注目の循環器疾患:序(ホップ)の巻

9月28日(月)
第5週:血液病・循環器

 



今月の第5週のテーマは第114回医師国家試験(令和2年)問題循環器関連のテーマを挙げてみました。3日間のみなので、序(ホップ)・破(ステップ)・急(ジャンプ)でまとめてみます。

 

医師国家試験の問題を改めて検討してみると、残念ながらいろいろな問題点に気づかされます。今回の問題もその一つです。食物でも薬物でも、その摂取量を評価するにあたっては、対象症例(患者)の身長、体重のデータは基本中の基本であるはずなのですが、その情報提供がなされていないことがあります。問題作成者はその道のエキスパート、つまり、ごく限られた領域のスペシャリストがほとんどであるため、どうしても狭い視点での問題意識となりがちです。

 

さて、芸能情報に疎い私ではありますが、最近、自死の報せが多いような気がします。最近では三浦春馬(30歳)さんの突然の訃報があってからも9月14日芦名星(36歳)さん、同月20日藤木孝(80歳)など、何件もありました。

昨日も三鷹のスバル(屋内温水プール)にて水氣道の稽古を終え、高円寺にて戻ってくる列車の中の動画で、女優の竹内結子(40歳)さんの突然の死亡のニュースを目にしました。

本来であれば死ななくて済んだはずの命ですが残念なことです。芦名さんは別として、30歳、40歳、80歳丁度で命を絶たれた三人の思いはどのようだったのでしょうか。

それぞれ、異なる年代ですが、「60歳までには」と考えていた目標を達成できないでいる私自身を振り返ってみると、それぞれがの方が、きっと「30歳までは」、「40歳までは」、「80歳までは」というように、懸命に生きようとしていたのではないか、と思われてきます。

 

世間では、自殺ではなくとも不慮の死という予期せぬ事件が起こります。これは運が良ければ救命することができます。

 

❶ 23歳の男性。


❷ 自宅で倒れているのを発見され救急車で搬入された。

 

❸ 現病歴(1)徹夜でゲームをしており、昨夜から母親の制止を聞かずに市販のカフェイン含有飲料を多量に飲用していた。

 

❹ 現病歴(2)摂取カフェイン総量は2,500㎎以上と推定された。

 

❺ 現病歴(3)今朝、自宅で倒れているのを母親が発見して救急車を要請した。

 

❻ 既往歴:特記すべきことはない。

 

❼ 生活歴(1)家族と同居

 

❽ 生活歴(2)一日中家にいて、外出することは少ない

 

❾ 生活歴(3)3年前に退職後は定職についていない。

 

➓ 家族歴:特記すべきことはない。

 

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❶ 23歳の男性 ⇒ 事故や自殺以外で死亡するリスクは少ない年代です。

 

 

❷ 自宅で倒れているのを発見され救急車で搬入された。

 

イ) 自宅で倒れているのを発見⇒発作性の疾患なのか事故なのか、自殺未遂なのか?

 

ロ)救急車で搬入⇒意識水準が低下し、安全に自力移動できない状態であることが推測されます。

 

 

❸ 現病歴(1)徹夜でゲームをしており、昨夜から母親の制止を聞かずに市販のカフェイン含有飲料を多量に飲用していた。

 

⇒ 市販のカフェイン含有飲料の種類は豊富です。さて、「カフェインはどの位の時間の間に、どの程度の量を摂取したのだろうか。現在の血中濃度はどれ位なのだろうか。」臨床医であれば、直ちに、このような疑問が浮かんできます。それを推計するには、患者の身長・体重のデータが必要なのですが・・・

            

カフェインの過剰摂取によって深刻な急性中毒が生じることがあります。カフェインを含む食品には、コーヒー、コーラ、栄養ドリンク、緑茶、紅茶、ココアなどがあり、これらの食品の常用によることが多いです。

 

イ) 徹夜でゲーム

⇒ 俗に「ゲーム中毒」「ゲーム依存症」「ゲーム脳」。世界保健機関が2018年に6月18日に公表した ICD-11(国際疾病分類 第11版)では「物質使用症(障害)群または嗜癖行動症(障害)群 - 嗜癖行動症(障害)群」および「衝動制御症群」カテゴリにおいて「ゲーム症(障害)」が採用されました。

