代表的な神経疾患:後期(興起)高齢者を診る、の巻

9月25日(金)
第4週:神経病・内分泌・代謝病

 

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この症例は、「物忘れ」の背景に「抑うつ傾向」があり「下肢筋量低下」がありますが、ごく普通の物静かな後期高齢者のように見られるのではないかと思います。

しかし、それこそがフレイルの兆しであるかもしれません。

 

フレイルとは、加齢とともに心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態です。一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像です。そのような方の人生は、ある日、突然、思いもかけずに破綻することがあります。

 

例えば、大腿骨近位部骨折を呈した高齢患者をイメージしてください。

大腿骨近位部骨折は、フレイルな状態にある高齢者が転倒を契機に発生する代表的な骨折です。

大腿骨近位部骨折を呈するような高齢者では、受傷前の時点からサルコペニアを有していたことが予想でき、さらに受傷後(手術後)の安静による廃用性筋萎縮が加わっている可能性があります。

 

現在、国や自治体は、自立した生活を確保するために必要とされる医療ケアチームや地域包括支援センターを整備し、そこで所定の手続きを経た後に、ケアプランが策定され、社会資源の有効活用を検討する仕組みが確立しています。介護保険法が導入され定着し、地域在宅医療に力点を置く内科開業医も増えています。

 

しかし、もっと抜本的な方法はないのでしょうか。なぜ、真剣にその方略を考案して実践していこうとする感奮興起に満ちた人物が活躍できないのでしょうか?それは、後期高齢者や<かかりつけ医>に対する政府や国民一般のイメージが貧困であるからだと私は考えています。

 

私は、多くの人々が(興起)高齢者をイメージできるようになれば、確実に世の中は明るくなっていくと考えて具体的に実践しています。

 

 

 

<まとめの設問>

 

Q1) 食後の全身倦怠感を説明し得るのは(どれか)?

a 食後60分の血圧低下

b 食後60分の血糖値低下

c 6分間歩行でのSpO₂の低下

d 吸気時の収縮期血圧10㎜Hg以上の低下

e 仰臥位から起立した際の心拍数20/分以上の上昇

 

 

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a 食後60分の血圧低下

⇒この症例では、食後の低血圧が「食後の全身倦怠感」の原因となりうるか?

 

原因と成り得ます。なぜならば、食後の血圧低下を引き起こす直接的主原因は、食物中に含まれる炭水化物(ブドウ糖、アルコール、デンプンなど)と考えられているからです。それに加えて、この症例では、③ 原病歴で1)高血圧で内服加療中であり、しかも、高血圧加療中の血圧は、㉒ 現症:3)血圧126/66㎜Hgと、かなり厳格な降圧がはかられているからです。杉並国際クリニックにおいても、忍容性がある場合には、この程度の血圧コントロールを行っている後期高齢者もいらっしゃいますが、この症例での忍容性は認められず、したがって、加療による過降圧の状態であり、食後の低血圧を来しやすい条件にあるといえるでしょう。

 

それ以外の要因として過食(暴飲・暴食)、高温食摂取、早食いなどが症状を悪化させることがわかっていますが、この症例の⑥ 現病歴で4)食欲低下が出現しているため否定的です。ただし、粥食などの場合は、「早食い」と同様の効果を身体に与えることになります。

 

また、起立性低血圧を伴う場合もあるため、食事摂取時の姿勢(立位・坐位)、排尿時の姿勢(立位)、入浴時などにも注意が必要とされています。この症例の⑧現病歴では、6)「立ち上がり時や歩行時にふらつきの自覚はなかった」とのことから、起立性低血圧の合併の可能性はそれほど高くないものと推測されます。

 

いずれにしても、こうした食事性低血圧の予防としてコーヒー(カフェイン)が有効であるとの報告や、一部にはソマトスタチンが有効との報告もありますが、確実性のある予防薬や治療薬はまだありません。ですから、一般的には炭水化物の摂取量を控えることが必要とされています。この症例では、⑥ 現病歴で4)食欲低下が出現し、絶対量としての炭水化物の摂取量ではなく、限られた食事の中での炭水化物摂取の比率の高さが問題である可能性があります。その理由は、食欲が低下した後期高齢者は、しばしば粥食を好むからです。粥食にすると常食より炭水化物(ブドウ糖、アルコール、デンプンなど)の吸収速度が速くなることも一因ではないかと思います。

 

b 食後60分の血糖値低下

⇒この症例では、食後の低血糖が「食後の全身倦怠感」の原因となりうるか?

