代表的な神経疾患:後期(光輝)高齢者を診る、の巻


9月23日(水)
第4週:神経病・内分泌・代謝病

 

前回はこちら

 


⑱ 現症:1)意識は清明。

 

⑲ 現症:2)身長165㎝、体重58㎏。

 

⑳ 現症:3)体温36.0℃。脈拍76/分、整。血圧126/66㎜Hg。

 

㉑ 現症:4)SpO₂97%(room air).

 

㉒ 現症:5)眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。

 

㉓ 現症:6)心音と呼吸音とに異常を認めない。

 

㉔ 現症:7)腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。

㉕ 現症:8)神経診察で下肢筋力低下を認める。

 

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<初診No3>

 

⑱ 現症:

1)意識は清明⇒意識レベル正常<精神心理面>
④ 現病歴:2)食後の全身倦怠感の原因にアプローチするためには、食前食後
の意識レベルの変化を観察する必要があると思われます。

 

 

⑲ 現症:2)身長165㎝、体重58㎏。
⇒体格係数(BMI)=58/1.65²=21.3≒22.0(至適体重)
 体重正常<身体面> 
ただし、BMIはあくまで身長と体重のみから求められる量的指標であり、体組成といった質的指標が必要になります。後期高齢者では、体脂肪率や内臓脂肪レベルが高く、除脂肪体重、筋肉率、骨量などが低下することを確認することによって筋肉量低下(サルコぺニア)の評価が容易になります。

 

 

⑳ 現症:

3)体温36.0℃。脈拍76/分、整。血圧126/66㎜Hg。
     

⇒バイタル・サイン正常<身体面>
③ 原病歴:1)高血圧で内服加療中であるため、現症での血圧値は降圧薬内服中の血圧値であると仮定することにします。75歳以上の後期高齢者の診察室血圧の降圧目標は<150/90㎜Hgとされ、忍容性があれば<140/90㎜Hgとされます。

 

なお高血圧患者では、一般に、⑥ 現病歴:4)その後も症状は持続し、「不安」、「不眠」などの訴えがある場合には、交感神経緊張状態となり、「食欲低下」がもたらされ、血圧はさらに上昇し易くなります。そのような病態背景において降圧薬内服により、血圧126/66㎜Hgとなるのは、降圧薬の過剰投与による過降圧の可能性を検討すべきです。この症例の降圧治療成績は忍容性があれば問題がありませんが、②全身倦怠感と物忘れを主訴としている場合には、忍容性の根拠はなく、降圧目標を緩和して、まずは140/90㎜Hg程度にコントロールすることを目標にすることが望ましいと考えます。

 

このような状態では、食事性低血圧を来している可能性があります。現在、食事性低血圧の定義は確定されてはいませんが、

 

❶ 食事摂取後1時間以内に平均血圧が20mmHg以上低下

 

❷ 食事摂取後2時間以内に収縮期血圧が20mmHg以上低下

 

❸ 収縮期血圧が食前100mmHg以上あった場合に90mmHg以下

 

以上のいずれかにになる該当する場合を陽性としています。しかし、健康者に起こる眠気のように、これらの基準以下でも軽い症状が出ることもあります。

 

 

㉑ 現症:

4)SpO₂ 97%(room air)
       

⇒動脈血中酸素分圧濃度正常<身体面>
④ 現病歴:2)食後の全身倦怠感の原因にアプローチするためには、念のため食前食後の酸素飽和度の変化を観察してみることも無駄ではないと思います。

 

㉒ 現症:

5)眼瞼結膜と眼球結膜とに異常を認めない。
 ⇒貧血や黄疸の可能性は低い<身体面>
 栄養障害や肝胆道系の顕著な異常はみられません。

 

 

㉓ 現症:

6)心音と呼吸音とに異常を認めない。
⇒循環器系・呼吸器系については一定の機能が維持されています。

 


㉔ 現症:

7)腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。
⇒ 腹部諸臓器は概ね異常を認めません。⑨ 既往歴:30歳時に虫垂炎で虫垂
切除術による腹膜癒着や手術瘢痕などによる異常所見の存在は否定的です。

 

 

㉕ 現症:

8)神経診察で下肢筋力低下を認める。
⇒ 「下肢筋力低下」は、④ 現病歴:2)半年前から食後の全身倦怠感が出現、
⑦ 現病歴:5)3か月で2㎏の体重減少、㉑ 生活歴:3)日常生活は自立
しているが、症状出現後は「外出機会が減少した」という病歴、などの診療情報とともに、筋量低下(サルコペニア)が疑われます。
     

そして、サルコペニアの程度は、⑧ 現病歴:6)立ち上がり時や歩行時にふらつきの自覚はなかった、⑲ 現症:2)身長165㎝、体重58㎏⇒栄養不良なし、などの診療情報から推測して、少なくとも重度ではなく軽度~中等度程度であると思われます。ただし、後期高齢者の自己申告による「ふらつき」などの自覚症状は、客観的に観察して評価することも必要だと考えます。

 

 

 

<参考>
下肢筋力が落ちるとはどういうこと?
杉並国際クリニックでは、3カ月に1回(春・夏・秋・冬の四季)フィットネス・チェック(体組成・体力測定)を実施するキャンペーンを推進しています。

これは、先制医療といって、従来のメディカル・チェックより早い段階で体調の不良(未病)を発見し、本格的な病気になる前に健康を建て直すことに役立ちます。

 

ただし、未病段階では本人の自覚が無い(気づいていない、気づけない、気づきたくない)場合が多いです。

なぜならば明らかに進行した病気に侵されていても、無症状であるため手遅れになった、という話は今でも尽きないからです。

つまり、超高齢社会にあっては、通常の人間ドックや定期健診などのメディカル・チェックばかりにいくら綿密に行なっても、それだけでは不十分だということになります。

 

つまり、「病気が見つからない=健康」というのは誤った思い込みだということです。そこで、令和の新時代には、フィットネスチェックとメディカルチェックを連動させ、統合させて、各人が専門家のサポートとアドバイスとともに主体的な健康管理実践に結びつける工夫が不可欠だといえるでしょう。

 

さて筋肉には、体を動かすための「骨格筋」、内臓を作っている「平滑筋」、心臓を作っている「心筋」の大きく分けて3種類があります。このうち骨格筋に関しては市販の体重体組成計でもだいたいの骨格筋率を測ることができます。体に微弱な電流を流し、その抵抗値を計測して脂肪や筋肉率などの体組成を推定する方法でBI法(Bioelectrical Impedance<生体インピーダンス>法)と呼ばれています。

 

脂肪は電気をほとんど通しませんが、筋肉や血管など水分の多い組織は電気を通しやすいという性質を利用して、脂肪とそれ以外の組織の割合を推定しているというわけです。

 

骨格筋率というのは体重に占める骨格筋の割合のことで男性では33%~36%、女性では26%~28%が標準であるといわれています。また、「年をとったら筋力が急に落ちた」というお話を皆さんからよくお聞きしますが、加齢に伴い筋肉量は40歳くらいから低下します。筋肉を構成する筋繊維でみると、その数は20歳代に比べ80歳代で半減するといわれています。加齢に伴ってもろく弱くなった筋肉をサルコペニアといい、高齢者の転倒や寝たきりの原因にもなっています。

 

 

筋肉の衰えを防ぐ方法としては、

 

❶ とにかく運動が一番。下肢の筋肉量は上肢と比べて加齢に伴う低下率が3倍高いといわれていますので、とくにウォーキングやジョギングなどを習慣にすることで下肢の筋肉を鍛えることを心がけておきましょう。時間があっても目標がなかなか定まらない皆さんには、私は超高齢社会の到来を予期して、医学的な見地から体系化されたエクササイズである水氣道®への参加をおすすめしています。水氣道は全人的健康増進を目的としていますが、当然、筋肉量を無理なく増やし、筋力(パワー)、筋持久力(スタミナ)を増進します。水氣道の稽古実践においては筋肉を解剖学的にではなく、機能的に分類しています。