ICD-11における「ゲーム」とはデジタルゲームまたはビデオゲームを指し、インターネットを使用したオンラインによるものも、オフラインによるものも含まれます。ネット上で不特定多数の者とプレイできるオンラインゲームに関しては、「インターネットゲーム障害」としてアメリカ精神医学会(APA)のDSM-5(2013年)ですでに記述されています。ただしこの「インターネットゲーム障害」は今後の研究のための病態であり、公式の精神疾患として採用するためには証拠が不十分と判定されたもので、今後の研究が推奨される病態として基準が示されたものです。

 

 

ロ) 昨夜から母親の制止を聞かず

⇒親子関係の失敗?機能不全家族で育った子供はまず親との人間関係作りに失敗しており、人間関係の基礎が人間不信になっている場合があります。いじめがきっかけで引きこもりが発生するケースが多く、ひどい場合は解離性障害を発生します。

 

 

ハ) 市販のカフェイン含有飲料を多量に飲用

⇒ 急性カフェイン中毒が疑われます。  

カフェインは、モダフィニル、メチルフェニデート、メタンフェタミン(覚醒剤)と並ぶ代表的な中枢興奮薬の一つです。主に中枢神経系を興奮させる薬ですが、依存性や薬物乱用が問題となる薬剤も含まれるため、適応は限られます。なかでもメタンフェタミンは覚醒剤であるため、臨床的に使用されることはほとんどありません。カフェインは、眠気、倦怠、頭痛に適応がありますが、大量投与で振戦、不整脈、不眠、不安などの副作用を来します。

 

 

  
❹ 現病歴(2)摂取カフェイン総量は2,500㎎以上と推定された。

⇒ 世界保健機関による『ICD-10 第5章:精神と行動の障害』ではF15.0カフェインや他の精神刺激薬による急性中毒で、診断基準はありません。

しかし、カフェインは1日に250mg以上摂取すると、焦燥感、神経過敏、興奮、不眠、顔面紅潮、悪心、頻尿、頻脈などの症状が現れることがあります。この量はDSM-IV-TRにおけるカフェイン中毒の診断基準Aに相当します。そして、実際にこれらの症状を5つ以上満たすと診断基準Bに該当します。さらに診断基準Cの著しい苦痛や社会や職業的な機能の障害があるという、重症な場合がカフェイン中毒です。
         

この症例では、250㎎の10倍量を摂取しているため重症である可能性が高いです。

 

 

 

❺ 現病歴(3)今朝、自宅で倒れているのを母親が発見して救急車を要請した。

⇒意識障害か。一般的な成人では、1時間以内に 6.5 mg/kg 以上のカフェインを摂取した場合は約半数が、3時間以内に 17 mg/kg 以上のカフェインを摂取した場合はすべての場合に急性症状を発症します。後者の場合、重症になる確率が高くなります。また神経圧迫による視覚異常や聴覚異常が生じることは確認されています。
         

この症例については具体的なデータが提示されていないため、仮に体重を65㎏として計算をして参考値を求めてみます。
         

急性症状発症閾値、
        

・1時間以内・・・6.5 mg/kg × 65㎏ =422.5㎎

・ 3時間以内・・・17 mg/kg × 65㎏ =1,105㎎
         

ついで、この症例が徹夜でゲームをしている間中、一定の割合でカフェインの摂取を続けていたとして、この時間を仮に9時間とすると、
        

9時間で2,500㎎以上のカフェインを摂取したことから、
         

・1時間以内に 2,500× 1/9  = 277.8㎎、

体重1㎏あたりでは 277.8㎎ ÷ 65㎏ =4.3<6.5 mg/kg

よって、摂取開始1時間以内では、急性症状は出現しない可能性。

 

・3時間以内に 2,500 ×3/9 = 833.3㎎、

 

体重1㎏あたりでは 833.3㎎ ÷ 65㎏ =12.8<17 mg/kg

 

よって、摂取開始3時間以内でも、急性症状は出現しない可能性。

 

