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外国語小説の翻訳にあたって、人名をどのように音訳するか、諸氏はどのように翻訳しているかも気になるところです。興味深いことに主人公のRieuxについては、三者三様です。

リウー(宮崎)、リユー(三野)、リュー(中条)、そこで私は、自分が最も気に入った音訳として、これからはリゥに決定することにしました。

 

フランス語の小説は代名詞を重宝していますが、人間関係を明確にするためには、より具体的な名詞で訳すことも必要だと思います。

 

とりわけ、今回のシーンの登場人物は、男性のみで3人以上が登場するので、混同しないように訳す必要もあるように感じられます。

 

カミュの小説には、登場人物の内面的な心理を、観察可能な具体的で写実的な動作を通して表現している箇所が見出されます。ですから、登場人物の会話だけでなく動作の意味するメッセージを丁寧に読み取らなければ退屈な小説であると誤解されかねないと思います。

 

なお、登場人物の発言内容も文字通りに受け止めておけばよいという代物ではなく、背景や状況を十分に弁えた上で、より深い意味や裏の意味を味わっていくことが求められているかのように感じ始めているところです。

 

 

― C’ est la police, hein?
— Oui, dit Rieux, et ne vous agitez pas. Deux ou trois formalités et vous aurez la paix.

Mais Cottard répondit que cela ne servait à rien et qu’il n’aiment pas la police. Rieux marqua de l’impatience.

 

「警察ですか、ねえ?」

- 「そうです。だけど慌てることはないですよ。型通りの手続きの二、三済ませれば、すっかり放免されます。」とリゥ医師は言うのであった。
しかし、コッタールは、そんなことをしても何の役にも立たないし、自分は警察が好きではないのだと答えた。リゥはいらだちを隠さなかった(註1)。

 

(註1)(リゥは)いらだちを隠さなかった

Rieux marqua de l’impatience

 

「リウーは、いらだった素振りを示した」(宮崎訳) 

 

「リユーはいらだちを示した。」(三野訳)

 

「リューは苛立った様子を見せた。」(中条訳)

 

この部分の訳し方は、翻訳者がリゥのキャラクターをどのように受け止めているか、また著者のカミュがリゥをどのように紹介しようとしているか、誰の視点からの描写なのかの解釈によって微妙に違いが表れてくるのではないでしょうか。

 

リゥがコッタールに苛立ちを感じていることには異論はないが、その苛立ちを敢えてコッタールに示そうとしたものか、あるいは陰性感情が表出を意図的に表出する意図ではないが、強制的に抑え込むことまではしないというスタンスなのか、私は後者の方であると考えて訳しました。

 

 

― Je ne l’adore pas non plus. Il s’agit de répondre vite et correctement à leurs questions, pour en finir une bonne fois.

Cottard se tut et le docteur retourna vers la porte. Mais le petit homme l’appelait déjà et lui prit les mains quand il fut près du lit:

 

「私だって警察が好きなわけではありません。ただ彼らの質問には手短に明確に答え、それで一度きりで片づけてしまうことです。(註2)。」

コッタールは黙り込み、リゥ医師はドアに向けて引き返した。しかし、この小柄なコッタールはいち早くも彼を呼び留め、彼がベッドに近づくとその両手をつかんで言った(註3)。

 

 

(註2)それで一度きりで片づけてしまうことです

pour en finir une bonne fois

 

「これっきりもうおしまいにするように」(宮崎訳) 

 

「一度で済ませたければ」(三野訳)

 

「これっきりで終わりになるように」(中条訳)

 

Pour une bonne foisというのは、ロワイヤル仏和辞典では、(古)い表現で、「これを最後に」という訳文が添えられています。

この慣用表現にen finirが挿入されているのですが、en(中性名詞:前節の内容を受ける)+finir(済ませる、決着をつける)の例文としては、Il veut en finir avec elle.(彼は彼女と手を切りたがっている.)などがありますそこで、やっかいなことを片付けてしまうニュアンスを活かした訳としました。

 


(註3)しかし、この小男のコッタールはいち早くも彼を呼び留め、彼がベッドに近づくとその両手をつかんでこう言った

Mais le petit homme l’appelait déjà et lui prit les mains quand il fut près du lit:
    

この一文には、翻訳上の課題が山積しています。それは三氏の訳文の比較においても明らかです。
 

「しかし、この小柄な男コタールはそれより早く彼を呼びとめ、そして寝台のそばへ来ると、その両手をとった。」(宮崎訳) 

 

