運動生理学的トレーニング理論の限界と水氣道の可能性No6

 

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水氣道稽古の12の原則(5)漸進性の原則(その1)

 

運動の一般的な原理の一つに「漸進性の原理」というものがあります。一般的に理解されている内容は、トレーニングの質や量を少しずつ長期的に伸ばしていくということです。

そして、この原理のもっとも大切なポイントは、トレーニングを開始する場合は安全第一を心がけ、軽い運動で体を慣らしてから行うことを心がけるように、ということです。

ですから毎回の準備体操は欠かせません。

また、運動負荷は決して無理をせずに徐々に強くすることです。そして、ある一定期間トレーニングを続け体力が一定の水準に達すると、同じ負荷でそれ以上続けても効果が現れなくなります。そのために、体力の向上に従って、負荷も徐々に(漸進的に)上げていく必要があります。

 

 


水氣道の稽古はすべてが「準備体操」の積み重ね


水氣道の稽古構成は、親水航法、準備体操(イキイキ体操)、基本五航法、各種応用航法の五段階ですが、親水航法は、その日の稽古全体の準備体操なので、必ず行います。

そして、準備体操(イキイキ体操)は、次の基本五航法の準備体操であり、そして、基本五航法も各種応用航法の準備体操としての役割を担っています。

そして、それぞれの段階においても、細やかなステップがあり、前の体操は、後の体操の準備体操になるようにプログラムされています。

このように、水氣道においては、全体が準備体操であることが特徴であるため、水氣道の稽古は、おのずと「漸進性の原理」によって構成されているということができます。


ただし、一般的には「漸進性の原理」は特に筋力トレーニングの領域で論じられることが多いです。

そこでは筋量増加や筋力増強のためには負荷刺激(強度・量・仕事率など)を次第に高めていかなければ、これらの効果は期待できないという原則であるとされます。

つまり、徐々にトレーニング負荷を上げていくことで筋トレ効果が上がるということです。

 

 


「漸進性の原則」は「過負荷の原理」の基本要素


そして筋力トレーニングを論じる場合には、この「漸進性の原則
に「過負荷の原則」との2つを合わせて「漸進性過負荷(progressive overload)の原則」として紹介される場合もあります。

その理由は、「過負荷の原理」に沿って普段以上の負荷を筋肉に与えても、同じ負荷、同じ回数をいつまでも続けていると、身体が慣れてきて効果が薄れてくると考えられているからです。慣れてきたらまた負荷(重量・回数・頻度など)を徐々に上げていく必要があります。

これを「漸進性の原則」として紹介されることがあります。

トレーニングの頻度にもよりますが「効果が以前より感じられなくなってきた」という時期に入ったら負荷の見直しを行います。

 

トレーニングで運動効果を得るためには、ある程度高い負荷をかける(「過負荷」)必要があります。

日常生活レベルの負荷では身体は反応しないからです。

さらに、負荷や運動量、刺激の方法を段階的に上げていく(「漸進性」)べきです。

その場足踏み状態では、さらなる効果は望めないという理屈です。

 

水氣道では、「漸進性の原則」は、「反復性の原則」および「全面性の原則」とともに「過負荷の原理」を構成しています。「反復性の原則」および「全面性の原則」については、いずれ後ほど説明いたします。

 

 


水氣道では「運動能力」のみならず「感覚能力」も「漸進性の原則」に則って鍛錬する


ここで初心者の方へのアドバイスをさせていただきます。

水氣道では初心者を「体験生」と呼んでいます。

水氣道は、他では行われていない活動であるので、入門者は例外なく初体験をしていただくことになります。

外的あるいは内的を問わず何事かに直接に接触し、あるいはぶつかり、そこから技能・知識を得ることによって自分を豊かにしていくことを経験といいます。体験するということは、とくに「自分が身をもって」経験することです。


経験というものを言い換えると、人間が外界との相互作用の過程を意識化して自分のものにすることですが、実際に、このことを実現させるためには「自分が身をもって」実践すること、すなわち、実際に体験してみることが求められます。

経験とは人間のあらゆる個人的・社会的実践を含みますが、体験することなしに、人間が外界を変革するとともに自分自身を変化させることは困難です。それを実現するための活動が体験であるといってもよいでしょう。


それでは、水氣道ではどのように体験したらよいのでしょうか。

まずは、小さく始めましょう! 「水に入ったら泳ぎ始めなければならない」と強迫的に考えてしまう方が多いことに気づかされますが、人間は起立二足歩行で移動する動物です。

ですから、水中でまっすぐに立ってみるだけでも有意義な体験です。

まずは、水中に立ってその感覚をゆっくり味わってみましょう。

水氣道の体験は運動するだけでなく感受することも含めています。

つまり、運動能力だけでなく、感覚能力を鍛錬するのが水氣道であることを心得てください。


ですから、まずはゆっくりとしたペースで、少ない運動から始めることが大切です。

いきなり体の準備ができている以上の運動をしようとすると、体験を味わうことが疎かになるばかりか、ケガをしてしまう可能性があります。

毎回少しずつやって、新しい動きに体が慣れるようにしましょう。

そうすればすぐに慣れるので、いつの間にか安全に、よりハードな運動ができるようになります。

また、ある課題をこなすべきだと思っていても、体がそれについていけないと、とてもがっかりすることもあり、せっかくのモチベーションを低下させてしまいます。

 

次は、過去に運動をしたことがある人で、しばらく休んでからまた始めようとしている人へのアドバイスです。

約2週間以上休んでいる方は、稽古計画を調整する必要があります。

自分のペースを取り戻すために時間をかけましょう。

もし何ヶ月も、あるいは何年も休んでいるのであれば、自分は初心者(体験生)だと思ってください。

そのような場合でも、安心してください。あなたは筋肉の記憶を持っているからです。

あなたの体は、ほとんどの場合、真の初心者よりも少し速く反応します。しかし、あなたは過去のルーチンの水準にいきなりジャンプすることを期待してはいけません。

そのときのあなたの体は、あなたの意識ほどには準備ができていませんし、慎重さを見失うと、あなた自身が怪我や障害を来すように設定されているからです。


トレーニングは個々の身体能力より軽い負荷を用いて行っても効果は薄いですし、逆に高すぎると傷害などのリスクを高めてしまうので、両者の兼ね合いが大切です。

ですから、負荷を高くする場合、一度に一気に上げるのではなく、長期的に考え、ゆっくりと高めることがポイントです。

急激な負荷の増大は怪我や障害のリスクを高めたり、トレーニング効果を減少させたりしてしまう恐れがあるからです。

先を急いで伸び悩むよりも、ゆっくりと始めて、少しずつ、より安全に楽しめるような挑戦的なものにルーティンを組み立てていくことの方がずっと簡単です。

怪我や障害の話をしましたが、最初から気が狂うような運動マニアのように始めないように、「漸進性」の原則に従うためのモチベーションを少しあげてみましょう。

「漸進性の原則」によって<生涯エクササイズ>としての水氣道の基礎は確かなものになる


水氣道は、このような考えの上に立って怪我や障害のリスクの低減をはかり、安全性の高いトレーニングを目指すことによって稽古内容が体系化されてきました。

ですから、水氣道はあらゆる武道やスポーツの中でもとりわけ安全性が高い活動であることが特徴であり、大切な本質でもあります。

なぜこれが大切かというと、水氣道は競技ではなく、障害エクササイズを目的としているからです。

ですから、安全に、そして一生運動できるようになりたいものです。これが大事なことです。

小さなこと、易しいことが一生涯続けられることです。ですから、先を急がず、ゆっくりと始めてください。