代表的な神経疾患:後期(好機)高齢者を診る、の巻

9月21日(月)
第4週:神経病・内分泌・代謝病   

 


全国の100歳以上の高齢者は、ことし初めて8万人を超えたことが分かりました。

 

厚生労働省は今月1日時点の住民基本台帳をもとに、100歳以上の高齢者の数を公表しました。15日までに100歳以上になる人は、全国で合わせて8万450人で、去年から9176人増えました。

 

1年間に増えた人数としては、統計を取り始めた昭和38年以降で最も多く、50年連続で過去最多を更新しています。

このうち女性は全体の88%に当たる7万975人、男性は9475人でした。100歳以上の高齢者は、昭和38年には153人でしたが、平成10年に1万人を超え、今回、初めて8万人を上回る8万450人で、去年から9176人増えました。日本の総人口は1億2596万人(本年4月1日付)ですから、100歳以上の高齢者の比率は0.006.39、すなわち0.64%に相当します。このまま増加していけば、いずれ人口の1%近くが百寿者という時代を迎える可能性もあります。

 

また我が国の総人口は平成28(2016)年10月1日現在、1億2,693万人。65歳以上の高齢者人口は3,459万人。65歳以上を男女別にみると、男性は1,500万人、女性は1,959万人で、性比(女性人口100人に対する男性人口)は76.6。総人口に占める65歳以上人口の割合(高齢化率)は27.3%。「65~74歳人口」(前期高齢者)は1,768万人、総人口に占める割合は13.9%。「75歳以上人口」(後期高齢者)は1,691万人、総人口に占める割合は13.3%。
 

 

後期高齢者は13%以上ですから、相当なシェアであることが再認識されます。

 

そこで、後期高齢者の医療について改めて検討してみる好機であると考えて、引き続き第114回医師国家試験問題(令和2年実施)から題材を得ました。

 

① 77歳男性。

 

② 全身倦怠感と物忘れを主訴に来院した。

 

③ 原病歴:1)高血圧で内服加療中

 

④ 現病歴:2)半年前から食後の全身倦怠感が出現した。

 

⑤ 現病歴:3)またほぼ同時期からときどき物を置いていた場所がわからなくなるようになった。

 

⑥ 現病歴:4)その後も症状は持続し、不安、不眠および食欲低下が出現し、

 

⑦ 現病歴:5)3か月で2㎏の体重減少があった。

 

⑧ 現病歴:6)立ち上がり時や歩行時にふらつきの自覚はなかったという。

 

⑨ 既往歴:30歳時に虫垂炎で虫垂切除術。

 

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<初診No1>

① ・「77歳」≧75歳 ⇒ 後期高齢者。そこで後期高齢者の疾患の特徴をまとめてみます。

 

後期高齢者では、特に循環器系疾患と筋骨格系疾患による外来受療率が増加します。

 

循環器系疾患では特に高血圧による受診が多く、特に脳血管疾患によるものが多いです。

 

 

・「男性」⇒後期高齢者の男性と女性では、男性の数が少なく、平均余命も短いです。

 

また、筋力量が低下(サルコペニア)し、虚弱(フレイル)な老人が増えてくると共に認知能力も低下し、認知症が増えてきます。

 

 

② 全身倦怠感と物忘れを主訴に来院した。

 

・「全身倦怠感」⇒これは活力が減少し健康感を喪失した非特異的な感覚です。非特異的症状に対しては、その発症の様相を詳しく知る必要があります。

 

慢性疲労は「全身倦怠感」とともにみられる自覚的症状で長期間にわたる著しい全身倦怠感で、検査所見でほとんど異常を認めない症状を特に「慢性疲労」とよんでいます。患者は“だるい”、“力が 入らない”などの漠然とした(非特異的な)訴えとして表現します。種々の疾患に随伴する倦怠感のメカニズムについてはいまだ不明な点が多く、多くの因子が複合的に関わっていると思われます。

 

器質的疾患に伴う倦怠感は、身体的ホメオスターシス(恒常性維持機能) が障害された状態での生態的変化として位置づけることができます。原因疾患としては、重要臓器の機能不全、慢性感染症、悪性腫瘍、内分泌疾患(甲状腺機能異常など)などを疑います。後期高齢者では神経・心理的ホメオスターシスも障害されやすく、精神疾患、とりわけ高齢者特有のうつ状態や認知症などの可能性もあります。

 

 

・「物忘れ」⇒ 誰でも歳をとってくると「もの忘れ」をするようになります。

たとえば、友人の名前を思い出せない、1分ぐらいしてからやっと思い出した、といったような場合です。こうした「もの忘れ」はいわゆる「度忘れ」で、歳相応の「もの忘れ」です。日常生活・社会生活に支障はありません。

 

一方、認知症の「もの忘れ」は単なる「度忘れ」とは異なります。たとえば、昨日友達と会って食事をしたことを忘れて思い出せないといった、出来事(エピソード)自体を忘れてしまう「もの忘れ」です。このように出来事を忘れてしまうような「もの忘れ」が頻回にあると日常生活・社会生活に支障が出てきます。

 

