注目の循環器疾患:破(ステップ)の巻

9月29日(火)
第5週:血液病・循環器        

 

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カフェインで注意すべきなのは、中毒症状発現量と致死量の差が狭く、生物に対する毒性は強いとされることです。しかも、ごく普通に身近に存在し、さまざまな用途や場面で人体に摂取されていることで無防備となりやすいことも問題となります。今回の症例は、意識障害に至っているため、意識障害を正しく評価することによって適切な対応を迅速に判断しなければなりません。

 

精神症状:

(意識障害からある程度回復しないと、これを評価することはできません。したがって、この症例に関しては、意識回復後の観察が重要になります。)
落ち着きがなくなる、緊張感、感覚過敏、多弁、不安、焦燥感、気分高揚、一時的な不眠症を生じます。重症になると、精神錯乱、妄想、幻覚、幻聴、パニック発作、取り乱す、衝動性などが現れ、酷いと自殺行為に及ぶ場合まであります。神経質な人やうつ病、不安障害、パニック障害などを患っている人は重症化しやすく、症状の悪化をきたしやすいです。ただし、

身体症状:

(身体症状は意識障害の評価と並行して観察することができるものが含まれています。)

循環器の症状のほか、顔が赤くなったり、頭痛を引き起こしたりします。また胃痛、胸痛、吐き気、嘔吐などの消化器症状がみられます。この嘔吐によって、誤嚥性肺炎がもたらされることがあります。

 

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⓫ 現症(1)呼びかけにより開眼

 

⓬ 現症(2)「アー」と発語はあるが問いかけには答えられない。

 

⓭ 現症(3)痛み刺激に対して手で払いのける。

 

⓮ 現症(4)体温38.2℃。

 

⓯ 現症(5)心拍数148/分、整。

 

⓰ 現症(6)血圧98/78㎜Hg。

 

⓱ 現症(7)呼吸数30/分。

 

⓲ 現症(8)SpO₂97%(マスク5L/分酸素投与下)。

 

⓳ 現症(9)瞳孔径5mmで左右差を認めない。

 

⓴ 現症(10)口腔内に吐物を認める。

 

㉑ 現症(11)運動麻痺を認めない。

 

㉒ 現症(12)腱反射の異常を認めない。

 

㉓ 現症(13)心音に異常を認めない。

 

㉔ 現症(14)両胸部にcoarse cracklesを聴取する。

 

㉕ 現症(15)多量の尿失禁を認める。

 

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<解説> 

意識障害の評価尺度としては、わが国では簡便な日本今種尺度:Japan Coma Scale<JCS>(3-3-9度法式)が良く用いられてきました。しかし、運動の評価ができない欠点があります。これに対して、世界的に使用されているグラスゴー昏睡尺度:Glasgow Coma Scale<GCS>は項目が多くやや複雑ではありますが、運動の評価が可能です。

 

⓫ 現症(1)呼びかけにより開眼

⇒ JCSでは、「刺激をすると覚醒する」Ⅱ(2桁)レベルのうち、
10:「普通の呼びかけで容易に開眼する」の水準に相当します。
また、GCSの観察項目:開眼(E)項目の反応スコア3点(4点満点)

 

        
⓬ 現症(2)「アー」と発語はあるが問いかけには答えられない。

⇒ GCSの観察項目:最良言語反応(V)項目の反応スコア2点(5点満点)
       

 

⓭ 現症(3)痛み刺激に対して手で払いのける。

⇒ JCSでの評価は、Ⅱ10水準で確定していますが、仮に、「刺激しても覚醒しない状態」Ⅲ(3桁)であって、この反応が得られた場合はⅢ100となります。
        

一方、GCSの観察項目:最良運動反応(M)項目では、「疼痛部へ手が行く」に相当しスコアは5点(6点満点)となります。

  

⓫、⓬、⓭より、GCS10点(E3、V2、M5)よって意識障害のレベルは、
中等症(10~12点)と評価します。

 

 

⓮ 現症(4)体温38.2℃。

⇒ 中等度以上の発熱の原因は急性カフェイン中毒症ではないと考えられるので、何らかの炎症や感染症の存在が示唆されます。

 

 

⓯ 現症(5)心拍数148/分、整。

⇒ カフェインの心筋刺激作用により心拍数の増加(時に不整脈)が認められます。⓮ 発熱は心拍数増加(頻脈)のための直接の原因となっている他、発汗に伴う脱水も関与しているものと考えられます。

 

 

⓰ 現症(6)血圧98/78㎜Hg。

⇒ カフェインの心筋刺激作用により心筋収縮の促進、心室細動などがもたらされることがあります。このデータは、カフェインによる作用を打ち消す方向での血圧低下と脈圧の低下が生じているとみられます。脱水を伴っていることも併せて、プレ・ショック状態であることを疑わせます。

 

 

⓱ 現症(7)呼吸数30/分。

⇒カフェインの呼吸中枢刺激作用により呼吸が速くなることがあります。その他に、⓮ 発熱や脱水もこれを増強します。その他の要因も検討しておく必要があります。

 

 

