統合医療(東洋医学・心身医学)、新型ウイルス感染症の漢方戦略(承の巻)

 

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ウイルスは、身体の表層で顕著な症状を引き起こさずに身体内に侵入する性質がありますが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は特にその傾向が強く、無症状のままに罹患し、かつ感染者はそれとは気づかないまま市中感染を拡大させ、あっというまに世界中に蔓延してしまいました。

 


こうしたウイルスに対する生体の一般的な防御機構について、東洋医学的には、外部からの病毒の侵入に対する防御は「肺」や「脾」が担当するものとしています。「肺」は生体の表層機能を担当し、侵入部位から体外に向けて排除する手段(発汗、流涙、鼻汁、痰、くしゃみ、咳)によって、皮膚や粘膜などの表層で処理して深部への侵入を食い止めるように働きます。「脾」はすでに消化管に入ったウイルスに対して消化酵素や下痢などの手段で解毒したり体外に排出したりします。さらに血液においては抗体による体液性免疫やリンパ球などの細胞性免疫が対応します。ウイルスは宿主生体の細胞に寄生し、遺伝子操作によって自己増殖するのですが、これは生命の中枢を司る「腎」の機能を脅かすことになぞらえることができるようです。ウイルス感染の発症や重症化には、表層だけでなく、深部の防衛と関連の深い「腎」のエネルギーの消耗(腎虚)が背景にあることが推測されます。基礎疾患を持つ人は、この腎虚の状態であるため、罹患し易く、また重症化もし易いということができるでしょう。身体内部で生命を脅かす存在に対する防衛機能は「腎」が関与します。

 

 


Step2罹患・発症初期

 

これは感染から約5日間(最長14日)の潜伏期を経て、感冒様症状(発熱、咽頭痛、鼻汁など)が出現しはじめて3日目までの時期に相当する時期です。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の急性期症状として咳、発熱、呼吸困難、筋骨格系症状(筋肉痛、関節痛、倦怠感)、胃腸症状、無嗅覚症/味覚異常が知られています。

 

インフルエンザなどのウイルスでの死亡原因の一つに、高熱を発してウイルスと闘争する結果、脱水や身体の消耗、高温による神経組織の損傷などが知られています。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も同様です。ただし、COVID-19での病態ではサイトカイン・ストームが生じ、免疫の過剰や混乱が病状を急激に悪化させることが問題となっています。私が専門としているアレルギーや膠原病(関節リウマチはその代表)などの自己免疫疾患の病態は、東洋医学的には腎気の乱れとして解釈し、そのため腎気を整える治療を行います。その治療薬の代表が『大防風湯』です。「関節が腫れて痛み、麻痺、強直して屈伸しがたいものの府議の諸症:下肢の関節リウマチ、慢性関節炎、痛風」で保険適用なのですが、予防投与目的では保険処方ができません。また、腎気が弱った人の予防薬として安全に用いる場合には不十分で不適切な場合があります。そこで、補腎作用が強化された薬が望ましいです。
 

 

 

推奨基本薬3:

『独活寄生丸(どっかつきせいがん)』

 

この薬は『大防風湯』と同様の生薬構成に加えて、桑寄生、細辛、桂皮によって補腎作用がより強化されています。体表の発散を強める作用や健脾補気、養血・活血の作用を備えた構成生薬群とともに生体機能の土台を少しずつ強化します。
 

COVID-19は罹患のタイミングに気づきにくいことが問題になっています。しかも、ウイルス感染症は急速に症状が悪化するため、何となく普段とは違う、かすかな違和感の段階で、つまり、明らかに発症したという確証に至らない、わずかな前兆を感じた時点で、すぐ内服できるように、いつも手元に準備しておいていただきたいと思います。
 

そこで、高齢者や腎虚傾向のある人の場合は、普段から「衛気」を強化しておく必要があるため、黄耆を含む推奨基本薬1:『玉屏風散(ぎょくへいふうさん)』を予防段階から併用しておくことが望ましいです。

 

それから、コロナパンデミックがメンタルに及ぼす影響が見落とされがちです。特徴的なのは、感染にまつわる不安・恐怖です。⼀般の⼈々は「感染するのではないか」「この症状は感染によるものなのではないか」、「家族等⾝近な⼈が感染したらどうしたらよいのか」等、感染に関わる直接の不安・恐怖を抱き易い状況に陥り易くなります。このようなストレスフルな心理状態が心身のエネルギーの消耗さらには生命力を脅かす「腎虚」となり、免疫力を大いに損なうことについての認識と対策は非常に欠落しています。

 

 

