アルベール・カミュ作 『ペスト』を読むNo40

 

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作家カミュの、というよりもいわゆる物語る人の綿密な観察と深い洞察に基づく市民観が、さらに明らかにされていきます。

 

Nos concitoyens n’étaient pas plus coupables que d’autres, ils oubliaient d’être modestes, voilà tout, et ils pensaient que tout était encore possible pour eux, ce qui supposait que tout était encore possible pour eux, ce qui supposait que les fléaux étaient impossibles. Ils continuaient de faire des affaires, ils préparaient des voyages et ils avaient des opinions. Comment auraient-ils pensé à la peste qui supprime l’avenir, les déplacements et les discussions? Ils se croyaient libres et personne ne sera jamais libre tant qu’il y aura des fléaux.

 

わが市民が、他の市民以上に不心得だったわけではない(註10)。彼らは謙虚な姿勢を忘れていた、ただそれだけのことである。そして、自分たちには、すべてはまだまだ自在なのだと考えていた。つまり、天災などに襲われようもないと決め込んでいたのであった(註11)。彼らは相変わらず商売に余念がなく、旅行の支度を整え、自分たちなりの思惑があったのだ(註12)。未来と移動と議論とを禁制にしてしまうペストのことなど、どうして考えられたであろうか?彼らは自分たちが自由であるものと信じていた。ところが、天災が襲ってくる限り、人間は誰一人として自由の身などにはなれないのである(註13)。

 

 

(註10)

わが市民が、よその市民に増してけしからぬ者たちだったというわけではない。
Nos concitoyens n’étaient pas plus coupables que d’autres,

 

「人並み以上に」(宮崎訳、三野訳)と訳して問題はありませんが、autres(他の人々)はnos concitoyens(わが市民たち) に対するautres concitoyens(よそ の市民たち)であると考えて、若干のこだわりを反映させました。
 

「わが市民たちも人並み以上に不心得だったわけではなく、」

(宮崎訳)


「わが市民たちも人並み以上にとがむべきだったわけではない。」

(三野訳)

 

「わがオラン市民も、ほかの人々以上に罪深かったわけではないが、」

(中条訳)

 

 

(註11)

天災などに襲われようもないと決め込んでいたのであった。

ce qui supposait que les fléaux étaient impossibles.

 

supposait(原型:supposer) que~の解釈は、中条訳より、三野訳、三野訳より宮崎訳を評価したいと考えます。それは、オランの市民たちが中立かつ公正な立場で論理的なプロセスを経た思考や裏付けとなる情報をもとに物事を明解に判断しているのではないからです。彼らは自分たちにとって都合のよい結論に飛びついているに過ぎません。つまり、彼らはご都合主義であり、それが人間中心主義の本質であるかのような示唆が与えられているように思われます。
 

「天災は起こりえないと見なすことであった。」

(宮崎訳)

 

「災禍など起こるはずがないということが前提だった。」

(三野訳)


「天災などあるはずがないと思っていた。」

(中条訳)

 

 

(註12)

彼らは相変わらず商売に余念がなく、旅行の支度を整え、そして自分たちなりの思惑があったのだ。

Ils continuaient de faire des affaires, ils préparaient des voyages et ils avaient des opinions.
    

ここで、des opinionsを「意見」(宮崎、中条)と解したり、ましてや「主義主張」(三野)とまで解したりすることに異議を述べたいと思います。なぜかというと、これらの理解は英語のopinionの語感の影響を受け過ぎているように感じられるからです。

たしかにフランス語のopinionにも(集団の一般的な)意見という意味もありますが、ここでは「意識」という意味の範囲にとどめておくことが自然であるように思われます。

つまり、オランの市民たちは人間中心主義(世俗主義:ご都合主義)という「意識」に漠然と支配されていることを表現しているのではないか、というのが私の解釈です。また、そのように解釈することによって、「(オランの)市民が、よその市民に増してけしからぬ者たちだったというわけではない。」
という語り手の見解との整合性が見出されるからです。

 

「彼らは取り引きを行うことを続け、旅行の準備をしたり、意見をいだいたりしていた。」

(宮崎訳)

 

「彼らは商取引を続け、旅行の準備をととのえ、自分たちの主義主張を抱いていた。」

(三野訳)


「彼らは相変わらず商売に精を出し、旅行の支度をし、自分の意見を主張していた。」

(中条訳)

 

 

(註13)

天災が襲ってくる限り、人間は誰一人として自由の身などにはなれないのである。

personne ne sera jamais libre tant qu’il y aura des fléaux.

 

市民たちが人間中心主義(世俗主義:ご都合主義)の「意識」に支配されている限り、「天災は起こらないはずだ」という結論に至るのは何と容易なことでしょうか。

しかし、そのような意識を抱きがちなのが、人間中心主義(世俗主義:ご都合主義)であるともいえそうです。安直に当面の安心感を得ることを求めたがるこのような「意識」は、反面、安全性が犠牲になりがちであることへの気づきを阻むことになります。

つまり、安心をむさぼり思うがままに暮らし続けたい、という「願望」と、安全を確保しなければ安心は確保できない、という「思考」とは、相容れない関係にある、ということになります。すなわち、安心と安全とは多くの人々が漠然と意識しているような一枚岩ではない、ということが言えるかもしれません。

 

多くの人々が人間中心主義という「意識」に支配されることは自らを奴隷状態に墜とすことに等しい、ということに気が付かないでいる限り、自然災害(天災)の発生がなくならない現実にも増して、誰一人として決して自由の身にはなれない、という帰結になるのではないでしょうか。
   

「天災というものがあるかぎり、何びとも決して自由ではありえないのである。」

(宮崎訳)

 

「だれもけっして自由ではないのだ、災禍というものがある限り。」

(三野訳)


「天災があるかぎり、人間はけっして自由になどなれはしないのだ。」

(中条訳)