「しかし、小柄なその男はすでに彼を呼んでいて、医師がベッドに近づくと、男は相手の両手を取って言った。」(三野訳)

 

「だが、小柄なコタールはすぐにリューを呼び、リューがベッドのそばまで来ると、その手を掴んだ。」(中条訳)

 

ポイントの第一は、人物を表す代名詞の処理です。直訳すれば、<その小さな男>ですが、代名詞を多用しない日本語の習慣としては不自然な感じがします。そこで<小柄なその男>⇒<小柄なコタール>⇒<小柄な男コタール>の順でより丁寧な訳となるわけですが、小柄な男とは、端的に言えば小男ということになります。

 

ポイントの第二は、コッタールの動作に表現された彼の心理をどのように理解するかということです。

その際には、Les mainsは複数形なので、片手ではなく両手に他なりません。宮崎訳や三野訳は<両手>であるのに対して、中条訳は<その手>と訳しているのは残念です。リゥ医師に対するコッタールの心理を読み解く上での重要な所作の表現なのですが、片手を掴むのと、両手を取るのでは、天地程の開きがあるように感じられます。

 

ポイントの第三は、コッタールの一連の動作の流れやタイミングです。

déjàという一見シンプルな単語は、仏文和訳的には三野訳のように「すでに」と訳されるのですがふつうです。

しかし、この単語にも動作主たるコッタールの内面が表出されているので、「それより早く」(宮崎訳)、「すぐに」(中条訳)と様々に工夫を凝らして訳されているのは納得がいき、評価に値します。

 

ポイントの第四は、文末の「:」(deux points)の処理です。

フランス語のドゥポワンは接続的な働きをします。すなわちドゥポワンの前後の節(または語句)が意味上結ばれていることを示します。

ここでは、直後にコッタールのリゥ医師に対しての問いかけの言葉が続きます。そこで、「両手を取った」で訳し終えてしまうのではなく、「男は相手の両手を取って言った。」(三野訳)と丁寧に反映させて訳出するのが良いと考えます

 

 

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聖楽院主宰 テノール 

飯嶋正広

 

 

第5回レッスン(5月10日)から第8回レッスン(5月31日)まで

 

5月10日(第5回)のレッスンは、いずれもチャイコフスキーの歌曲

 

#1.<Oтчего?...(何故?)

 慣れないロシア語の発音に伴う活舌の悪さが次第に修正され、表現をのせてレガートに歌えるようになってきました。一応の基礎ができたため、毎週の稽古はいったん終結。今後は、演奏の機会などの必要に応じて、その際におさらいすることになります。

 

 

#2.<Cредь шумного бала.(騒がしい舞踏会の中で...)

ロシア語のアクセントと拍節感がそのまま楽曲になっているように感じられてきました。まだわずかですが、馴染みになってきたロシア語がちらほら見出され、その語感と意味、イメージが音楽と結びついていくようになることを目指したいところです。

 

 

#3.<Cеренада дон-жуана(ドン・ファンのセレナード)

この曲は、大局であり、私にとってはオペラ・アリアに匹敵するといっても過言ではありません。しかしながら、芸術歌曲であるため、丁寧にレガートに歌わなければならない作品です。焦らずコツコツ、じっくりと鍛錬していくしかありません。

5月17日(第6回)から3回連続で同じ稽古プログラムで進んでいます。

 

<Oтчего?...(何故?)>は上がりになったので、発声練習が済んだら、歌曲は2曲、残りの時間でアリア、という稽古内容が続いています。

 

 

#1.歌曲<Cредь шумного бала.(騒がしい舞踏会の中で...)

 

全体を5部に分け、1部ごとに場面を構築していくイメージで稽古をしています。それぞれの場面の歌詞のキーワードを大切に扱い、心身に馴染んできたら、その単語を含んだフレーズ全体を構築する、とう方向性で試みています。

 

 

#2.歌曲<Cеренада дон-жуана(ドン・ファンのセレナード)

 

岸本先生も仰っていましたが、チャイコフスキーの歌曲の中では特異なキャラクターをもつ大曲です。もちろんロシア語の歌曲ですが、「セビリャからグラナダまで」という歌詞にも現れているように、すこぶる南欧的な雰囲気の作品です。不慣れなロシア語を、幾分なりとも馴染んできたイタリア歌曲のように歌う感覚を身につけるには格好の作品かも知れません。

 

はじめて、この曲をいただいたときには、果たして自分のレパートリーの一つにできるかどうか定かではありませんでした。私のこうした印象もあながち見当違いではなかったことが判明したのは、岸本先生が私のためにこの曲を加えてくださったときに、果たして難しすぎるのではないか、と心配してくださっていた、とのことをうかがったからです。

