<はじめに>

 

前回は「のどの痛み」に効果のあるツボを紹介しました。

 

 

「経渠」は手の平側の手首にある親指の出っ張りにあり、

 

 

「京骨」は外くるぶし下から足の外側の縁を足先に向かって指の止まるところにあり、

 

 

「尺沢」は手のひらを上に向け、肘の横しわの親指側の凹んだところにある

 

 

というお話でした。

 

 

今回は「冷え」に効果のある「中渚(ちゅうしょ)」「然谷(ねんこく)」「湧泉(ゆうせん)」のツボを紹介しましょう。

 

 

<中渚>

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手を握って出っ張る薬指と小指の骨の間の窪みにあります。

 

 

<然谷>

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内くるぶしの斜め前にある骨の出っ張りの下の窪みにあります。

 

 

<湧泉>

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足の裏でかかとから指を滑らせて指が止まるところにあります。

 

 

 

 

杉並国際クリニック 統合医療部 漢方鍼灸医学科 鍼灸師 坂本光昭

 

前回はこちら

 

 

Le lendemain 17 avril, à huit heures, le concierge arrêta le docteur au passage et accusa des mauvais plaisants d’avoir déposé trois rats morts au milieu du couloir.

On avait dû les prendre avec de gros pièges, car ils étaient pleins de sang. Le concierge etait reste quelque temps sur le pas de la porte, tenant les rats par les pattes, et attendant que les coupables voulussent bien se traihir par quelque sarcasm. Mais rien n’était venu.
 

翌4月17日の8時、管理人は通りかかった医師を呼び止め、廊下の真ん中に3匹のネズミの死骸を置いていくといった悪戯が起きたことを訴えた。そのネズミたちは血まみれだったので、大きな罠にかかったせいなのかもしれない。管理人はしばらく玄関口に立っていて、ネズミの脚を掴みながら、犯人たちが犯行をさらけ出したくてたまらなくなるのを皮肉をこめて待っていた。しかし、何者も現れなかった。
 

 

__ Ah!ceux-là, disait M.Michel, je finirai par les avoir.

ああ、こいつらを自分が引き受けることになるのだな、とミシェル氏は言った。

 

註:

宮崎嶺雄の訳では、<「まったく、やつら」と、ミッシェル氏はいっていた。「最後にゃ、とっつかまえてやるぞ」>としています。原文はceux-làであり、ceux-ciではないので、その場には存在しない「やつら」、すなわち複数の相手を指すものとした方がたしかに辻褄が合います。par les avoirのlesも「やつら」を指します。それでは、実際に、ミッシェル氏は具体的に「やつら」を知っているのでしょうか。知っていたら苦労がないはずです。そのあたりが気になるところです。

 

 

 

Intrigué, Rieux décida de commencer sa tournée par les quartiers extérieurs où habitaient les plus pauvres de ses clients. La collecte des ordures s’y faisait beaucoup plus tard et l’ auto qui roulait le long des voies droites et poussiéreuses de ce quartier frôlait les boîtes de détritus, laissées au bord du trottoir. Dans une rue qu’il longeait ainsi, le docteur compta une douzaine de rats jetés sur les débris de légumes et les chiffons sales.
 

興味がそそられたリューは、受け持ち患者の中でも特に貧しい人たちが住んでいる場末の周辺地区から往診を始めることにした。この地域でのゴミ収集はかなり遅くに行われ、まっすぐで埃っぽい道を走る車は、縁石に置かれたゴミの箱をかするように突進していく。リュー医師が歩いていた道すがら、野菜くずや汚れた襤褸(ぼろ)布の上にネズミが投げ捨てられていて十二匹を数えた。

 

 

 

Il trouva son premier malade au lit, dans une pièce donnant sur la rue et qui servait à la fois de chambre à coucher et de salle à manger. C’était un vieil Espagnol au visage dur et raviné. Il avait devant lui, sur la couverture, deux marmites remplies de pois. Au moment où le docteur entrait, le malade, à demi dressé dans son lit, se renversait en arrière pour tener de retrouver son souffle caillouteux de vieil asthmatique. Sa femme apport aune cuvette.
 

