行動を起こすことがあります。

 

私自身も、かつてこのような状態になった既婚の女性の患者さんの紹介を受け、及ばずながら対応した経験があります。

しかし、一人の医師のみでは、とうてい手におえる状態ではないことを思い知りました。配偶者の方が、愛情に満ちていて、特別に寛容な方であり続けない限り、婚姻関係の継続は難しいのではないか、というケースでした。

 

前回はこちら

 


今回の記事は高齢者や心身虚弱者、あるいは慢性的な基礎疾患を抱えている方など、運動量を最小限に抑えつつ、最大限の成果を得たいと願う皆様を想定して準備しました。

 

その他にも、トレーニングで求める結果を出したい方、より小さな運動量で効率よく成果を挙げたい方、さらにはトレーニング指導で意識の面からアドバイスをしたい方(水氣道では、ファシリテータ、インストラクタ、トレーナーなどの方)にも読んでおいていただきたいと思います。
 

 

日常的な、身近な習慣を変えるだけで心身の状態をコントロールすることができます。

 

無意識的で不健康な習慣を意識的に健康的な習慣に置き換えていくのが水氣道です。

 

心身医学の専門医としては、身体の状態が脳や心の状態に関わっていることや、逆に意識が身体に与える作用について探求することは中心的な課題です。また、同様の関心をもつ心理学には身体心理学という分野があるようです。

 

心や精神と身体の繋がりは今改めて注目されています。生理学のおける古典的な基本法則として、ルー(Roux)3原則 が知られています。

 

「身体(筋肉)の機能は適度に使うと発達し、使わなければ委縮(退化)し、過度に使えば障害をおこす」という法則です。

 

ここで、身体機能の使い方は、意識によって調節されることに注目したいと思います。身体作りをする上でトレーニング、食事、休養は「ルーの三原則」の三大要素にとなっています。ルーの三原則は、現代のスポーツのトレーニングに用いられている「トレーニングの三大原理」にそのまま対応しています。

 

 

 

意識性の原則

 

意識性の原則とは、トレーニングの効果を高める理論上の五原則の一つです。

どのような意識でトレーニングに臨むべきかを示すものです。

 

具体的にはトレーニングの目的、方法、効果などについてよく理解し、常に目的意識と向上心を持って積極的にトレーニングに取り組むこと、そうした意識の持ち方によって高いトレーニング効果を期待できるという原則です。

 

そのため「積極性の原則」と呼ぶことも可能かもしれません。それは、行おうとしている練習やトレーニングの目的はなにかを意識することです。たとえば、どこの部位を鍛えているのか意識しながら行うとトレーニング効果がアップします。
 

意識性の原則に基づき、目的を明確にしてトレーニングを行うことの意義は、多くのトレーニング指導者の共通理解であると思います。

この場合の「意識性」とは、トレーニングの内容、意味、ターゲットの部位や理想のイメージ像を持つことを意味します。また「原則」とは、トレーニングの 効率、効果を高めるための条件という意味でもあります。

 

 

実際に運動をする際、動かしている筋肉や目的に意識を集中すると、パフォーマンスや成果が変化していきます。

 

『意識性の原則』に関わる研究は多く、たくさんの学術論文があります。次回は、そのような研究の中から、水氣道の稽古で実際に応用しているものを紹介したいと思います。

 

前回はこちら

 

 

Användningen av Modernas vaccin mot covid-19 pausas för alla som är födda 1991 och senare

 

1991年以降に生まれたすべての人を対象に、モデルナ社のCovid-19ワクチンの使用を中止する

 


<先週からの続き>

 

Data pekar mot en ökad förekomst också i samband med vaccination mot covid-19, främst hos ungdomar och unga vuxna och främst hos pojkar och män. För den enskilda individen är risken att drabbas väldigt liten, det är en mycket sällsynt biverkan.

 

データによると、主に青年と若年成人、そしてほとんどが少年と男性で、covid-19ワクチンの接種に伴う発生率の増加も指摘されています。本人にとっては、影響を受けるリスクは非常に低く、非常に稀な副作用です。

 

 

<コメント❸>

この段落では、前段落とは対照的に、副反応が発生するのは、ほとんどが少年と男性である、と限定付けを行い、絞り込みを示したうえで、最後に「本人にとっては、影響を受けるリスクは非常に低く、非常に稀な副作用です。」と締めくくるという表現レトリックを採用しています。

 

しかし、これはとても不思議な論理です。読み手本人が、少年や男性に該当しない、という前提でのメッセージになっています。読み手が少年もしくは男性に該当するならば、前段落までのデータを踏まえるならば、「影響を受けるリスクは非常に低く、非常に稀な副作用です。」という結論には至らないはずです。

 

 

Nya preliminära analyser från svenska och nordiska datakällor pekar mot att sambandet framförallt är tydligt när det gäller Modernas vaccin Spikevax, i synnerhet efter den andra dosen. Riskökningen ses inom fyra veckor efter vaccinationstillfället, främst inom de två första veckorna.