 

それもそのはず。この作品は岸本先生にとっても記念となる曲であって、日本音楽コンクールとチャイコフスキーコンクールのファイナルの演奏曲で、これで優勝されたとのエピソードつきだからです。そして、一言「この曲は、コンクール向けの曲です」とのこと、熱のこもったご指導に感謝申し上げています。

 

 

#3. オペラ<「エフゲニー・オネーギン」第2幕から、「レンスキーのアリア(青春は遠く過ぎ去り)」
   

私にとって、最初のロシア語の作品です。この曲との出会いは、すでに5年以上を経ています。しかし、まったく歯が立たず、放置したまま、長いブランクがありましたが、岸本先生に師事することになってから、俄然、目標が明確になって、再チャレンジ中です。
   

しかし、私の歌唱法はどうしても余分な力が抜けないため、この曲本来の芸術的味わいを表現できるようになるためには、相当の稽古を要する見込みです。岸本先生の分析では、私がこの曲が「オペラのアリアであることを過剰に意識しすぎるために、レガートに歌うことが難しくなっている」ということですが、その通りでした。歌曲のように静かに丁寧に歌えるようにならなければなりません。
   

それから、「歌いだしの声が強すぎるので、たとえフォルテと表示されていても、ピアノから歌い始めるとよい」というアドバイスも大いに役立てて、稽古の際にはアタッコ(attacco:曲の出だし)を工夫したいたいと考えています。また、「息の上に声を載せる」(sul fiato)ことの大切さを教えていただきました。私の歌い方の悪癖としては、アタッコの仕方とも深い関係があることを薄々ながら気づいてはいました。私は「息と声を同時に発する」(con fiato)タイプであるために、第一声から硬い声ではじまるため、これがレガートで美しいフレーズの完成を阻んでいたということを明確に反省しなければなりません。

 

岸本先生のご指導は、専門用語を多用せずに教えてくださるので、とても親切です。むしろ、私自身がこれまで学んできた音楽用語と照らし合わせつつ、岸本先生にご確認いただくと、「専門的にはそのように言います」という風に保証してくださることもしばしばです。
    

「どんなに優れた原石でも磨かなければ本物にはなりません。声も同じです。ですから、これからしっかりと声に磨きをかけていきましょう。」との励ましの言葉をいただきました。

 

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認定内科医、認定痛風医
アレルギー専門医、リウマチ専門医、漢方専門医


飯嶋正広

 

 

肝疾患の治療薬について(No1)

 

<肝炎の予防について>

 

わが国の慢性肝炎や肝硬変・肝癌の原因の大部分はウイルス性です。C型肝炎ウイルス(HCV)が約50%、B型肝炎ウイルス(HBV)が約12%です。
 

当クリニックでは、慢性肝炎またはそのキャリア(註)の方は限られていますが、後述するように、医療従事者自身がHBV感染ハイリスクグループでもあるため、常に警戒を怠らないようにして、早期発見に努めています。

 

(註)キャリア:

免疫機能が未熟な乳幼児、透析患者さん、免疫抑制剤を使用している方などがB型肝炎ウイルスに感染すると、免疫機能がウイルスを異物と認識できないため肝炎を発症しないことがあります。その場合、ウイルスが排除されず、ウイルスを体内に保有した状態< 持続感染 >になります。このように、ウイルスを体内に保有している方を “ キャリア ”と呼びます。

私自身は、研修医療機関であった虎の門病院で、勤務早々にB型肝炎ワクチン接種を受けました。

 

 

さて、肝硬変・肝癌の原因となる慢性肝炎の発症を予防することはとても重要です。
一般に、肝炎の予防には ❶ 免疫グロブリン、❷ 肝炎ワクチン、❸ 抗ウイルス薬、などがあります。

 

❶ 免疫グロブリン:B型肝炎予防のためには、そのウイルス抗原であるHBs抗原が陽性である血液に汚染する事故が発生した場合に、その曝露者に対して、予めHB抗原抗体系統の検査をします。
そして、曝露後48時間以内に、抗HBsヒト免疫グロブリン(HBIG)を筋注します。
検査の結果、HBs抗原陰性の場合にのみ、ワクチンを接種します。
その後、6カ月間、肝機能検査、HBs抗原・抗体を定期的に検査して、肝炎発症を監視し続けます。

 