通りを見下ろす、寝室兼食堂のような部屋で、最初の患者は床に就いていた。彼は年老いたスペイン人で、硬くごわごわした顔をしていた。彼は、自分の掛布団の上に、豆の入った2つの鍋を置いていた。医者が入ってくると、ベッドで半身を起こしているその老人は、喘息もちの老人よろしくゴロゴロという音を伴う息を吸おうとして後ろにのけぞる姿勢をとっていた。おかみさんが洗面器を持ってきた。

 

註:

原文でle malade, à demi dressé dans son lit, se renversait en arrière pour tener de retrouver son souffle caillouteux de vieil asthmatique.の箇所について、宮崎嶺雄の訳では、<ちょうど病人は半ば身を起こして、うしろへそり返り乍ら、喘息病みの老人のごろごろする息づかいを回復しようと試みているところであった。>とされています。pour tener de retrouverの解釈についてですが、<回復しようと試みる>というニュアンスではなく、単に、(痰が絡んで苦しい)息を吸い込もうとする呼吸動作を描写していると見る方が自然な気がします。痰を吐き出すために息を深く吸い込もうとするときに、このような姿勢動作をとりがちです。もっとも、多くの喘息患者が苦手とするのは吸気ではなく、呼気です。痰がからみやすく気道が閉塞しがちになるので、ごろごろ、ゼーゼーと雑音が発生するのです。そのあとおかみさんが洗面器をもってきたのも、喘息の夫が痰を吐き出すためだったのではないかと思います。カミュは喘息患者を良く観察して描写していると思います。

 

茨城県立県民文化センターが見つからない!?

本来の美声も聴くことができない‼

 

茨城県立県民文化センターは、茨城県水戸市千波町の千波湖および千波公園に隣接する茨城県立の文化施設でした。

それが、私の知らぬ間に、いつしか地図の上からその名が消えてしまいました。

 

その大ホールは、1500席を超える規模で茨城県最大を誇る多目的ホールで、県所有のホールとしては唯一であり、各種講演会・式典・コンサート・コンクール等で幅広く利用されていました。

 

かくいう私は、中学生の頃に美術展を見に行ったきり約半世紀の間、全くご無沙汰していたのですが、2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響により茨城県立県民文化センターは全館に渡り施設を使用できなくなりました。

 

それでも同年7月1日には、大ホールとレストラン以外の運営を再開し、翌2012年7月中に大ホールの改修を終え、その年9月1日に使用再開、という具合で、目まぐるしく、運営維持にも相当な費用を要したであろうことがうかがわれます。

 

茨城県立県民文化センターの小ホールは386席を数え、中ホールといえそうな上野の東京文化会館小ホールの客席数649席、杉並公会堂小ホールの客席数198席と比較してみてもなかなかの規模だといえるでしょう。この小ホールは講演会・研修会・音楽発表会・映画上映等目的に応じて利用されていました。

 

20日の土曜日に私たちが向かった小ホールは、ザ・ヒロサワ・シティ会館 のそれでした。水戸駅の南口から、桜川土手沿いに歩いて数分、千波沼の南岸に位置するところ目指したのですが、これが何と旧茨城県立県民文化センター だったのです。これはいったいどうしたことなのでしょうか。

 

それには訳があったようです。

この施設に個人の名前が付されていることを怪しく感じていた私は、「ヒロサワ」という地元の指揮者か大音楽家の名前を祈念したものではなかろうか、それにしても聞いたことがない名前なのです。

 

依然として茨城県の施設であるとされますが、県直轄ではなく、財団法人いばらき文化振興財団が管理・運営を行っているとのことでした。

そこが、指定管理者制度の導入に伴い、2019年3月15日、同年4月1日より命名権募集を行ったところ、つくば市寺具の金属加工業「廣澤精機製作所」がこれを取得したとのことでした。

 

そこで、新名称は「ザ・ヒロサワ・シティ会館」となった模様です。それにしても契約期間は3年間で契約額は1千万円とのことですから、3年ごとに名前が変わることになるのか、そのままなのか、落ち着かない気分にさせられます。

 

