代表的な消化器疾患「こんなに辛い症状はあるのに、どんな検査をしても異常が見つからない。」No5

9月18日(金)
第3週:消化器・肝臓病・腫瘍医学  
 

前回はこちら

 

❶ 35歳の女性

 

❷ 摂食早期の満腹感と心窩部痛を主訴に来院した。

 

❸ 6カ月前から摂食早期の満腹感を自覚し、

 

❹ 特に脂っぽいものを食べると心窩部痛が出現するために受診した。

 

❺ 便通異常はない。

 

❻ 既往歴に特記すべきことはない。

 

❼ 身長158㎝、体重46㎏(6か月間で3㎏の体重減少)。

 

❽ 腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。

 

❾ 血液所見:赤血球408万、Hb12.8g/dL、Ht39%、白血球5,300、血小板20万。

 

❿ 血液生化学所見:アルブミン4.1g/dL、総ビリルビン0.8㎎/dL、AST21U/L、ALT19U/L、LD194U/L(基準120~245)、ALP145U/L(基準115~359)、
γ-GT14U/L(基準8~50)、アミラーゼ89U/L(基準37~160)、

尿素窒素15㎎/dL、クレアチニン0.7㎎/dL、尿酸3.9㎎/dL、
血糖88㎎/dL、HbA1c5.6%(基準4.6~6.2)、
総コレステロール176㎎/dL、トリグリセリド91㎎/dL、
Na140mEq/L、K4.3 mEq/L、Cl101 mEq/L。

 

⓫ 上部消化管内視鏡検査および腹部超音波検査に異常を認めない。

 

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<再診Step3>

 

いよいよ画像検査の段階に入りました。

 

⓫-1) 上部消化管内視鏡検査に異常を認めない。
     

⇒上部消化管の器質的疾患(胃食道逆流症、急性胃粘膜病変、消化性潰瘍、腫瘍性病変など)は否定的

 

 

⓫-2) 腹部超音波検査に異常を認めない。
     

⇒ 肝・胆・膵系疾患、腎尿路系疾患、子宮・卵巣疾患、腹水などは否定的

 

 

以上の結果より、

「こんなに辛い症状はあるのに、どんな検査をしても異常が見つからない。」

 

「なぜなの? もう治らないの?」

 

患者さんがこういう気持ちになったとしても無理もありません。

 

この他に、ヘリコバクター・ピロリ菌検査(尿素呼気試験、便中ピロリ抗原検査など)の追加は、診断や治療方針を確定するうえで無駄にならないと思います。

 

 

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ここで、国家試験の問いを検討していくことにします。

 

最も考えられるのはどれか。

 

a 慢性膵炎 b 逆流性食道炎 c過敏性腸症候群 

 

d食道アカラシア e 機能性ディスペプシア

 
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回答の候補に挙げられている5疾患は、互いに共通点があります。

 

それぞれの疾患の特徴は、

 

器質性疾患VS機能性疾患、

 

身体疾患VS身体化疾患(心因が関与する心身症)

 

という観点から比較検討することができそうです。

 

 

 

器質的疾患とは、感染や炎症、あるいは血管障害、変性疾患、などで細胞、あるいは組織が破壊、あるいは変化を受けた結果、症状として現れる疾患です。生命に関わる疾患であるものも、そうではないものもあります。かつては多くの身体疾患はこれに属すると考えられてきました。

 

これに対して、機能性疾患とは、生命に関わる症状ではなく、運動機能、感覚機能、疼痛などに関わる疾患の総称です。

 

しかしながら、身体は心(精神心理状態)とお互いに影響を及ぼしあうことが理解され、心身症の概念が生まれました。現在では多くの疾患がこれに属すると考えられています。日本心身症学会によると循環器系、呼吸器系、消化器系、神経系等多くの疾患がこれに属すると考えられています。その他に全身の痛みを主訴とする疾患等もこれに含まれるとする考え方があります。

 