この症例では、食後の低血糖の可能性は低いと考えます。
繰り返しになりますが、㉜ 検査所見:7)血液生化学所見(空腹時血糖94㎎/dL、HbA1c5.8%<基準4.6~6.2>)から、糖質代謝の指標は正常範囲です。特に空腹時血糖値は89㎎/dL<基準値は80~99mg/dL>であり、低血糖症状を来す可能性は低いです。

 

またHbA1cのデータと併せて糖尿病は否定的です。しかも、食事により血糖値は94㎎/dLからさらに上昇するため、低血糖を来す可能性は否定的です。

 

 

c 6分間歩行でのSpO₂の低下

⇒この症例では、6分間歩行でのSpO₂の低下が「食後の全身倦怠感」の原因となりうるか?

 

まず「食後の全身倦怠感」の原因が6分間歩行でのSpO₂の低下にあるとすれば、その患者さんは慢性心不全もしくは慢性呼吸不全ありいはその両方であると考えられます。
 

この症例の㉑ 現症では4)SpO₂97%(室内空気)であり、酸素吸入をすることなく、動脈血中酸素分圧濃度は正常に保たれているため、少なくとも肺の換気機能は正常です。しかも㉓ 現症:6)「心音と呼吸音とに異常を認めない」ということから慢性心不全の可能性も乏しいということがわかります。
 

したがって、この症例では、6分間歩行でのSpO₂の低下が「食後の全身倦怠感」の原因とは考えにくいです。

 

 

d 吸気時の収縮期血圧10㎜Hg以上の低下

⇒この症例では、吸気時の収縮期血圧10㎜Hg以上の低下が「食後の全身倦怠感」の原因となりうるか?

  

そもそも吸気時の収縮期血圧の低下は、健常者でも見られます。ただし、正常では吸気時の収縮期血圧低下は10mmHg未満です。これが10mmHg以上となり、小脈となる現象を「奇脈」といいます。心膜液貯留による心タンポナーデに特徴的です。また緊張性気胸、収縮性心筋炎、左室肥大、心不全、呼吸器疾患、上大静脈閉塞症候群などでもみられます。その機序は、①吸気時に右室への血液灌流量が増加し、拡張した右室が左室の拡張を制限する、②吸気時に肺血管床が拡大し,肺から左房への灌流量が減少すること、などによります。
 

この症例では、そもそも上記の「奇脈」を来すような原因疾患の存在は考えにくいです。

 

 

e 仰臥位から起立した際の心拍数20/分以上の上昇

⇒この症例では、仰臥位から起立した際の心拍数20/分以上の上昇が「食後の全身倦怠感」の原因となりうるか?
  

仰臥位から立位への体位変換の際に生じる起立性低血圧が生じることを「起立性調節障害」といいます。起立性低血圧が生じると、心拍出量の維持のために代償的に心拍数が急増し、その結果、動悸や不安感をもたらすことがあります。しかし、この症状は食事摂取と無関係に生じるため、「食後の全身倦怠感」を説明することはできません。

 

 

 

Q2)高齢者総合機能評価<CGA>を行うことにした。

認知機能に用いる検査は(どれか)?

