代表的な消化器疾患:「こんなに辛い症状はあるのに、 どんな検査をしても異常が見つからない。」No1

9月14日(月)
第3週:消化器・肝臓病・腫瘍医学  

 

日常診療において、特に気の毒に思える患者さんにはいくつかのタイプがあります。その典型的なタイプの一つは、「多くの医師に見放され続けてきた」という方々です。実際に医師が患者を見放したのかどうかが問題なのではなく、患者さんがどう感じておられるのかが問題になります。もちろん、思い込みや考えすぎの場合もありますが、確かに、患者さんが「見放された」と受け取ってしまいかねないことを、神ならぬ生身の人間である医師も行ってしてしまうことはあり得ます。そうした厳しい現実に直面することがあることは、ここで正直に告白しておきましょう。

 

患者さんたちが「見放された」と感じる局面は色々でしょう。いまだに原因不明の病気や「不治の病」があります。医学の進歩と共にこうした病気は少なくなっているかというと、残念ながら、そうばかりとも言えません。その原因は医学の限界ばかりでなく、医療制度、とくに保険医療の限界に関わる問題であったりもします。さらには、医療経営にも密接にかかわってきます。とくに近年の医療経営は厳しさを増し、経営を存続させていくだけでも至難の業です。本来であれば診ることができる患者さんを、すべて引き受ければ医療経営は安定する、という単純な理屈は通らないのです。

 

今回は、「こんなに辛い症状はあるのに、どんな検査をしても異常が見つからない。」という典型症例が第114回医師国家試験(令和2年)問題として出題さていますので、この症例を通して、皆さまと共に、現実の医療を見つめていきたいと思います。

 

❶ 35歳の女性

 

❷ 摂食早期の満腹感と心窩部痛を主訴に来院した。

 

❸ 6カ月前から摂食早期の満腹感を自覚し、

 

❹ 特に脂っぽいものを食べると心窩部痛が出現するために受診した。

 

❺ 便通異常はない。

 

❻ 既往歴に特記すべきことはない。

 

❼ 身長158㎝、体重46㎏(6か月間で3㎏の体重減少)。

 

❽ 腹部は平坦、軟で、肝・脾を蝕知しない。

 

❾ 血液所見:赤血球408万、Hb12.8g/dL、Ht39%、白血球5,300、血小板20万。

 

❿ 血液生化学所見:

アルブミン4.1g/dL、総ビリルビン0.8㎎/dL、AST21U/L、ALT19U/L、LD194U/L(基準120~245)、

ALP145U/L(基準115~359)、γ-GT14U/L(基準8~50)、アミラーゼ89U/L(基準37~160)、

尿素窒素15㎎/dL、クレアチニン0.7㎎/dL、尿酸3.9㎎/dL、

血糖88㎎/dL、HbA1c5.6%(基準4.6~6.2)、

総コレステロール176㎎/dL、トリグリセリド91㎎/dL、

Na140mEq/L、K4.3 mEq/L、Cl101 mEq/L。

 

⓫ 上部消化管内視鏡検査および腹部超音波検査に異常を認めない。

 

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<初診Step1>

初診の患者の診療に当たって留意すべきことは、初期対応のための基礎的な評価を念頭において診療することだと考えます。

具体的には、1)所見の評価、2)状態の評価、3)緊急性の評価、4)重症度の評価
および5)診療計画の評価などです。

 

当クリニックの前身であった高円寺南診療所の歴史は、ほぼ平成時代の30年間に重なります。そこで私が実践してきたことは、「平成時代の医療」でした。

それは、具体的に言えば、<原則として予約制をとらず、診療受付時間内であれば、あらゆる受診者を受け入れる方針>に則った医療でした。

 

なぜ、この方針を採ったのかというと、そもそも私はプライマリケアといって、地域社会での本格的な総合診療を展開しようと考えていたからです。

そして、そのコンセプトに基づく診療による臨床の経験の蓄積は、確かに計り知れないくらい豊かなものになりました。

しかし、同時にそこには予期せぬ大きな落とし穴がいくつも隠されていました。これについては、おいおいお話しさせていただくことになるでしょう。

 

 

❶ 35歳の女性 ⇒ 比較的若い女性が腹部症状を訴える場合は、多様な原因があるために慎重な判断を要します。この場合、基本的には、症状の発症時期と経過(急性or慢性)、食事との関連性、飲酒習慣を含む食生活、喫煙習慣、排便習慣、使用薬物、既往歴、月経(妊娠)などの病歴聴取が必要です。

医学生時代や研修医の頃、女性を診たら妊娠を疑え、そして、妊娠を疑ったら外妊(子宮外妊娠)を疑え、という教えがありました。

妊娠可能年齢である35歳の女性にとって、外妊は場合によっては生命に関わる緊急性があるため、3)緊急性の評価、においては常に念頭においておかなければなりません。自力歩行で外来受診する患者さんであれば、緊急性はない、という思い込みは大変危険です。

 