心身症、あるいは、心身の反応による症状(疾患名のつかない症状群はこう呼ぶ)が全て機能性疾患というわけではなく、一部には器質的病変も含まれるため、いずれか一方、で理解できない疾患も多く含まれます。機能性のみの疾患の中には、起立性調節障害、自律神経失調症なども含まれ、緊張性頭痛なんかもここに含まれます。これで理解されるように、機能性病態だからといって、心の持ちようで治るわけでも、罹患するのは患者の責任というわけでもありません。

 

心療内科医とは、このような心身症で苦しむ患者さんを専門的にサポートする内科医なのです

 

 

<器質的疾患群>

 

a  慢性膵炎 

わが国において、Ⅰ群、Ⅱ群、臨床的疑義群に分類されます。

最終的には心因性疼痛として心療内科を受診する場合が多く、早期診断による心療内科への速やかな紹介が望まれます。男性患者ではアルコール性膵炎が60%を占め、強迫性性格や人生早期の分離体験を有する者が多く、飲酒習慣など生活習慣を介しての心身相関が認められます。そのため飲酒の心理的背景を踏まえた心身医学的治療が必要になります。女性の慢性膵炎の約半数を占めるのが非アルコール性の特発性慢性膵炎です。
 

主要症候は持続・断続する腹痛と圧痛です。急性増悪時は急性膵炎と同様の症状を呈しますが、非代償期には消化吸収不全、低栄養、二次性糖尿病(膵性糖尿病)に至ります。
 

検査所見では、腹部超音波検査などの画像診断で膵管拡張や膵石を認めることが重要です。また、血中アミラーゼが軽度から中等度上昇します。

 

 提示症例は 

❹ 特に脂っぽいものを食べると心窩部痛が出現、❼ 6か月間で3㎏の 体重減少)とあり、脂肪摂取後に症状が増悪し、体重減少を来す点は慢性膵炎の消化器症状に似ています。しかし、慢性膵炎の症状は消化吸収不全によるものであり、これは❷ 摂食早期の満腹感と心窩部痛には一致しません。また、⓫ 上部消化管内視鏡検査および腹部超音波検査に異常を認めないことから、膵管拡張や膵石の存在は否定的です。

 

なお、慢性膵炎は慢性疼痛に陥る症例も多く、その場合は内科的治療とともに疼痛性障害としての治療が必要になります。疑診群では軽症うつ病との併発や過敏性腸症候群、胆道ジスキネジーとの合併が認められ、消化管心身症(消化管の系統的な機能異常)としての病態が存在します。したがって、慢性膵炎は器質的疾患として検査を進めていきますが、最終的に機能性疾患であることが少なくありません。

 


b  逆流性食道炎(胃食道逆流症)
胃食道逆流症(GERD)は、酸性胃内容物の食道内への逆流によって、
① 胸やけや呑酸(げっぷ)などの定型的な自覚症状・・・機能的症状
② 下部食道粘膜のびらん・潰瘍などの粘膜傷害・・・器質的所見
のいずれか、あるいは両方があるものと定義されます。
したがって、逆流性食道炎(胃食道逆流症)は症例ごとに機能的疾患であることも器質的疾患であることもあります。

 

GERDの病態は、
下部食道括約筋の逆流防止機能の破綻、
食道運動機能低下による食道クリアランス能の低下、
および粘膜傷害性のある胃酸分泌能が保たれていること、
などです。

 

合併症としては、食道炎による出血と貧血、食道瘢痕狭窄と食道通過障害、バレット食道が挙げられます。バレット食道から食道腺癌の発生するケースも知られています。

 

 提示の症例の訴えは

❷満腹感と心窩部痛であって、胸やけやげっぷとは性質が異なります。また、⓫ 上部消化管内視鏡検査に異常を認めないことから、食道炎などの合併症もみとめません。

 

最近、食道外症状が注目され、以下の諸症状を伴うことがあります。
① 呼吸器症状:慢性咳嗽、気管支喘息、反復性呼吸器感染症
② 耳鼻科的症状:咽喉頭違和感、耳痛
循環器的症状:非心臓性症状

