認知症を考える「症例は小説より奇なり」No5(炎の巻)

第4週:神経病・内分泌・代謝病    

 

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人の脳は加齢とともにその機能が老化し、記憶力のほか、判断力や適応力などが 衰えてきます。物忘れも次第に増えていきますが、これは自然な老化現象で認知症ではありません。


年齢を重ねると、脳の老化によって誰もがもの忘れをしやすくなりますが、加齢に伴うもの忘れと、認知症は大きく違います。

 

しかし、改めて加齢によるもの忘れと認知症の違いは?という問いに明確に答えられるようにしておきたいものです。そこで加齢によるもの忘れと、認知症によるもの忘れの違いについて、どう違うのか簡単に解説します。

 

加齢によるもの忘れ

 

• もの忘れを自覚している

 

• 体験したことの一部を忘れる

 

• ヒントがあれば思い出す

 

• 日常生活に支障はない

 

• 判断力は低下しない

 

 

 

認知症によるもの忘れ

 

• もの忘れの自覚がない

 

• 体験したこと自体を忘れる

 

• ヒントがあっても思い出せない

 

• 日常生活に支障がある

 

• 判断力が低下する

 

以上に関連して、過去の一定期間の出来事を思い出せない状態を健忘と呼びます。健忘症にはおもに、前向性健忘と逆向性健忘の二つの症候があります。発病時点を境に、その後に経験した新しい出来ごとの再生ができなくなるのが前向性健忘です。これに対して、発病以前に体験したエピソードを再生できなくなるのが逆向性健忘です。
 

逆向性健忘は、最近のことよりも、むかしのことのほうがよく思い出せるという「時間的勾配」をともなうことが多いです。若いころの話はくり返しするけれど、きのう食べたものは忘れているというお年寄りがいらっしゃいます。健忘症では、そのような傾向がより極端になっているといえます。

 

〈いつWhen〉〈どこでWhere〉〈なにをWhat〉の3Wが錯乱する
 

前向性健忘と逆向性健忘は健忘症の中核となるよくみられる症候です。この他にも記憶錯誤という症状がみられることがあります。定義上は、誤記憶と偽記憶と重複記憶錯誤の三つに分けられます。

 

誤記憶は、過去の経験や事実を誤って追想することです。人の名前や場所を間違えるのは誤記憶の一種といわれています。恋人と出かけて、「ここは前にも来たよね」、「来てないわ」と。元カレ・元カノとの記憶が混在し、いまの恋人との記憶として誤って再生される。私たちの生活でも有りうることですが、健忘症の方はこれが頻繁に起こり、なにがほんとうの記憶なのかわからなくなる場合があります。                               

 

偽記憶は、過去に経験していないことを実際にあったこととして追想するものです。前にあったことをベースにつくられるのが誤記憶であるのに対して、偽記憶はなかったことをあったかのように思い出してしまう。

 

時間は一度きりなので、同じ出来ごとを二回は体験できません。ですから、「いつ、どこで、なにをした」という出来事は、かならず一回きりです。たとえば毎週水氣道に行って、まったく同じ稽古場で、同じ時間帯で、同じ顔触れで、同じ内容の稽古をしても、日付が違いますから、もちろん気分や感情や体調も同じではありません。
 

それにもかかわらず一つしかないはずの場所や人物、出来ごとがもう一つ存在するという主張するのが、今週採りあげてご紹介してきた重複記憶錯誤です。「現在、私がいる杉並国際クリニックは、阿佐ヶ谷にも同じものが存在している」と思い込むようなことです。「実際にはありえないとわかっている」と患者さんは言うこともあるのですが、とにかく感覚として、異なる場所に同じ場所や人物が同時に存在する気がするのです。

 

重複記憶錯誤では、患者は非現実的で矛盾した内容を確信的に語るため、背景に何らかの思考障害や妄想性障害が想定されることがあります。名古屋市立大学名誉教授の濱中淑彦によれば、カプグラ症候群ではしばしば入れ替わった対象に対して猜疑的、被害的である一方、重複記憶錯誤では対象の重複に対しむしろ肯定的な態度を示し、多幸的ないし無関心な傾向がみられる場合が多い特徴があります。また、カプグラ症候群では入れ替わりの対象は原則として人物であり、場所のみを対象とする報告がない一方で、重複記憶錯誤では人物の重複よりむしろ場所の重複が主であると言う差異があります。両者を同一の現象と見なすかどうかについては、未だ学派により意見の分かれるところです。
 

このように、認知症といっても単にアルツハイマー型とか血管性とか、あるいは、せいぜいレヴィ―小体型認知症とかの典型的な器質的脳疾患を主に扱う神経内科的理解では対応できない深く複雑な精神医学的臨床像がみられることがあります。
 

心療内科専門医・指導医として今後も認知症を診る場合には、内科医として神経内科の研鑽をするとともに、心理療法や心身医学療法を駆使しる内科医として、精神医学の見立ても同時に研鑽していかなければならないものと考えています。