なお、200 mg/kg 以上摂取した場合は最悪の場合、死に至る可能性があります。この症例では、200 mg/kg ×65㎏ = 13,000㎎以上で致死的となる可能性がありますが、おおよそ<摂取カフェイン総量は2,500㎎>とするならば、救命できる可能性が高いです。
 

ただし、カフェインを分解する酵素(CYP1A2やモノアミン酸化酵素)を阻害する薬物などと併用した場合、カフェインの代謝が遅れ、症状が長引くことや悪化することがあるので要注意です。

 

 

❻ 既往歴:特記すべきことはない。

⇒ 基礎疾患、慢性疾患は否定的、まずは急性疾患、とりわけ救急としての対応が必要。しかし、この既往歴は当てにならない可能性があります。たとえば、不登校や引きこもりなどは病気と結びつけて理解されることが少ないからです。

 

 

❼ 生活歴(1)家族と同居

⇒職業は?

 

 

 

❽ 生活歴(2)一日中家にいて、外出することは少ない。

⇒ 最近では、自宅での在宅勤務の割合も増えてきましたが、この症例に関しては典型的な「引きこもり」か?「引きこもり」と関連の深い精神障害の主なものとしては、広汎性発達障害、強迫性障害を含む不安障害、身体表現性障害、適応障害、パーソナリティ障害、統合失調症、ゲーム(ゲーム依存症)、インターネット(インターネット依存症)などをあげることができます。精神疾患発症の中央値はOECD諸国では14歳前後でした。

 

 

❾ 生活歴(3)3年前に退職後は定職についていない。

⇒現在23歳。3年前20歳まで就業。学歴は中卒、高卒、あるいは高校中退等の情報が得られるかもしれません。不登校歴も重要です。日本のある研究では、引きこもり(6カ月以上自宅に滞在)を理由として精神保健福祉センターにカウンセリングに訪れた16-35歳のうち、その80%は精神疾患が診断され、その33%は統合失調症もしくは気分障害、32%は一般的発達障害もしくは精神遅滞、34%はパーソナリティ障害もしくは適応障害でした。ただし実際重度の強迫性障害や統合失調は就労不可能である場合がほとんどです。


学齢期に不登校だった状態がそのまま続いてひきこもりになっている人もいるが、社会人になった後、職場の人間関係、追い出し部屋、セクハラ、リストラ、などの要因から心をすり減らし引きこもりになった人も少なくありません。

 

一度会社を辞めただけで社会との縁までもが切れてしまう背景には、なかなかリセットすることが許されない日本の社会構造があることが指摘されています。典型的な問題として、いったん、社会の枠組みから離脱してしまうと、どんなにあがいてもなかなか再就職できない仕組みが出来上がっています。

 

 

➓ 家族歴:特記すべきことはない。

⇒ 明らかな遺伝性疾患はなく、後天的疾患、あるいは生活習慣病もしくは事故か?

 

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<参考> カフェイン中毒は、カフェインによって引き起こされる中毒です。

カフェインの引き起こす症状は、カフェイン自体が持つ神経毒性によって引き起こされます。

精神性の症状は『精神障害の診断と統計マニュアル』(DSM-IV-TR)では、同じくカフェイン中毒として診断コード305.90に分類されます。通常死亡には至りません。

しかし、短時間の過剰摂取、および急性中毒で緊急搬送されたり、それにより稀に死亡したりするケースが報道されています。

常用中毒による日本最初の死亡報告例として、2015年には九州地方の20代男性がカフェイン中毒とみられる症状で死亡しました。

 

またカフェイン依存は、カフェインの使用を止められない状態です。DSM-IV-TRでは「実際に乱用や依存症を満たすほど深刻となる」ことを立証するためのデータが不足しているため、診断名は用意されていません。

 

 

<コメント>
死ぬつもりがなかったはずの人が、カフェイン中毒によって重症になると、精神錯乱、妄想、幻覚、幻聴、パニック発作、取り乱す、衝動性などが現れ、酷いと自殺行為に及ぶ場合があります。

 

このように自殺といっても原因は様々なので、遺書が残されていない場合には発作的、衝動的な事故死に近い自死も含まれている可能性を忘れてはならないと考えます。