お目当てのコンサートは小ホールで、12時30分開場、13時30分開演という予定なので、その簡に、絵画展や書道展を見物することができました。

 

ちょうどその建物の1階の入り口近くには軽食や飲み物等を販売する売店がありました。

店員の名札にはたしか「広澤」と記されていました。もし彼が命名権者の御一族だとすれば、ファミリーでこのホールを支援しておられることになります。

 

「ザ・ヒロサワ・シティ会館」の近くの茨城県近代美術館敷地内に水戸市千波出身の画家、中村彝(なかむらつね:1887年〈明治20年〉- 1924年〈大正13年)のアトリエを発見しました。

 

彼は1911年(明治44年)、当時、多くの芸術家を支援していた新宿・中村屋の主人・相馬愛蔵夫妻の厚意で、中村屋の裏にある画室に住むことになりました。

 

中村は大正期を代表する洋画家の一人で、この「中村彝アトリエ」は1988年にこの地に新築復元されたことを知りましたが、元々は新宿区下落合に逢ったものでした。

 

そのアトリエ跡も2013年(平成25年)新宿区下落合に残るアトリエ跡が復元され、「新宿区立中村彝アトリエ記念館」としてオープンしたとの情報を得たので、忘れないうちに訪れてみたいと思います。

 

お目当てのコンサートですが、オペラ仕立ての「フィガロの結婚」で、4人の声楽家と一人のピアニスト、そして一人の解説者というシンプルな構成でした。

 

ただ時節柄残念だったのは、歌い手がフェイスシールド着用で演奏することを余儀なくされていたことです。

このような状況では、とても本番の生演奏とは程遠い出来上がりになってしまいます。とても残念でした。出演者がとても気の毒に感じられました。

 

それでも、ふだん、本格的なオペラを生で楽しむ機会の少ない方には、入門文化講座としての意義もあったのではないかと思います。

 

前回はこちら

 

厚生労働省は、
職場のメンタルヘルスに関するよくある質問と答えをまとめました
として、ホームページで、こころの健康に対してわかりやすいQ&Aを掲載しています。

それに私が臨床の立場からCとしてコメントを加えてみました。

 

 

 

④ Q.うつ病の時に陥りやすいパターンとは?

 

A.

うつ病になるとどうしても他者の言動が気になり、自分を責め、落ち込んでしまうことも多くなります。具体的な例をあげつつ、気持ちが沈んでしまった時の対処法を説明していきますので、ぜひ参考にしてみてください。

 

 

Q.4-1:漠然とした不安感と負の感情から、相手の些細な言葉に敏感に反応してしまう、どうすればよいか?

 

A.

世の中には色んな考え、意見の人がいます。あなたとは違う考えの人もいるでしょう。相手と意見が合わず、自分の意見を否定されることがあっても、気にし過ぎないことです。意見が合わなかっただけで、あなた自身を否定されたわけではありません。

 

相手の意見を真に受け過ぎて、落ち込むことはありません。相手は相手、あなたはあなた、別の人間であり、異なる気持ちや考えがあるのは当然です。そう割り切って、あなたはあなた自身の気持ちや意見を大切にするようにしてください。

 

 

C.

「相手と意見が合わず、自分の意見を否定されることがあっても、気にし過ぎないこと」というアドバイスは正しく理解しておいた方が無難でしょう。

 

このアドバイスは、「気にしないこと」ではなく、あくまでも「気にし過ぎないこと」と言っています。

両者は大きく違いますので要注意です。

 

相手を尊重する気持ちがあるならば、大いに傾聴すべきですし、そうして学べることも大いにあるはずだからです。

つまり、熟考や吟味、検討のプロセスはコミュニケーションを大切にしたいと考える良識的な社会人としては必要な作業過程です。

ただし、そうしたプロセスを経ても意見が異なることはあっても当然です。

納得いかないまま相手の意見を丸のみにしたり、無理に同調しようと頑張りすぎたりする必要はまったくありません。

 

また「あなたはあなた自身の気持ちや意見を大切にする」といことは、心の健康を保つうえでとても大切です。しかし、それには前提があります。それは、「あなたはあなた自身と同様に相手の気持ちや意見も大切にする」という心がけを忘れないように、ということです。

 

また、そうすることによって、相手もあなたの気持ちや意見を大切にしてくれるようになることでしょう。

 

 

 

Q.4-2:劣等感を強く感じてしまう、どうしたらよいか?