特に、ストレス環境の有無や精神・心理的な症状を伴う場合には、より具体的に、発症の背景因子、症状出現の契機を含む増悪因子あるいは軽快因子、または症状持続因子などを丹念に検討していく必要があります。

 

腹部のみならず少なくとも胸部などを含めた身体診察を行っていきます。 

 

 

 

❷ 摂食早期の満腹感と心窩部痛を主訴に来院した。

 

②―1)「満腹感」を来す疾患
⇒ 「満腹感」とは、十分な食物摂取によって生じる感覚です。したがって、健康な人でも食べ過ぎなどによって経験することがあります。
         

これと紛らわしいのは「膨満感」であり、これは食物摂取によらず腹部が張る感覚です。その原因は、消化管ガス貯留・胃内停水・腹水貯留・腹部腫瘤などです。

しかし、実際には両者には明確な区別がつきにくいことがあります。特に本症例のように「摂食早期」に生じる「満腹感」もこのようなケースに該当します。

      
②―2)「心窩部痛」を来す疾患
⇒ 疾患の存在を疑うべき器官系統は、消化器官を筆頭に、肝胆膵系疾患の他に、循環器疾患、呼吸器疾患、腎尿器系疾患、女性器疾患など身体の広範な領域に及びます。

また、これら身体疾患ばかりでなく、精神神経系疾患の可能性もあります。さらに、身体か精神かという二者択一ではなく、心身両面が密接に関与する心身症も忘れてはなりません。

 

 

 

❸ 「6カ月前から摂食早期の満腹感を自覚

⇒自覚症状の出現は「6カ月前から」であるため、少なくとも急性疾患は否定的であり、慢性疾患であることを前提に病態を考えていくことになります。

    

カルテ記載において望ましいのは、主訴:満腹感、ではなく、主訴:満腹感(6カ月前から)というふうに期間を併記すること、あるいは期間を含めて主訴とするように教育されてきましたが、これは、とても大切な教えだと思います。このような習慣によって、3)緊急性の評価、4)重症度の評価 がより容易になることは確かです。この症例においては、いずれの評価項目も、直ちに大きな問題はなさそうです。

    

また、症状出現の契機(引き金)は「摂食早期」であることより、食物の少量接種で胃が膨張する感覚をもたらす疾患を検討することになります。空気嚥下症(呑気症)、機能性ディスペプシア、摂食障害などを考慮します。

 

 

❹ 特に脂っぽいものを食べると心窩部痛が出現するために受診した。

⇒症状出現の、より特異的な契機(引き金=誘発因子)は、「脂っぽい」食物ということです。「脂っぽい」食物は、健常人においても胃の蠕動運動を低下させ、下部食道平滑筋の弛緩をもたらす他、胃内停滞時間(胃内容排出速度)を遅延させ、コレシストキニンの分泌を促すことによって胆嚢収縮と十二指腸のファーター乳頭括約筋を弛緩させ胆汁分泌を促進します。そこで、胃・食道逆流症(逆流性食道炎)、胆石症、胆嚢ディスキネジア、機能性ディスペプシアなどを考慮します。

    

 

 

2)状態の評価においては、主訴となる症状が持続的なのか間欠的なのか、間欠的
であれば、発作性のものか非発作性のものなのか、間欠的に生じる症状は予期可能
(状況依存性)なのか予期不能なのか、という視点が大切です。
 

この症例における主訴は、食事関連性であるため、持続性ではなく間欠性であり、
症状出現は予期可能(状況依存性)であるばかりでなく、増悪因子も認識されていま
す。

したがって、数時間程度であれば自制内(患者さん自身が症状出現をコントロー
ル可能)であるため、3)緊急性の評価、4)重症度の評価においては、いずれも重
篤ではないと見ることが可能です。

したがって、5)診療計画の評価において当面の間は少なくとも他の医療機関への連絡・紹介等は必要なく、そのまま診療を継続していくことになります。


    
しかしながら、プライマリケアを志していた平成時代の前期においては、十分な診察や検査も済んでいない初診の段階で「すぐに大きな病院を紹介状を書いてほしい」という要望を受けることがあり閉口したことが何度もありました。「ここで何ができるというのですか?紹介状を書いていただきたくてわざわざ来たのです。」と見下すような表情で詰め寄られることもありました。皮肉なことに、外来が混雑する時間に限って、そのようなタイプの患者さんが来院されることが多いのです。  

 

必要最低の診療すら行わない段階で「紹介状」を書くことは、多忙な相手方のドクターに対しても申し訳ないことになります。

このような無意味な作業を一方的に命令されて行うことがプライマリケア医の役割ではないはずなのですが、モンスターペイシェントという言葉もない時代でしたので、やむを得ず紹介状を書いておりました。

その患者さんの次の患者さんが不機嫌になるのは已むを得ませんでした。待たされることが嫌な人に限って、他人の時間を惜しみなく奪う傾向があるように思われます。

そのような方は二度と来院されませんが、また二度と来る気がないから強気になれるのだとも思います。