 

a やる気スコア<Apathy Scale>
b Barthex Index
c Geriatric Depression Scale
d Mini-Mental State Examination<MMSE>
e Vitality Index

 

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認知機能に用いる検査を高齢者総合機能評価<CGA>の一環として行う場合には、認知機能の一側面ではなく、認知機能を構成する様々な要素を包含した検査である必要があります。

 

a やる気スコア<Apathy Scale>
⇒「やる気スコア」は、自発性低下の評価に用いられています。
「新しいことを学びたいと思いますか?」など14項目の質問による回答を採点して評価します。これは、自発性は認知機能に関連がありますが、一側面に過ぎません。

 

 

b Barthex Index
⇒ これは日常生活動作能力(食事、車椅子からのベッドへの移乗、整容、トイレ動作、入浴、歩行、階段昇降、着替え、排便・排尿コントロール)の自立度を、各項目の総和で判定するものです。この検査は日常生活動作能力を総合的に評価するものではありますが、認知機能を総合的に評価する目的には使用できません。

 

 

c Geriatric Depression Scale
⇒これは、高齢者のうつの評価に用いられます。
   

「毎日の生活に満足していますか」など15項目に対して、<はい、いいえ>で回答させ、陽性項目の総和で判定するものです。「高齢者のうつ」のスクリーニングは重要ですが、認知機能を包括的に評価できるものではありません。

 

 

d Mini-Mental State Examination<MMSE>
⇒ これは、認知機能の簡易スクリーニング検査で、見当識、記銘力、注意力、言語機能、構成能力をみるものです。30点満点のうち24点と23点がカットオフポイントになります。これは保険適応となっている検査で、認知症のスクリーニングに日常的に用いられています。認知機能に用いる検査を高齢者総合機能評価<CGA>の一環として行う場合に有用であり、認知機能を構成する様々な要素を包含した検査です。

 

 

e Vitality Index
⇒これは意欲の指標として用いられます。その指標細目としては、起床、意思疎通(挨拶)、食事、排泄、リハビリ(活動)の5つの場面があり、患者自らが行っているかどうかで評価します。これは、認知機能というよりは執行能力を評価するものです。

 

 


Q3) 追加検査で抑うつ傾向と四肢筋量と骨量の低下が認められた。

この患者に対する適切な対応は(どれか)?2つ選べ。

 

a  運動指導を行う。
⇒ 「抑うつ傾向」にあるため、抑うつに対するケアとともに無理なく動機づけをはかり、段階的に導入していくことが望ましいです。自宅で実施できる負担のかからない程度の運動指導が可能であれば行いますが、抑うつ傾向にある高齢者においては、しばしば継続が困難です。またサルコペニアに対してはリハビリテーションが必須です。下肢筋量が低下し全身の筋力が軽度低下した多くの後期高齢者に対して水氣道®は理想的な運動の一つです。

 

 

b 自宅安静を指示する。
⇒ すでにサルコペニアを来していると考えられるため、自宅静養を指示することによって、急速に劣化・増悪が進行してしまうので禁忌です。

 

 

ⅽ 精神科医師にコンサルテーションする。
⇒ 「抑うつ傾向」にあるため、その評価、治療を目的として精神科医にコンサルテーションすべきである、というのが医師国家試験出題者の意図のようです。しかし、現実には軽度の抑うつで精神科受診を素直に受け入れる後期高齢者は多くないのが現実です。地方ではその傾向がさらに顕著です。精神科医自身がそれをよく認識していて、「心療内科」を標榜併記することが全国的な慣例になってしまいました。
    

内科医が精神科を紹介する場合にも「精神科」受診を勧めるよりも、「心療内科」受診を勧める方が用意である、という背景もあるのではないでしょうか。

 

 

d ベンゾジアゼピン系薬剤の投与を開始する。

⇒この症例は、⑥ 現病歴で4)不安、不眠および食欲低下の出現が示されているため、抗不安薬・睡眠薬や抗うつ薬が処方されることが現実には行われています。しかし、不安、不眠に対して安易にベンゾジアゼピン系の抗不安薬・睡眠薬を処方することは避けるべきです。それは、とくに高齢者においては慎重であるべきです。この症例のように「全身倦怠感」や「もの忘れ」を伴う症例では、いずれの症状をも増悪させ易くなるからです。また、わが国においては特にベンゾジアゼピン系薬剤の過剰投与の弊害があることが、国際的にも批判されています。

 

