アルベール・カミュ作 『ペスト』を読むNo25


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今回は、フランス語の翻訳の難しさというものをしみじみ味合う機会となりました。

それは、フランス語の人称と話法です。直接話法と間接話法の他に、描出話法とも呼ばれる自由間接話法の扱いです。これは、引用句を用いて他者の言葉を伝える直接話法と、接続詞(フランス語なら例えばque)を用いて他者の言葉を話者の言葉で伝える間接話法の中間に位置づけられる話法ないし文体であるとされています。人称との関係でいえば、一人称直接話法の本質とともに、三人称の特徴のいくつかを使用する三人称ナレーションのスタイルです。フランス語に限らず英語でも見られるのですが、さらに再発見したのは日本語でも源氏物語など平安時代から見られるということを知り驚いています。

  
 

Voici en tout cas les indications données par Tarou sur l’histoire des rats:
« Aujourd’hui, le petit vieux d’en face est décontenancé. Il n’y a plus de chats. Ils on ten effet disparu, excités par les rats morts que l’on découvre en grand nombre dans les rues. À mona vis, il n’est pas question que les chats mangeant les rats mortes. Je me souviens que les miens détestaient ça. Il n’empêche qu’ils doivent courir dans les caves et que le petit vieux est décontenancé. Il est moins bien peigné, moins vigoureux. On le sent inquiet. Au bout d’un moment, il est rentré. Mais il avait craché, une fois, dans le vide.

いずれにせよ、ネズミの件について、タルーは以下のように書き記している。
「今日も向かいの小柄な爺様は困惑していた。猫どもがもういないからである。街で見つかる大量のネズミの死骸におののき、姿を隠してしまったのだ。自分の考えでは、猫どもがネズミの死骸を食べることなど問題外なのである。自分の飼い猫たちもそうした獲物を毛嫌いしていたことを覚えている。そうだとしても猫どもは地下室に逃げ込んでしまい、小柄な爺様は当惑しているのである。いつになく髪の櫛目も整えず、元気がない。不安げである。しばらくして、彼は内に引っ込んだ。しかし、その直前に一度だけ、虚空に向かって唾を飛ばしたのであった。

 

註1:猫どもがネズミの死骸を食べることなど問題外なのである。

il n’est pas question que les chats mangeant les rats mortes.

宮崎訳:猫が死んだ鼠を食うということは、問題になりえない。

 

註2:猫どもは地下室に逃げ込んでしまい、小柄な爺様は当惑しているのである。

Il n’empêche qu’ils doivent courir dans les caves et que le petit vieux est décontenancé.

宮崎訳:かれらは穴倉を駆けまわっているに違いないし、小柄な老人は困惑している。

宮崎訳が妥当であるかもしれないが、猫が身を潜めてしまったために、老人が猫を相手にできなくなってしょげている様子を描いているものと解釈した。
  

 

« Dans la ville, on a arrêté un tram aujourd’hui parce qu’on y avait découvert un rat mort, parvenu là on ne sait comment. Deux ou trois femmes sont descendues. On a jeté le rat. Le tram est reparti.

「今日、市内では一輌の路面電車が運行を止められた。ネズミの死骸が一つ発見されたためなのだが、どのようにそこへ侵入したのかはわからない。婦人たちが2、3人下車した。ネズミは投棄された。電車は再び発車した。

 

註3:どのようにそこへ侵入したのかはわからない。

parvenu là on ne sait comment.

宮崎訳:それはどうしてそんなところへ出てきたのか

 

 

« A l’hôtel, le veilleur de nui, qui est un homme digne de foi, m’a dit qu’il s’attendait à un malheur avec tous ces rats. “Quand les rats quittent le naivre...” Je lui ai répondu que c’était vrai dans le cas des bateaux, mais qu’on ne l’avait jamais vérifié pour les villes. Cependant, sa conviction est faite. Je lui ai demandé quell malheur, selon lui, on pouvait attendre. Il ne savait pas, le malheur étant impossible à prévoir. Mais il n’aurait pas été étonné qu’un tremblement de terre fît l’affaire. J’ai reconnu que c’etait possible et il m’a demandé si ca ne m’inquiétait pas.

« ― La seule chose qui m’intéresse, lui ai-je dit, c’est de trouver la paix intérieure.

« Il m’a parfaitement compris.

ホテルでは、信頼を得ている夜警が、これだけネズミがいるのは何か悪いことが起こる前触れなのでは、と自分に話した。「ネズミが船から脱け出してきたとしたら...」。私自分は彼に、船の場合はその通りだが、市ではまだ証拠をつかんではいません。」と言った。しかし、彼の方はそれと確信していた。自分は彼に、彼の考えでは、どのような不幸が予想されるのか尋ねてみた。彼にそれを知るすべはなかった。不幸とは予見できないものだからである。しかし、そこで地震が起きたとしても、彼は驚かなかっただろう。自分は、それはあり得る話であると認めると、彼は心配にならないかと尋ねてきた。

「私の関心は、唯一、心の平安を見つけることだけですから」と自分は答えた。自分の思うところを、彼はすっかり納得してくれた。

 

註4:彼にそれを知るすべはなかった。不幸とは予見できないものだからである。
Il ne savait pas, le malheur étant impossible à prévoir.

宮崎訳:彼も、不幸というものは予見できないもので、それを知らなかった。

 

註5:自分の思うところを、彼はすっかり納得してくれた。

Il m’a parfaitement compris.

宮崎訳:彼は私のいう意味を完全に理解してくれた。