 

まず、第一に呼吸筋群(胸郭拡張能、肺機能年齢、動脈血中酸素分圧濃度等で評価しています)、第二に姿勢保持筋群(開眼・閉眼片足立ちテスト等で評価)、第三に動作筋群(握力、大腰筋テスト、エルゴメーター体力等で評価)しています。
また、筋肉量とともに骨量の検査を6カ月に1回実施し、骨年齢を表かします。

 

 ❷ つぎに栄養。運動とともに筋肉づくり・サルコペニアの予防で大切になるのがタンパク質の補給です。ご飯などの糖質によるエネルギー補給に加え、肉・魚・豆類などタンパク質が豊富な食品をしっかり摂ることをおすすめします。
筋力低下の原因は加齢だけではない?

 

歳をとったら筋力は確かに落ちるものです。しかし筋力低下以外のほかの症状を伴っていたり、年齢不相応に筋力低下が起こっていたり、とくにそれが外傷(けが)が原因でない場合に筋肉や骨以外に何らかの病気が隠れている可能性があります。
「急に症状が進んでいる」「疲れやすい」「からだの一部分だけが力が入らない」という場合は要注意です。

 

 

内科医から見た筋力低下の原因となるおもな病気

 

内分泌疾患 糖尿病および糖尿病性筋萎縮症、甲状腺機能障害、
周期性四肢麻痺、副甲状腺機能亢進症、
クッシング症候群、アジソン病、など。

 

電解質異常
(ミネラル欠乏) 低ナトリウム血症、低カリウム血症、
低カルシウム血症、低マグネシウム血症、など。
神経筋疾患 重症筋無力症、Lambert-Eaton症候群、Guillain-Barre症候群、

 

筋ジストロフィー、筋萎縮性側索硬化症など。
自己免疫性疾患 関節リウマチ、リウマチ性多発筋痛症、皮膚筋炎/多発性筋炎、
血管炎など。

 

そのほか 認知症、運動不足による廃用性萎縮、線維筋痛症、
貧血、悪性腫瘍、薬剤による障害など。
種々の薬剤の副作用など。

 

 

「急に体重が減った」「食欲が減った」などの症状が伴っている場合は最後の項目に記した悪性腫瘍の可能性があり、血液検査や超音波検査などの画像検査や場合によっては、便潜血検査をはじめ、上部消化管造影エックス線検査や内視鏡検査を早めに受けることをおすすめします。

 

 

<まとめ>

食事性低血圧は、自律神経不全、パーキンソン病、アルツハイマー病、脳血管障害などの神経疾患だけでなく、高血圧、糖尿病、透析、そして高齢などにより起こることも報告されています。

 

また、本症例のように高血圧に合併する食事性低血圧では、降圧薬・利尿薬使用者に多く、食後2時間以内(30分がピーク)に起こしやすいこと、糖尿病に合併する場合では、糖尿病の重症度や糖尿病性自律神経障害(胃排泄障害など)と密接な関係があること、血液透析患者では、血液透析中の食事、仰臥位より坐位のほうが起こしやすいこと、などが報告されています。

 

もちろん睡眠不足や疲労などがあれば症状が出やすいのは言うまでもありません。しかし高齢者では、食事そのものが、食後の意識障害や転倒とそれに伴う骨折、食後の心筋梗塞・脳梗塞などのリスクファクターとなりうるため、超高齢社会において特に注意が必要です。

 

日本は世界に冠たる長寿国ですが、長寿国としての名誉は、高齢者、とりわけ後期高齢者が輝いているかどうかにかかってきます。私は生涯エクササイズであるライフワークとしての水氣道®の活動を通して、皆で(光輝)高齢者社会を実現させていきたいと考えています。