 

e 器質的な疾患が無いことを説明し、かかりつけ医に逆紹介する。
⇒「器質的な疾患が無いこと」を患者に説明し、かかりつけ医にフィードバックすることは望ましいことです。医師国家試験の出題者の移行としては、「抑うつ傾向」や「サルコペニア」があることから、医療ケアチームで対応すべきであるとし、<かかりつけ医>に逆紹介することを避けるべきであるという判断を受験生に求めていることがうかがわれます。しかし、<かかりつけ医>も千差万別です。心身医学やリハビリテーション、チーム医療にも造詣が深い<かかりつけ医>も存在します。<かかりつけ医>を一括りにして無頓着に出題する出題する出題者の見識を疑います。私は不適切問題であり、採点・合否判定から除外すべき設問であると判断します。

 

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コメント

医師国家試験とはいえ、不適切な出題があることは避けられません。このような不適切問題が増えていることを私は懸念しています。それでは、なぜ、こうした誤りが生じるのでしょうか? 

 

その答えは簡単です。医師国家試験で試そうとしている医師の資質を評価するための出題内容と、それにこたえるべき出題者のミスマッチが拡大しているからです。ますます複雑化する現実の医療状況とプライマリケアや地域医療の理念に関する出題は、しばしば、出題者の能力や経験の幅を超えるものだからです。こうした出題者の多くは、自らの見識の限界を超えた出題を行います。それに加えて<かかりつけ医(≒開業医)>の能力を見くびっているかのような偏見に満ちた出題が、以前から少なくありませんでした。

 

私は、平成元年開業以来、開業医蔑視思考による侮辱を様々に受けてきましたが、その最たるケースは患者さんからではなく、かつての従業員(受付事務職員、看護師等)によるものでした。駅前に東大皮膚科の前教授が開業されることを知って、当時超多忙を極めていた私は、多数例を診療していたアトピー性皮膚炎の患者さんを、そちらへ紹介を始めた頃のエピソードです。
 
 

当時(高円寺南診療所)の女性事務職員の一人が、私にこう言いました。

 

「え~本当なんですか?東大の教授だった立派な方が開業医なんかになるんですか?」

 

私は思わず絶句しましたが、それが世間の認識なのだと自分を納得させました。
ただし、そのときの一言が、私の人間磨き・医師修行をさらに加速させてくれたことは彼女の功績だと思っています。

 

さて、昔は立派で、人々から尊敬される開業医がいたようです。

食後眠くなる現象は、わが国では江戸時代中期(ボッティチェリの報告より200年以上前)に津田玄仙という医師がすでに報告しています。『療治経験筆記』により、食後の眠気や全身や手足の倦怠感、熱感、頭重感、悶えなどの症状を「食後佳眠倦怠」という症候として記載しています。そこには<食直後に手足や全身の倦怠感と眠気が出る者は、脾胃(消化器機能)が弱っているため、六君子湯や香砂六君子湯がよく、食後に頭重、頭痛、胸苦しさなどの症状を伴い眠たくなる場合には半夏白朮天麻湯がよい>と記載されています。私は半夏白朮天麻湯ではなく、柴芍六君子湯を勧めています。

 

これは江戸時代にすでにわが国では心身医学・心療内科学の今日的テーマである心身相関、とりわけ腸脳相関について洞察されていたことを示すものです。上記のように、食事性低血圧の病態への消化器機能や脳腸相関の関与が推察され、その治療法に至るまで具体的に記載されていたことは驚くべきことです。この医師国家試験の症例も漢方が有効なケースだと思います。

 

最近では糖尿病に合併した食事性低血圧に補中益気湯が有効であるとの報告もされました。私は補中益気湯による弊害が出る場合も考慮して、安全かつ有効性の高い玉屏風散をベースにお勧めしています。漢方薬は体にも心にも効くことから、<心療内科専門医はすべからく漢方専門医としての見識をもつべきである>というのが私の持論です。とりわけ薬害の犠牲と成り易い高齢者の食事性低血圧に漢方薬を用いることは、超高齢社会においてはますます考慮すべきことだと思います。

 

パンデミックや世界同時不況や米中覇権戦争の時代にあっても、挫けることなく、そのような時こそ、意気の奮い起る、勢いの盛んな興起高齢者を目指していきたいものです。