 

A. 

他人と自分を比べて劣等感を感じるのは、「幸せの基準」が自分ではなく他人になってしまっているからです。「幸せの基準」をあなた自身に置かないと、自分が本当に望んでいるものが見えなくなってしまいます。
 

華やかな生活をしている人も、その陰で絶え間ない努力をしています。あなたに同じような努力ができるでしょうか?そもそも、華やかな生活を送ることが本当にあなたの望むことでしょうか?

 

こうして自問自答を繰り返していくことで、自分の深層心理に気づけます。

 

自分が本当に望むことがわかれば、他人の成功などに心を乱されて劣等感を感じることもなくなります。自分の考えや価値観をしっかり持って他者と接することで、むやみに落ち込むことがなくなります。他者の言動に傷つくことや嫉妬がなくなると、自尊心が生まれ、結果、他者も自分自身も大切にできるようになります。 

 

 

C.

この質疑応答で、気になる点を指摘させていただきたいと思います。

 

それは質問Qも回答Aも、他人と自分を比較したり、劣等感を感じてしたりしてしまうことが望ましくないことであることを前提としていることです。

 

もっとも、質問は「劣等感を強く感じてしまう」とありますから、劣等感のすべてを否定的にとらえているとは限らないともいえますが、回答では明かに劣等感をマイナスの感情としてのみとらえているように読み取れます。

 

また、「幸せの基準」が自分ではなく他人になってしまっているからです。とありますが、「幸せの基準」を一定期間、他人においてみることは、必ずしも不毛な結果を招くものではないと思います。

 

多くの人々に、いわば健全な「憧れの存在」があってもおかしくはないわけです。その憧れを目指して、自己錬磨することができるとすれば、それはとても素晴らしいことだと思います。問題なのは、劣等感そのものではなく、自分が感じている劣等感をどのように受け止めて、それをどのようにプラスに活かすか、ということではないかと思います。
 

「自分が本当に望むことがわかれば、他人の成功などに心を乱されて劣等感を感じることもなくなります。」という回答も少し屈折しているような気がします。自分が本当に望むことの延長上に、他人の成功などがあるのだとしたら、それは自己成長のための明確なモデルになり、大きな動機付けにもなります。

 

問題なのは、そこではなく、それで「心を乱されて」自分自身の価値(存在意義)を見失ってしまうことです。

 

回答者が本当に伝えていことは、むしろ、このことではないかと思います。
 

敢えて劣等感を感じようと努めるまでの必要はないと思いますが、劣等感を感じたことのない人は、必ずしも幸福とは限りません。逆に、劣等感に悩み、それを克服することによって大成功を収めた人や、満足できる人生展開を獲得できた人たちも少なくないのではないのではないでしょうか。        

 

劣等感をおぼえたら、むしろ自分には成長のためのチャンスが到来した、くらいにと認識していただければ、と思います。

 

前回はこちら

 



今回は、「水氣道における弱点優先の原則」についてです。この原則は『理想の健康法』としての水氣道の本質にかかわる大切な考え方です。

 

世間で流布している「健康法」は数限りなくあります。そのすべてを実行することは不可能であるし、また、<過ぎたるは及ばざるがごとし>といって、やりすぎ、欲張り過ぎはかえって健康を損ねてしまします。そこで、「健康法」を選択する必要がでてきます。

 

「健康法」の選択に当たってとても大切なことは、自分の心身の弱点を補ってくれるような「健康法」に巡り合うことです。そのためには、いろいろな「健康法」を試してみるのではなく、まずはしっかりと自分自身の身体の弱点を認識することが不可欠になってきます。

 

そして、身体の弱点を補強するための「健康法」は心身のトータルな健康の維持・増進のためには真に理に適っています。そして真に理に適っている「健康法」には、文字通り真理が宿っているはずです。水氣道の真理は、水氣道の神髄をはじめ水氣道実践の三徳、五原理および十二原則に宿っています。

 