旧くて新しい常識④ 漢方は体とともに心を癒す
 

強い倦怠感や熱感を急に感じたら、熱が出る前かもしれません。漢方的な診察をすれば、すでにこの時点で「浮脈、数脈」になっていれば熱が出てくる可能性が高いと判断することは可能です。しかし、即座に受診できないことがほとんどであるため、違和感の種類を目安として、いくつかの手持ちの臨時追加薬の中から一つを選んで内服します。

 

ケースA)ノドの違和感:鼻汁もしくは咳、発熱(熱感を含む)、頭痛など
推奨臨時追加薬A:『金羚感冒散(きんれいかんぼうさん)』

 

ケースB) 胃腸の違和感:胃腸症状、全身倦怠感、無嗅覚症/味覚異常など
推奨臨時追加薬B:『藿香正気散(かっこうしょうきさん)』

 

ケースC) 全身の違和感:発熱、呼吸困難感、
筋骨格系症状(筋肉痛、関節痛、倦怠感)
推奨臨時追加薬C:『柴葛解肌湯(さいかつげきとう)』
 

 

 

旧くて新しい常識⑤ 

漢方なら鎮痛解熱剤は不要です

 

生体は、熱を産生することでウイルスと闘うため、解熱剤の使用は極力避けたいところです。鎮痛解熱剤は、熱産生だけをブロックして、炎症性サイトカインを抑制できないので、一時的に解熱しても、薬が切れるとすぐに熱が戻ってしまいます。これを繰り返していると、体力は激しく消耗し、病状を悪化させ、肺炎ばかりでなく、血栓形成や多臓器不全をもたらし、命取りになることがあります。

患者が解熱剤を欲しがるのは、その多くが誤解に基づくものだと思います。

 

誤解1:✖ 解熱させれば感染症は治るものだ

 

誤解2:✖ 高熱を放置するのは危険だ

 

誤解3:✖ 解熱させないと家族にうつしてしまう

 

1918年に始まったインフルエンザの世界的流行(スペイン風邪)の日本でも流行し、多数の犠牲者が出ました。それに関しての唯一の公式の報告書である内務省衛生局編『流行性感冒』という資料にも、「解熱剤厳禁」、「解熱剤を用ひざること」、「早期解熱剤禁止」、「解熱剤制限」など当時の代表的医師の戒めが記されています。解熱剤の使用によって、かえって患者の容態を悪化させ、死に至らせたことの百年以上も前の歴史的反省と教訓が、今日の医療に十分に生かされていないことを残念に思います。

 

普通感冒では、解熱剤を使用すると治りが遅くなることが実証されているので、感冒を多くみる小児科医は、ほとんど解熱剤を出さなくなりました。

ところが、今回の新型コロナウイルスでは、解熱剤と、必要に応じて酸素投与が当たり前のように行われています。解熱剤を多用すると免疫力が落ちるので、治りが遅くなる可能性が多分にあります。
 

解熱剤を使わなくとも、早期に漢方治療を開始することができれば、それだけ、ウイルス量が増える前に、減少させることができます。また炎症性サイトカインによる筋関節痛や発熱も鎮めることができるので、軽い感冒様症状のうちに治癒させられる可能性が高まるのです。

漢方薬には「熱を出せ、炎症を起こせ」という命令である炎症性サイトカインを正常化させる作用があるからです。漢方を早期から飲むだけで、高熱の出やすいインフルエンザでも一晩で解熱し、節々の痛みがすぐにとれて、ウイルスも一晩で数が減るので、そのまま快方に向かうことが多いのです。ただし、漢方であっても、石膏は解熱剤と同様の影響をもたらすため、石膏を含む漢方薬はなるべく控えるべきでしょう。そのかわり、どうしても熱で苦しく辛い、という場合には、漢方のマイルドな清熱薬をお勧めします。

 

高熱そのものよりも、サイトカイン・ストームや発汗に伴う脱水症に伴って生じる血栓症の予防対策は、より早期に初めて欲しいものです。予防はシンプルで安価で体に優しいからです。これに対して、ひとたび血栓が形成されてしまうと対応が困難になってしまいます。『地竜(地竜)』に含まれるルンブロキナーゼには抗血栓作用があることが示さています。実際に糖尿病、高血圧症、バージャー病などの患者にこの酵素を服用させた結果、それぞれの患者の病状が改善したという報告もあります。これらは、中医学あるいは漢方では、概ね血瘀または瘀血という病態に相当し、「地竜」は駆瘀血剤(瘀血を治す薬)であり、通経絡(「経絡」というエネルギーの流れの滞りを改善する薬)と考えることができます。

 

 

 

ケースD)

推奨臨時追加薬の『金羚感冒散(きんれいかんぼうさん)』や『藿香正気散(かっこうしょうきさん)』を服用しても症状の改善が認められず、気分体調がすぐれない場合や頭痛を伴う場合などに、全身状態の改善と血栓症予防を目的として服用。

 

推奨臨時追加薬D:『地竜(じりゅう)』