 

スウェーデンと北欧のデータソースから得られた新たな予備的分析によると、モデルナ社のSpikevaxワクチンでは、特に2回目の接種後にその関係が明らかになっています。リスクの増加は、ワクチン接種後4週間以内、主に最初の2週間以内に見られます。

 

<コメント❹>

この段落は、とても示唆に富んだ内容が示されています。信頼に足るデータ分析の結果、ワクチン接種による「リスクの増加」は直後に限定されるのではなく、「主に最初の2週間以内」ですが、「ワクチン接種後4週間以内」であってもみられるということです。

 

ワクチン接種による副反応や死亡例について、従来のように「直接の因果関係は証明できない」との見解のみで事足れり、とすることは甚だ誠意に欠ける無責任な態度だということを示す情報だと思います。

 

 

 

Folkhälsomyndigheten har beslutat att rekommendera paus för all användning av Spikevax till personer födda 1991 och senare. Till dessa åldersgrupper rekommenderas i stället vaccinet Comirnaty från Pfizer/Biontech. Beslutet gäller fram till den 1 december 2021. Folkhälsomyndigheten återkommer med besked om rekommendation efter detta datum.

 

公衆衛生局は、1991年以降に生まれた人を対象に、スパイクバックスのすべての使用を中断するよう勧告することを決定しました。これらの年齢層には、代わりにファイザー/ビオンテック社のワクチンである「コミナティ」が推奨されています。この決定は2021年12月1日まで有効で、それ以降は公衆衛生局からさらなる情報が提供されます。

 

<コメント❺>

スウェーデンの公衆衛生局の勧告は、12月1日までという時限的なものです。ここで注意すべきなのは、12月1日以降は、<この勧告が解除される可能性がある>ということを示唆するものであると単純に解釈すべきではないということです。

 

常に最悪の事態を考える立場であるならば、12月1日以降は、<モデルナ社のスパイクバックスの中断継続のみならず、ファイザー/ビオンテック社のコミナティ推奨も取りやめる>という新たな勧告もありうるということを想起できなくてはならない、ということだと思います。

 

 

– Vi följer läget noga och agerar snabbt för att vaccinationerna mot covid-19 hela tiden ska vara så säkra som möjligt och samtidigt ge effektivt skydd mot covid-19, säger Anders Tegnell, avdelningschef och statsepidemiolog på Folkhälsomyndigheten.

 

- 公衆衛生局の部長兼国家疫学の専門家であるAnders Tegnell氏は、「我々は状況を注意深く監視し、covid-19に対する予防接種が常に可能な限り安全であり、同時にcovid-19に対する効果的な保護を提供するために迅速に行動している。」と述べています。

 

<コメント❻>

Anders Tegnell氏の発言通りであることを祈ります。

 

前回はこちら

 


<多段階人生のために重要な無形資産とは?>

 

*リンダ・グラットン(ロンドン・ビジネススクール教授、人材論、組織論の世界的権威)

<リンダ・グラットンは、マルチステージの人生では、生涯学習、健康的な高齢化、良好な人間関係など、無形の資産が重要であると唱えている>

 

・And in terms of intangible assets, there are three that are very important. One of them is your health. One of them is your sort of learning and knowledge. And then the third is your social relationships.

 

そして、無形の資産に関しては大変重要なものが3つあります。一つは健康、もう一つは学習や知識です。そして3つ目は社会との関わりです。

 

 

・The assets are really about the amount of time you spend on things. I mean, it’s really about time allocation, fundamentally.

 

資産というものは実は、それにどのぐらいの時間をかけるかです。要するに基本的には時間配分が重要になってきます。

 

 

 

・It’s just that you have to be aware that, if you devote every moment of your day, to making money and to working, you are depleting your other assets. And if you deplete them too much over time, you’ll find it difficult to build them.

 

ただ、気をつけなければならないのは、1日の全ての時間をお金を稼ぐことや働くことに捧げていると、他の資産が枯渇してしまうということです。そして、時間をかけて枯渇したものは再構築が難しくなります。

 

 

<嘱託産業医からのコメント>

無形資産は時間(限られた寿命の有限の一部)という資源を消費して得られる、
消費が投資、浪費になるかどうか・・・