そして「健康法」の真理に適うということと、自分の健康に適う、ということが表裏一体になるような選択ができたときに、理想の「健康法」と出会ったことになります。

 

ですから漠然と「健康になりたい」ということで「健康法」を探してみても、そのような理想的な「健康法」に巡り合うことができる可能性はほとんどありません。要は場当り的な健康法ははずれが多いということです。

 

同じようなことが栄養補給法でもしばしば観察されます。とくにサプリメント接種による弊害も散見されます。サプリメントとは本来「欠乏もしくは不足した栄養素を補充すること、あるいはそのための補充栄養剤」を意味します。

したがって、予め、「欠乏もしくは不足した栄養素」を調べておくべきなのです。

 

しかし、実際にはこうした必要な手続きは省略して個人の思い付きや思い込みだけで摂取をはじめてしまいがちです。するとどのような結果が発生するでしょう。

その方にとって真に必要な栄養素は欠乏したままで、すでに充足あるいは過剰になっている栄養素が補給されてしまいかねません。栄養プロフィールのアンバランスの是正どころか、不均衡を増大させてしまうことにならないでしょうか。

 

スポーツについても同じことが言えそうです。元来優れていることや他に秀でて得意なことを続けることは楽しいことであり、そうした技術を伸ばすことで競技スポーツの成績の向上も期待できることでしょう。

 

しかし、その人の劣っていることや苦手なことはなおざりにされてしまいがちになるのではないでしょうか。そのような方向性でスポーツを続けていたとすれば、中高年以降に健康を損ねてしまうことは何ら不思議ではないでしょう。

 

それでは、どうしたら良いのでしょうか。上に挙げた残念な結果をもたらさないためには、『弱点補強の目的意識をもって行なう』意識をもって、それに適った「健康法」を探求することが理に適う選択に繋がります。

そのためには、まず「弱点」を発見することが決め手になります。ですから、病気の治療ではなく健康のための手段として「健康法」を選ぶ段階で、かかりつけの医師に相談することは、とても賢明なことです。どのような主治医を選ぶかも寿命のうちかもしれません。

 

水氣道の理論と技法の体系は、実に、この目立たない、あるいは気づきにくい、さらには避けて通りたくなるような各人の健康上の「弱点」を克服することを目標としてきたと言っても過言ではありません。

健康上の「弱点」を克服するためには、どのような運動を実施すれば克服できるかについて、20年以上に及び、信頼に足る理論仮説をもとに試行錯誤を繰り返して、実証的に検証し続けることで日々完成度を高めているのが水氣道なのです。

 

そこで、次回は、「水氣道における弱点優先の原則」について、どのようにして、個々人の「弱点」を検出し、しかも、集団のエクササイズの中に取り込んでいくのか、についてより具体的にごしょうかいしたいと思います。

 

今年の当クリニックの診療を振り返ってみると、大きく変化し、充実させることができた領域の一つが「骨粗鬆症」に関しての診療でした。それは、医学の進歩を日常診療に反映させるための当然の結果であるといえます。

 

骨粗しょう症は、かつては単に骨密度が低下して骨折しやすくなる病気とされていたため、予防にあたっては「骨密度」を中心に考えられていました。当クリニックでは、従来からMD法*で計測してきました。

 

*MD法(Microdensitometry法);

手の横にアルミニウム板を置き、一緒にエックス線写真を撮影し、画像の濃淡の差をコンピューターに読み取らせて解析する方法です。

 

 

また、新型コロナ感染症等の対策として計測をはじめることになったのが偶然のきっかけで発見できたこともあります。

 

それは自然免疫の維持強化を助け、しかも骨形成に不可欠な栄養素である血液中のビタミンD(25OHVD)の濃度が低下しているにもかかわらず、骨密度が正常または高値である方も少なからざる症例数にのぼっていたということです。

 

この事実からも、骨密度の他に骨質を確認する必要があることに気づくことができました。しかも、近年、骨密度が正常範囲であるにもかかわらず、骨折リスクが高い患者さんがいることがわかてきました。

 

その原因を調べると、人によって「骨質※」に違いがあることが明らかになってきました。骨密度検査で正常範囲の結果が出ても骨折リスクが高いことがあります。

 

