第3週:消化器・肝臓病・腫瘍医学、炎症性腸疾患(IBD)

 

やっかいな腸の病気の代表として炎症性腸疾患(IBD)があります。

けっして稀な病気ではなく、当クリニックの前身、高円寺南診療所の30年の歴史の中で数名発見しています。

 

この疾患は若年で発症し、腹痛、下痢、血便などの症状を呈し、再燃と寛解を繰り返しながら慢性に持続するため、当初は、圧倒的多数である過敏性腸症候群という診断のもとで心療内科でケアを続けていることも少なくありません。

 

心療内科を標榜する医師が内科をはじめとする身体疾患について十分な知識と経験を積んでいないと、患者さんに大きな不利益を被らせてしまうことになる例の一つがこの疾患です。

 

 

心療内科の専門医として慢性的に腹痛、下痢、血便などの症状を呈する患者さんの見立てにおいて大切なことがあります。

それは、患者さんのそれらの症状が純然たる身体疾患によるものなのか、ストレスなどの心理社会的因子が関与する心身症なのか、それとも、身体疾患ではあるが心身症としての側面をもつものなのかということを評価することです。

 

開業医として30年以上の経験を積んできた私の立場から言えることは、いわゆる寛解と増悪を繰り返すような身体疾患において、心理社会的因子が全く関与しない症例は皆無であるということが言えます。

逆に、純然たる心身症もほとんど存在しないと考えています。

ですから、寛解と増悪を繰り返す慢性疾患は、そのほとんどは心療内科専門医が主治医として優先的に対応し、必要に応じて領域別専門医等を紹介して長期的管理をしていくべき疾患群だというのが私の持論です。

また、その覚悟のもとに日常診療を実践している医師のみが心療内科医を名乗るべきではないかとさえ考えております。

 

 

さて炎症性腸疾患(IBD)の症状は、腸をはじめとする下部消化器症状だけではなく、腸管外合併症といって、関節、皮膚、目など全身に症状が及ぶことがあります。ですから、免疫/炎症疾患に詳しいアレルギー専門医やリウマチ専門医が診療を担当することもあります。

 

IBDは、遺伝的素因に食餌や感染などの環境要因が関与して腸管免疫や腸管内細菌叢の異常をきたして発症すると考えられています。

そして、環境因子としてはストレスフルな環境要因も強くかかわってくるために精神的ストレスによって症状が増悪することを患者さん自身が報告してくれることも少なくありません。

 

若年で発症し、腹痛、下痢、血便などの症状を呈し、再燃と寛解を繰り返しながら慢性に持続するIBDですが、これには主要なタイプが2つあります。

それは、安倍元首相を終始苦しめていたことで有名になった潰瘍性大腸炎(UC)と、もう一つはクローン病(CD)です。

ですから、心療内科専門医としても、一般内科医や消化器内科医と同様に、この2つの疾患の鑑別をすることが不可欠です。

最終的には画像診断や生検によって確定診断を行うことになりますが、それまでの間にある程度の鑑別を行っておくことはとても意味のあることだからです。

ただし、IBDの鑑別で問題になるのは、UCやCDの他に感染性腸炎があります。鑑別のためには、便の細菌学的・寄生虫学的検査による除外診断が必要になります。

 

私が経験したのはイタリア系米国人の男性で、超音波検査によって肝臓に多発性膿瘍を確認しました。

そこで、河北総合病院の消化器内科にてアメーバ性肝膿瘍であることが判明し、退院の後に症状増悪したため、次には国立国際医療センター(当時)に転院していただいたところ、HIV(エイズ)感染が判明し、その後、しばらくしてお亡くなりになりました。

 

心療内科専門医としては、腹痛、下痢、血便などの症状のうち血便があれば心身症というよりも、あきらかな器質的疾患の存在を強く疑い、まず潰瘍性大腸炎(UC)を疑います。

 

そして、その血便が持続性・反復性の血性下痢であれば、なおさらその疑いが濃厚であり、他に、腹痛や頻回の便意を伴うようであれば、ほぼUCであると考えて、消化器内科を紹介し、診断を確定するようにアドバイスします。

なお、UCでは大腸癌を合併することもあるため、大腸の内視鏡検査は不可欠です。

これに対して、腹痛や下痢が主体で慢性的な経過を示す例では、ほとんどが下痢型の過敏性腸症候群なのですが、肛門部病変、体重減少、発熱などを伴う場合は、クローン病(CD)を強く疑います。

 

 

ここで、心療内科専門医の立場から、解説を少し加えてみます。

 

1950年にアレキサンダーは7つの代表的心身症のうちの一つとして潰瘍性大腸炎(UC)を取り上げました。UCが心身症である根拠として、UCの発症とライフイベントとの間には関連のある症例があること、患者の性格特性として感情の依存、内的敵意、自意識過剰、几帳面などがあること、心理療法の有効な症例があることなどが挙げられています。

ただし、こうした心理的因子の関与が発症との関連性が乏しい症例もあるため、心理的は病因というよりは増悪因子として働くことがあると考えるべきでしょう。しかし、UCという診断が確定した後は、心身症としてのサポートは不要であると考えるのは誤りであり、むしろ薬物療法の効果を高めるためにも心身医学的ケアが有用であるはずです。

 

クローン病(CD)については、この疾患に罹患したことによって心理的異常をきたすことが知られています。また、心身医学的には、情動や行動がクローン病の消長に影響するという見解があり、ストレスによって下部消化管の慢性炎症が増悪する動物モデルとの類似性が指摘されています。

 

炎症性腸疾患(IBD)に対する現在の治療の目的は、腸の炎症を抑えて腹部症状をやわらげ、患者さんに正常な社会生活をおくっていただくことです。ですから、治療に当たっては、個々の社会的背景や環境、さらには心理的側面を十分に考慮した上で、治療目標の設定とそれに必要となる適正な治療を判断し、話し合いを通じて、具体的な目標を共有し、治療方針を決定していくことになります。

日常の生活リズム、睡眠覚醒や日常の食生活や運動、情緒や心の安定と充実に資するサポートを工夫していくことになります。