⓲ 現症(8)SpO₂97%(マスク5L/分酸素投与下)。

⇒SpO₂97%は、室内空気(room air)の条件での正常データです。マスク5L/分酸素投与下でのデータであるとすれば、明らかな呼吸不全であり、カフェイン中毒によってもたらされる症状ではありません。したがって、呼吸不全に陥った原因の検索が必要です。なお、呼吸不全の結果、⓯ 頻脈や ⓱ 頻呼吸が増強されます。

 

 

⓳ 現症(9)瞳孔径5mmで左右差を認めない。

⇒瞳孔の大きさと対光反射の反応の異常から病変部位を推測できることがあります。縮瞳(<2mmφ)・散瞳(>5mmφ)で、瞳孔径は原則左右同大です。左右差がある場合は異常と考えます。この症例では瞳孔径5mmであるため、わずかに散瞳傾向にありますが、カフェインの作用であると推定することができます。

 

 

⓴ 現症(10)口腔内に吐物を認める。

⇒口腔内の吐物は、吐物誤嚥を疑うべき所見です。カフェイン中毒の身体症状には、胃痛、胸痛、吐き気、嘔吐などの消化器症状がみられます。この嘔吐症状によって、誤嚥性肺炎がもたらされることがあります。

 

㉑ 現症(11)運動麻痺を認めない。

⇒ カフェイン中毒症が重症化すると、足がつるなどの痙攣を起こし、歩行が困難になり運動麻痺となります。

 

 

㉒ 現症(12)腱反射の異常を認めない。

⇒ カフェイン中毒では、一時的な筋骨格の持久力増進、振戦、むずむず感を生じることが知られています。

 

 

㉓ 現症(13)心音に異常を認めない。

⇒カフェインの心筋刺激作用により心拍数の増加が認められますが、不整脈もみられず、心臓の基礎疾患の存在は否定的です。

 

 

㉔ 現症(14)両胸部にcoarse cracklesを聴取する。

⇒ 「coarse crackle」(粗い断続性副雑音)とは水泡音とも呼ばれます。

プツプツあるいはポコポコという低調で粗く、一般に吸気初期より出現するが、呼気にも認められます。気道内分泌物の多い部位を空気が通過する際に生じる非連続的な雑音である断続性複雑音であるラ音の一種です。これは持続時間の短い断続的で破裂的な非楽音様ラ音をいいます。副雑音は呼吸運動に伴って生じる異常呼吸音です、副雑音のうち肺や気道から発生するものをラ音と呼び、断続性ラ音(湿性ラ音)といいます。

 

代表的な疾患として、気管支拡張症やびまん性汎細気管支炎、気管支肺炎、誤嚥性 肺炎などが示唆されます。意識障害を伴っているため、誤嚥が生じ易く、そのため誤嚥性肺炎が併発している可能性があります。所見が両肺に及んでいるため、とても危険な状態です。

 

 

㉕ 現症(15)多量の尿失禁を認める。

⇒頻尿など、JCSでの表記では便尿失禁を認める場合は(I)と付記され、この症例では、10⁻I となります。

 

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<まとめⅠ>
救急医療の現場においては、搬送された患者のバイタルサイン(生命徴候)の確認と評価を手際よく行わなくてはなりません。とりわけ意識水準の評価は若干複雑です。
 

この症例の意識水準は日本式のJCSでは中等度のⅡの水準で失禁を伴う[10⁻I]であり、世界的なGCSではGCS10点(E3、V2、M5)と表記され、意識障害のレベルは、やはり中等症(10~12点)でした。

 

次に、意識障害の原因ですが、カフェイン中毒に関連する症状なのか、それ以外の原因によるものなのかを鑑別しなければなりません。この症例では、先天的な疾患や基礎疾患はみられないため、概ねカフェイン中毒関連症状・所見と考えていきます。その中で、カフェインの直接的薬理作用によるものと、二次的にもたらされた症状なのかを吟味していきます。すると、意識障害、発熱、呼吸不全、口腔内吐物、胸部雑音、尿失禁などはすべて二次的にもたらされた症状であり、しかも患者の生命に危険を及ぼす所見群であることがわかってきました。

 

 

<参考> 
カフェインはアデノシン受容体に拮抗するために覚醒作用を起こします。これは神経細胞へ直接刺激する覚醒剤とは異なり、脳中枢の抑制回路を弱めることで覚醒作用を起こすという間接的な作用によるものです。心筋や骨格筋を刺激し、運動機能を亢進する働きがあります。また腎血管を拡張させ、尿細管での水分の再吸収を抑制するので、利尿作用を起こします。また、膀胱括約筋に取り付いてその作用を抑制しているアデノシンの働きを、カフェインが妨害するために頻尿になるという説もあります。カフェインを摂取してから血中濃度が最高に達するまでは0.5 - 2時間、血中消失半減期は4.5 - 7時間です。

 

カフェインの毒性の指標となる半数致死量 (LD50) は一般に約200mg/kgといわれています。しかし、個体差があり、年齢やカフェイン分解酵素(CYPやモノアミンオキシダーゼ)の活量や肝機能に違いがあるため、致死量は5g - 10gと考えてよいようです。