※骨質:

❶ 骨の微細構造、❷ 微小骨折の有無、❸ 石灰化の密度、および ❹ 骨代謝回転(リモデリング)の速さ、により示されます。

 

そこで、骨粗しょう症の定義は「骨強度が低下し、骨折しやすくなる骨の病気」とあらためられました。つまり骨粗しょう症は、骨密度の低下と骨質の劣化(異常な過老化による微細骨折からはじまる)、その両方が影響しあって骨折リスクが高まる病気といえます。

 

そして、「骨強度」には骨密度が70%、「骨質」が30%関係している、

と説明されるようになりました(NIHステートメント2000)。

 

「骨」といえばカルシウムばかりを連想しがちですが、骨の重量の20%、体積では50%を占めるのはコラーゲンという蛋白質です。骨を鉄筋コンクリートの建物にたとえるならば、カルシウムはコンクリートで、コラーゲンはコンクリート内に埋まっている鉄筋となります。

 

鉄筋(コラーゲン)の強さを左右するのは、鉄筋同士をつなぎとめるコラーゲン架橋です。架橋というのは、結びつきのことです。これはいわば梁(はり)の役目をして、建物全体の強さにまで影響を及ぼしています。さらに、このコラーゲン架橋には「善玉架橋」と「悪玉架橋」があります。

 

コラーゲン架橋が規則正しく、しっかりしている生理的架橋を「善玉架橋」、バラバラになっている非生理的架橋を「悪玉架橋」といいます。悪玉架橋が増加すると、コラーゲン同士のつなぎ止めが弱くなり、しなやかさが失われ、硬くてももろい、折れやすい状態となってしまいます。

 

この「善玉コラーゲン架橋」は、骨を作る“骨芽細胞”から分泌される酵素反応を介して正常な生体反応によって形成される生理的架橋です。これに対して、「善玉コラーゲン架橋」は酵素反応を介さず場当り的に形成される非生理的架橋です。

 

それでは、骨質をどのように評価し、日常の臨床に役立てていくことができるのかについて、可能なことを次号で紹介させていただくことにいたします。

 

前回はこちら

 

臨床産業医オフィス

<高円寺南労働衛生コンサルタント事務所>

産業医・労働衛生コンサルタント・第一種作業環境測定士・衛生工学衛生管理者

飯嶋正広

 

今回の相談:

ストレスチェックを実施した後の結果についての情報は、どのように取り扱ったらよいのでしょうか? その場合、産業医は何をしてくれるのでしょうか?

 

ストレスチェックと面接指導の実施に係る流れ(厚生労働省)その2

<ストレスチェックでの注意事項の確認から産業医による高ストレス者面談まで>

 

事業所において、ストレスチェック制度が有効で円滑に導入されるためには、衛生委員会での調査審議と労働者への説明を十分行うことが大切であることについて、前回説明しました。

 

それでも慣れるまではなかなか厄介な手続きです。それは、ストレスチェックは一般定期健康診断と同時に実施することも可能である反面、情報の取り扱い方に違いがあるからではないかと考えます。

 

 

ストレスチェックで注意すべきなのは、

第一に、労働者本人の個別的な同意が示されなければ、その結果を事業者に開示することができないことです。

 

第二に、実施、分析、結果分析、保存を行うのは実施者であること。逆に実施者として定められていない限り、たとえ産業医であっても個別の結果を閲覧することができないことです。

 

産業医が実施者であれば、ストレスチェックの結果をもとに、高ストレス者に申し出の勧奨を行うことができます。そのためには、産業医が「実施代表者」または「共同実施者」になっていることが望ましいとされているのです。その場合であっても、嘱託産業医の場合は、検査そのものを外部機関に委託し、データ化して受け取ることが一般的です。

 

 

〇 衛生委員会の場やその他の機会において、参加委員をはじめ労働者に本制度の趣旨や実施内容を専門的立場から説明すること

 

〇 ストレスチェックの企画の際、具体的な実施内容や方法などの検討にかかわること

 

〇 高ストレス者に対する面接指導の申出の勧奨を行うこと

 

