第5週:血液病・循環器 ④

 

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提示の症例は、血液専門医試験の過去問ですので、当然ながら、問いがあります。この症例は限られた情報提示であるにもかかわらず、2つの問いが設けられていました。

 

今回は、第一問目を通して、症例に対する理解を深めていきたいと思います。

 

❶ 21歳の女性。

 

❷ 他院で9歳時に特発性血小板減少性紫斑病の診断を受け、

 

❸ γ-グロブリン大量療法、プレドニゾロン療法を受けたが、治療抵抗性であったため、

 

❹ 現在は治療を中止し無治療で血小板2万程度を推移している。

 

❺ 経過中出血傾向はほとんどなかった。

 

❻ 現在妊娠28週で血小板2.3万/μL、

 

❼ 出産を希望している。

 

❽ なお、母と弟も血小板減少を指摘されている。

 

 

まず、なすべきことは何か。

 

a. 末梢血塗抹標本を観察する.

 

b. ヘリコバクタ―・ピロリ感染の有無を調べる.

 

c. プレドニゾロン療法を再開する.

d. 骨髄検査を施行して診断を確かめる.

 

e. 血小板輸血を行い、その効果を確かめる.

 

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本症例は、❷ 9歳時に特発性血小板減少性紫斑病(ITP)の診断を受けています。そして、❸ 治療抵抗性であること、❺ 出血傾向に乏しく、❹ 病状が安定していること、さらに❽ 血小板減少の複数の家族歴があり、遺伝性であることが疑われることから、特発性血小板減少性紫斑病(ITP)というより、むしろ先天性血小板減少症を疑います。とくにITPは遺伝しないことを知っていれば、家族歴の聴取は鑑別のため大切な決め手になります。

 

いずれにしても、この症例に対してなすべきことは診断の確定と治療指針の策定になりますが、まずなすべきことは、診断の確定です。正確な診断のためにはまず、a.末梢血塗抹標本で血球形態を詳細に観察することが必要です。その他の検査として、d. 骨髄検査を施行して診断を確定することになりますが、これは基本的な末梢血の検査の後に行います。また、b. ヘリコバクタ―・ピロリ感染の有無については、検査の結果、仮に感染を認めたとしても、❼ 出産および産後の授乳のためには、ヘリコバクタ―・ピロリ除菌療法などによって、薬剤の母乳移行のデメリットを考慮すれば、無治療経過観察が妥当です。したがって、❻ 妊娠28週の段階で優先的に行なうべき検査とは考えられません。

 

ITPの経過と予後について、小児患者の8割は1年以内に自然軽快します。そして欧米のガイドラインでは、血小板数が少なくても出血症状が無ければ、治療は不要とされています。一方、成人ITP患者の9割は慢性化します。血小板数が3万/μL以下に減ると、健常者と比べて出血による死亡リスクが高いことから、治療開始を検討します。

 

治療の目標は血小板数を正常化させることではなく、致死的な出血を避けることにあります。成人の場合、血小板が3万/μL以下に減少し、かつ出血症状があれば治療開始を検討します。この症例では、❸ γ-グロブリン大量療法、プレドニゾロン療法をすでに受けています。プレドニゾロン(副腎皮質ステロイド)は一次治療で用いられます。γ-グロブリン大量療法(免疫グロブリン静注療法)は通常は緊急時の治療のみで用いられます。一次療法が無効な場合は二次療法として、トロンボポイエチン受容体作動薬(血小板造血因子製剤)、抗CD20抗体(リツキシマブ)、脾臓摘出術などの中から選択して実施されることがあります。

 

それでは、この症例の今後を検討していくことにしましょう。