ものごとを記憶する、判断する、順序立てて行うなどの脳の機能を認知機能といいます。認知症は、認知機能が低下したために、日常生活・社会生活に支障があるようになった状態を指します。認知機能が正常な人が突然認知症になってしまうことは少なく、多くの場合、徐々に認知機能が低下していって認知機能が正常とはいえない、認知症になります。

 

しかし認知症ともいえないグレイゾーンの状態を「軽度認知障害」とよびます。すなわち、「軽度認知障害」は、正常と認知症の中間的な状態で、もの忘れが目立ちますが日常生活には支障がない状態を指します。

 

現在は、この「軽度認知障害」の段階で発見して原因を診断し、治療方針を立てることが重要なポイントになっています。

 

 

 

③ 原病歴:1)高血圧で内服加療中⇒高血圧症の後期高齢者。
そこで後期高齢者の疾患の特徴をまとめてみます。
後期高齢者では、特に循環器系疾患と筋骨格系疾患による外来受療率が増加します。

 

循環器系疾患では特に高血圧による受診が多いです。ただし、特に脳血管疾患に注意する必要があります。降圧剤の種類を把握することによって、② 全身倦怠感と物忘れの主訴に影響を及ぼしている可能性(血圧低下、過剰降圧など)を検討することも大切です。

 

 

④ 現病歴:2)半年前から食後の全身倦怠感が出現した。
⇒②主訴の一つ「全身倦怠感」の性質として、「半年前から」という慢性的症状であること、および持続性ではなく「食後に出現する」状況依存性で間欠的な性質であるということで、食事誘発性の「全身倦怠感」の原因検索を検討します。ただし、「食後の倦怠感」であれば、食事や薬物による影響、特に後期高齢者では薬物が問題になることがあります。たとえば、降圧薬、血糖降下薬、抗精神病薬(統合失調症治療薬)、向精神薬などが原因となることがあります。
 
        

食事摂取後,間もなく身体がだるくなったり、横になりたくなったり、眠くなる症状は健康な人にも多少起こりますが、ひどい場合は意識障害を起こすこともあります。こうした症状の多くは食事性低血圧が原因です。

 

 

⑤ 現病歴:3)またほぼ同時期からときどき物を置いていた場所がわからなくなるようになった。

 

⇒「ほぼ同時期から」とは「ほぼ半年前から」ということになります。
つまり「ほぼ半年前からときどき物を置いていた場所がわからなくなる」状態が続いているということです。

 

④とともに、こうした食後の倦怠感や意識障害が起こる機序を考えてみると、食事に伴う内臓血管の血流増加と血管抵抗の低下によって起こる血圧低下や、その血圧低下に対する心拍出量の増加反応の欠如により脳血圧が低下するメカニズムに関係がありそうです。

 

その一因として、腸管から分泌されるニューロテンシン(NT)(血圧低下作用)の分泌増加や、高齢者ではソマトスタチン(ST)(血圧維持作用)の分泌低下などの関与が報告されています。

 

 

⑥  現病歴:4)その後も症状は持続し、不安、不眠および食欲低下が出現

 ⇒ ここではまず高齢者のこころの特徴をいくつかあげてみます。
          

「不安」に伴い「不眠」や「食欲低下」が確認できる場合は背後に「うつ状態」がある可能性があります。


ここでは高齢者に焦点を当ててうつ病の診断について現在利用可能なエビデンスに基づいて検討してみます。なお高齢者におけるうつ病は、他の世代にもまして、複雑な社会的・医学的背景が存在していることが多いです。

 

以下はうつ病の診断に役立つ典型的な【うつの症状】のリストです。

 

➊ 強いうつ気分 ❷ 興味や喜びの喪失

❸ 食欲の障害 ⇔⑥「食欲低下」

❹ 睡眠の障害 ⇔⑥「不眠」

❺ 精神運動の障害(制止または焦燥)

❻ 疲れやすさ、気力の減退 ⇔②、④「全身倦怠感」

❼ 強い罪責感 ❽ 思考力や集中力の低下 ❾ 死への思い

 

 

 

⑦ 現病歴:5)3か月で2㎏の体重減少があった。
⇒体重減少については、絶対量の変化より、絶対量の変化が重要なので、身  長・体重などの現症でのデータと共に検討することを要します。

 

 

⑧ 現病歴:6)立ち上がり時や歩行時にふらつきの自覚はなかったという。
⇒姿勢保持・体位変換・歩行のために必要な筋力は維持され、平衡機能も  保たれていることが示唆されます。

 

 

⑨ 既往歴:30歳時に虫垂炎で虫垂切除術。
⇒腹部疾患や関連症状が無い限り、参考程度の病歴情報です。

 

 

 

<まとめ>
主訴である「食後の全身倦怠感(半年ほど前から)」と「物忘れ(半年ほど前から)」を説明しうる情報はこの段階では不十分です。しかし、後期高齢者の健康状態を把握するためには、主訴をしっかりと受け止めることは初診段階こそが(好機)となります。いずれにせよ、現症としての血圧、血糖、動脈血中酸素分圧濃度(SpO₂)等の医療情報が主訴の背景にあるメカニズムを理解するために必要となってきます。