〇 高ストレス者面接指導を行うこと

 

〇 面接指導の結果に基づき、事業者に意見を述べること

 

〇 集団分析の結果を職場改善に活かすための過程で可能な限り関与すること

 

 

高ストレス者の面接指導は、面接指導を希望した労働者のみに行います。

 

面接の内容は、

1)労働時間等の勤務状況、

 

2)ストレス要因等の心理的な負担の状況、

 

3)睡眠や生活リズム等の状況、

 

4)その他、当該労働者の就業環境に関する状況、

 

などです。こうした内容の面接によって聴取した情報に基づいて、

 

5)本人に対する指導

 

6)当該労働者の就業についての事業者に対する意見

 

が求められています。

 

 

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第一弾:友の湯温泉(北茨城市)その3

 

<友の湯温泉は療養に適する温泉か?>

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「友の湯温泉」を温泉医学的にまとめてみると、冷鉱泉(湧出口での泉温15.3℃<25℃)、中性泉(pH値7.1:6以上から7.5未満)、低張泉(ガス性のものを除く溶存物質計0.553g/㎏<8g/㎏)に分類される温泉です。

 

ただし、温泉の分類はそれだけではありません。温泉医学的には、その温泉が「療養泉」に該当するかどうかも関心がもたれます。まず、友の湯温泉が低張泉であるということから「療養泉」(註)の中の「単純温泉」との異同について検討してみることにします。  

 

(註)療養泉:

温泉の中でも、特に治療の目的に供し得る温泉とされます。その定義は温度が25℃以上、または、遊離二酸化炭素や鉄イオン、水素イオン、総硫黄などの物質いずれか一つが一定以上含まれていることです。 その成分ごとに9ないし10の泉質に分類されています。

 

「単純温泉」とは、温泉水1kg中の溶存物質量(ガス性のものを除く)が1,000mg未満かつ湧出時の泉温が25℃以上の温泉です。ここで重要なのは、、温泉水1kg中の溶存物質量(ガス性のものを除く)が1,000mg未満または湧出時の泉温が25℃以上の温泉ではないということです。友の湯温泉は低張泉(ガス性のものを除く溶存物質計553mg/㎏)で1,000mg未満には該当しますが、泉温が25℃に達しない冷鉱泉(湧出時の泉温が15.3℃)でありため、単純温泉には分類できないことになります。また、友の湯温泉の泉質は、他の成分組成からみても、その他、いずれの療養泉にも該当しません。

 

しかし、泉温に関して、指摘しておきたいことがあります。日本は海に囲まれている海洋国であるため、本来は「塩化物泉」が一番多い泉質なのですが、次第に掘削温泉が増えるにつれ、「療養泉」の一つである「単純温泉」が日本の温泉の代表的な泉質になりました。しかし。地中を100m掘るごとに地下水の温度は2~3℃上昇するため、1,000m~1,500mも掘削(ボーリング)すれば、温泉の定義となる25℃以上のお湯が出ることになるのです。
 

 

「友の湯温泉」は、源泉で自然湧出泉であるにもかかわらず、湧出時の泉温が25℃未満であるため日本の代表的な「療養泉」である「単純温泉」には該当しません。しかし、加温することによって、「単純温泉」と同系統の特徴や効能が期待できるはずであり、掘削による「単純温泉」よりすぐれた効能効果が得られる可能性は低くはないのではないかと考えます。
 

友の湯温泉の効能効果については、以上の理由から、単純温泉が参考になるでしょう。「単純温泉」は「単純泉」と呼ばれることが多いですが、「単純温泉」が正式な名称です。単純温泉の利点はたくさんあります。まず、刺激が小さく「やさしい温泉」であるため、子供からお年寄りまで家族揃って安心して入れる温泉であるということです。単純温泉は「湯あたり」を起こしにくい代表的な泉質でもあります。温泉の刺激に不安がある方は、まずは単純温泉に入ることから始めてください。単純温泉は安心して入れる温泉なので、私は患者さんたちに対しても「温泉療養のスタートは単純温泉から」はじめることをお勧めしています。

 