 


d 食道アカラシア
  

食道平滑筋の筋層内のアウエルバッハ神経叢細胞の変性・消失によって、食道の性状な蠕動運動の欠如と、嚥下時の下部食道括約筋弛緩不全を呈する器質的疾患です。
   

症状のうちで最も特徴的なのは早期からの慢性進行性の嚥下障害です。嚥下障害は固形物、流動物のいずれでもみられ、症状進行とともに体重減少が見られます。
その他に、食物残渣の口腔内逆流、食道炎合併症状としての胸痛・胸やけがみられます。

 

食道エックス線造影検査での異常(食道壁の痙攣像、口側食道の拡張、下部食道の辺縁平滑な狭窄、胃泡の消失)や上部消化管内視鏡検査での異常(食道の拡張、食物残渣貯留、食道粘膜の浮腫・肥厚・異常収縮など)が見られることがあります。

 

 ❼ 体重減少は共通していますが、⓫ 上部消化管内視鏡検査に異常を認めないことから、この疾患は否定的です。

 

<機能性疾患群>

c 過敏性腸症候群 
主な症状は腹痛、腹部不快感、便通異常などです。不安・抑うつ感を伴うことも多いです。亜型に下痢型、便秘型、混合型、分類不能型があります。病因は不明です。病態として消化管運動機能異常、内臓知覚過敏、腸脳相関などがあります。多くの症例で発症と経過に心理的因子が関与します。診断はRomeⅢ基準によります。なおRomeⅢ基準に基づいた心身症としての診断と治療のガイドラインがあります。

 

 この疾患には、便通異常(下痢、便秘など)を伴いますが、定時の症例においては、

 

❺ 便通異常はない、とあり、一致しません。

 

 

e  機能性ディスペプシア
機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)
RomeⅢ基準(2006)では、
6カ月以上前から症状があり、
最近3カ月間にわたって4症状(つらいと感じる食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感)のうち1つ以上があること、症状の原因となりそうな器質的疾患(上部消化管内視鏡検査を含む)が確認されないこと、これらが必須条件です。

 

 これらの疾患定義は、提示症例の記述と一致します。

なお、機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)においては、過敏性腸症候群、胃食道逆流症(逆流性食道炎)のみならず、気分・不安障害、身体表現性障害とのオーバーラップ・共存が知られています。

 

 

 

 

杉並国際クリニックからのメッセージ

 

「こんなに辛い症状はあるのに、どんな検査をしても異常が見つからない。」
はいかがでしたでしょうか。

 

実は、これが典型的な心療内科の症例なのです。最近の医師国家試験には、時代の要請を反映してか、心療内科の問題も徐々に増えてきました。今回の出題テーマは、消化器心身症のなかの機能性ディスキネジアでした。

 

このように心療内科とは「単なる悩み事相談」内科やカウンセリング内科やプチ精神科とは全く違う領域であることをご理解いただけたのではないでしょうか。心療内科の患者さんは、体の症状の相談で来院されるのです。

 

平成8年(1996年)に市中のクリニックが心療内科を標榜できるようになって四半世紀近くを経過しているにもかかわらず、心のケアや慰めを主目的として心療内科を受診される方が後を絶たないことには閉口しています。内心、保険が効く安上がりのカウンセラーとしてのサービスを期待していらっしゃるような方も少なからず紛れ込んでいました。

 

不勉強と非常識は世人の常ですから已むを得ませんが、そうしたレベルの方に限って、勝手な思い込みで受診して、それこそ勝手が違って期待外れであったことで、機嫌を損ねた挙句、質の悪い書き込みをされることがしばしばあります。

 

オフィシャルサイトやブログにてお知らせしているのは、お互いの不幸を招かないための予防策なのですが、そうした御仁にはなかなか通じません。

 

 

幸にも、完全予約制を導入し、事前に御相談内容を確認してからアポイントをとらせていただくようになってからは、こうした不幸な出会いを減らすことができるようになってきました。