❷ 肝炎ワクチン:B型肝炎ウイルス(HBV)のワクチン接種は、母児感染やハイリスクグループ(註)の感染予防のために行います。使用するのは精製HBs抗原です。通常接種者の90%以上が免疫を獲得できます。ただし、抗体で中和できないHBV株も存在するため注意が必要です。

 

2016年よりHBVワクチンは0歳児対象の定期接種(公費)となりました。 初回、1カ月後、6カ月後と3回接種します。

 

(註)HBV感染ハイリスクグループ

・第1高リスク群:HBVキャリアの配偶者・同居者
    

・第2高リスク群:医療従事者(医師、看護師、検査技師など)
    

・第3高リスク群:消防士、救急救命士、警察官

 

 

❸ 抗ウイルス薬:C型肝炎ウイルス(HCV)陽性の血液による汚染事故後は、定期的な採血で経過観察しますが、予防的投与は推奨されていません。

ただし、HCVのRNA陽性、トランスアミナーゼの上昇が6カ月以上見られた場合に、はじめて抗ウイルス薬を投与します。

 

また、抗ウイルス薬には種々の注意点があります。

まず胎児毒性の可能性があるため、若年者では服用中に妊娠しないように注意させます。その他、

1) 副反応:汎血球減少症、頭痛、倦怠感など

 

2) 併用禁忌・注意薬:脂質異常治療薬(スタチン系)、糖尿病治療薬、高血圧治療薬(カルシウム拮抗薬、ARB)、抗不整脈薬、抗てんかん薬、睡眠薬、抗アレルギー薬など多数

 

3) 耐性株の出現(要注意)

 

4) 服用中止後の増悪(要注意)

 

 

次いで、A型肝炎の予防について、同様に確認してみます。

 

❶ 免疫グロブリン:A型肝炎流行地に抗体陰性者が駐在する場合や保育園・施設での流行時などに施行します。

市販のヒト免疫グロブリンは高力価のHVA抗体価を有しています。これを3~5カ月間隔で筋肉注射します。

 

❷ 肝炎ワクチン:A型肝炎のワクチンは副反応が少ない3回接種法を基本とします。ただし、緊急予防の場合には2回接種で予防可能となります。

 

❸ 抗ウイルス薬:A型肝炎用の抗ウイルス薬はありません。

 

 

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水氣道の3カ月周期システムについて

 

生涯エクササイズである水氣道は、稽古習慣を確立し、維持し、発展させるための仕組みをもっています。それが3カ月周期システムです。

 

3カ月周期システムが端的に表れているのが、<小審査制度>です。小審査制度とは、体験生と訓練生を対象として、稽古への参加状況や目標達成度等を評価して、昇級を吟味する制度です。3月、6月、9月、12月の下旬までに審査を実施し、翌月、4月、7月、10月、年明け1月には合格者の昇格を発表しています。

 

また小審査と期を一にして、訓練生5級(中等訓練生)および4級(高等訓練生)を対象とする<ファシリテーター認定>を実施しています。現在5つの技法のファシリテーター資格を認定しています。

 

 

訓練生になると、まずファシリテーター資格を2つ取得することを目標とします。そして、ファシリテーター資格を2つ取得した訓練生5級(中等訓練生)が、4級(高等訓練生)認定候補者となります。また、残りの3つのファシリテーター資格を取得した訓練生4級(高等訓練生)が、帽子の色を白から朱に替えて准3級(特別訓練生)を目指すための準備段階に入ります。
 

昨年は、このファシリテーター制度が確立し、今年も順調に発展しています。

 

そして、今年の課題は、半年ごとに実施される<中審査制度>に併せて実施している<インストラクター認定>です。
 

中審査の対象者は、准3級(特別訓練生)、3級(初級修錬生)、正・准2級(中等訓練生)、准1級(高等訓練生)です。インストラクター資格は現在のところ7つを予定していますが、詳細は、必要な段階になったら、改めて紹介いたします。

 

このように、水氣道では、3カ月周期で、昇級審査や技法資格授与(ファシリテーターおよびインストラクター)を行っています。

 

そのため、3カ月単位で、月ごとに甲の月(全体で同じプログラムを稽古する月)、乙の月(稽古の前半は全体稽古、後半は階級別稽古をする月)、丙の月(昇級対象者や技法資格取得予定者のための強化プログラムを軸とした稽古をする月)というローテ―トを実施していくことになります。

 

水氣道の3カ月周期システムは3カ月ローテートシステムと一体的に運用していくことによって、無理がかからず、マンネリズムに陥ることもない螺旋的な発展を目指すことが可能になることでしょう。