なお、温泉には、人体に対する作用の刺激の強さ、すなわち「緊張度」により、次のように二大別することがあります。それは、刺激作用の強い「緊張性」温泉と、刺激作用の弱い「緩和性」温泉です。「単純温泉」は、「緩和性」温泉のひとつです。

 

なお、温泉には療養泉に共通する「一般適応症」とその泉質独特の効能といえる「泉質別適応症」がありますが、単純温泉の効能は「一般適応症」のみです。
以下に列記します。

 

一般適応症・・・神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え性、病後回復期、健康増進

<はじめに>

 

前回は「歯の痛み」に効果のあるツボを紹介しました。

 

 

「合谷」は親指と人差指の間にあり、

 

 

「地五会」は足の薬指と小指の間で足首方向に指を滑らせて止まるところにあるというお話でした。

 

 

今回は「のどの痛み」に効果のある「経渠(けいきょ)」「京骨(けいこつ)」「尺沢(しゃくたく)」のツボを紹介しましょう。

 

 

<経渠>

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手の平側の手首にある親指の出っ張りにあります。

 

 

<京骨>

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外くるぶし下から足の外側の縁を足先に向かって指の止まるところにあります。

 

 

<尺沢>

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手のひらを上に向け、肘の横しわの親指側の凹んだところにあります。

 

 

特に尺沢が効果的だと思います。指圧してみてください。

 

 

杉並国際クリニック 統合医療部 漢方鍼灸医学科 鍼灸師 坂本光昭

 

前回はこちら

 

四月十六日という同じ日の朝夕に二匹のネズミの死に遭遇したリュー医師は、ネズミの「死」に直面して何を感じたのでしょうか。


Ce n’était pas au rat qu’il pensait. Ce sang rejeté le ramenait à sa préoccupation. Sa femme, malade depuis un an, devait le lendemain pour une station de montagne. Il la trouva couchée dans leur chambre, comme il lui avait demandé de le faire. Ainsi se préparait-elle à la fatigue du déplacement. Elle souriait.


彼が考えていたのはネズミのことではなかった。その噴出した血を見て、彼は自分の心配事に立ち返ったのである。1年前から体調を崩していた彼の妻は、山間部の保養地に明日出かけることになっていた。彼は、妻に言って聞かせていた通り、妻は居間で横になっていた。そうやって彼女は、転地による疲労に備えていたのであった。彼女は微笑んでいた。


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リュー医師は、ネズミの死そのもののことを考えていたのではないが、ネズミが吐血して死んでいく様をまざまざと目撃したことによって大切な妻の心配事に立ち戻ります。すでに死んでいるネズミではなく、直前まで苦しんでいたネズミの生々しい最期に立ち会うことによるインパクトは決して小さいものではなかったことが読み取れます。

 

このあとから、リュー医師と妻の対話が始まります。

 

 

__ Je me sens très bien, disait-elle.
Le docteur regardait le visage tourné vers lui dans la lumière de la lampe de chevet. Pour Rieux, à trente ans et malgré les marques de la maladie, ce visage était toujours celui de la jeunesse, à cause peut-être de ce sourrire qui emportait tout le reste.

 

__とても気分がいいわ、と彼女は言った。
医師は、枕もとのランプの明かりの中で、自分に向けられた顔を見た。リューにとっては、その顔は30歳になっても、病でのやつれがあっても、若さを保っていた。それは、その他のあらゆることを吹き飛ばしてしまうあの笑顔があったからだろう。

 

 

__ Dors si tu peux, dit-il. La garde viendra à onze heures et je vous mènerai au train de midi.

 

__できれば寝ていなさい、と彼は言う。11時に看護婦が来たら、正午の汽車で連れて行ってあげるよ。

 

 

Il embrassa un front légèrement moite. Le sourire l’accompagna jusqu’à la porte.

 

彼はほんのり汗ばんだ額にキスをする。その微笑は戸口に至るまで続く。

 

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リュー医師とその妻の対話は直接話法で描かれています。動詞の時制は現在形であるため、生き生きとした描写になっています。これに対してリューにとっての最初の対話相手は、老管理人であるミシェル氏でした。彼との対話は間接話法で、動詞は過去時制で表現されていました。この対比は興味深く感じられました。