からだの健康(心身医学)

 

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内科認定医、心療内科指導医・専門医 

 

飯嶋正広

 

血液病学と循環器病学の接点

 

<抗血栓療法の微妙な戦略>No3

 

医学の進歩に伴う2つの相反するリスク(血栓リスクと出血リスク)との狭間で
狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患は、心臓の筋肉に必要な栄養や酸素を運ぶ血管(冠動脈)が細くなったり詰まったりして、心臓に十分な血液が送られなくなることによって起こります。このため治療は、血管の狭くなった部分を広げて、血液のスムーズな流れを取り戻すことが目的となります。

方法は大きく分けて、薬物治療・経皮的冠動脈インターベンション(PCI)・冠動脈バイパス手術(CABG)の3つがあります。

 

経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は、脚の付け根や腕、手首などの血管から、カテーテルという医療用の細く柔らかいチューブを差し込んで、冠動脈の狭くなった部分を治療する方法です。先端にバルーン(風船)を取り付けたカテーテルでバルーンを内側から膨らませて血管を押し広げる方法(バルーン療法)が基本です。

 

この治療法は、体に大きな傷をつけることがなく、局所麻酔によって患者さんの意識のある中で進めることもできます。そのため、胸を大きく開くバイパス手術に比べ、患者さんの体にかかる負担は少なくてすむという大きなメリットがあります。このため、症状が比較的軽い場合や、高齢者も含め、多くの患者さんに対して行われるようになりました。

 

ただ最近は、再び血管が詰まってしまう場合(再狭窄)もあるため、これを防ぐために、ステントと呼ばれる器具を使うことが増えています。ステントは金属を網の目状にした筒で、バルーンで血流を再開させた後に血管の中に留め置き、血管を内側から補強します。

 

 

経皮的冠動脈インターベンション(PCI)において、このようにステントを用いることが広く普及しています。そして、その術後には、ふつうステント血栓症予防と冠動脈疾患の2次予防薬として抗血小板薬が用いられます。

 

植え込み直後には、抗血小板薬2剤の並行投与法(DAPT)といって、いずれも抗血小板薬であるアスピリンとADP受容体P2Y12阻害薬の2剤の投与が標準的な抗血小板療法になっています。しかし、冠動脈ステントは金属・薬剤・ポリマーの開発・進歩により、術後のDAPTの期間が短縮されつつあります。しかも、このDAPTも必要な期間を過ぎれば抗血小板薬を1剤に減じることも検討すべきであるとされるようになってきました。

 

ステント植え込み後に、一定期間を経れば抗血小板薬の単剤投与になります。

心房細動患者では、左房内血栓による脳梗塞や全身性塞栓症の予防のために抗凝固療法が必要となります。

その場合には、抗凝固薬を抗血小板薬2剤に加えた抗血栓薬3剤投与が行われますが、出血性合併症が多いため、3剤投与の期間はできる限り短くすることが推奨されています。

血栓リスク、出血リスクを考慮し、血栓リスクが高ければ3~12カ月、リスクが低ければ1~3カ月で抗血小板薬を1剤にしてよいとされるようになってきました。

 

心房細動と安定冠動脈疾患を合併する患者さんのための最適な抗血栓療法を検討したAFIRE試験の結果、抗凝固薬(リバーロキサン)単独療法が安全性の面で優れていることがわかりました。このことから、冠動脈疾患患者であってもステント植え込み後1年を経た慢性期になれば、心房細動などで抗凝固薬を併用する場合には、抗血小板薬なしの抗凝固薬単剤で良いと考えられるようになってきました。

 

しかし、薬剤使用のメリット・デメリットの見極めは微妙です。血栓リスクを低下させれば、血栓リスクが増し、その逆もあり、トレード・オフの状況下で医師はますますデリケートな判断を強いられることになっていくような印象です。