見落としやすい腎疾患④

9月4日(金)
第1週:呼吸器・腎臓病 

 

前回はこちら

 

今回は、この疾患についての最終回です。

 

この症例の出典となった第114回(令和2年)医師国家試験問題の問いは、以下の通りです。

提示された症例は、複数の医学的問題が存在する可能性があるにもかかわらず、試験問題という形式になると、「腎病変」の存在を前提として、そこから腎疾患を鑑別できるかどうかを試しています。

これは、出題者の背景にもかかわってきます。出題者は、総合医ではなく、特定の領域の専門医・指導医であると考えられ、出題能力の限界があるからです。

しかし、実際の症例を下敷きにしていると考えられることから、「最初に腎病変ありき」ではなく、この症例にとっての医学的問題点を総合的に把握し検討するする「腎病変」に焦点を当てていき、かつ余病について見落とさないように心がけるのが現場の内科医の責務であると考えます。

また「腎病変」を見出した場合も、疾患の原因が腎臓という臓器に限局した者なのか、それとも全身性疾患の局所の部分的病変なのか、ということは常に考慮しておくべき課題だと思います、

 

腎病変の原因として、考えられるのはどれか。

 

a 糖尿病腎症 b ループス腎炎 c アミロイド腎症 
d 慢性間質性腎炎 e ANCA関連腎炎

 

⓰ 血液生化学所見:総コレステロール200㎎/dL

 

⓱ 血清免疫学検査所見:
IgG764㎎/dL(基準960~1,960)、IgA100㎎/dL(基準110~410)、IgM42㎎/dL(基準65~350)
MPO-ANCA陰性、PR3-ANCA陰性、抗核抗体陰性。

 

⓲ 尿免疫電気泳動検査所見:M蛋白を認める。

 

⓳ 血清遊離軽鎖κ/λ比0.01(基準0.26~1.65)。

 

⓴ 心電図:低電位である。

 

㉑ 腹部超音波検査:腎の腫大が認められる。

 

㉒ 心エコー検査:軽度の左室壁肥厚を認める。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

<再診時の診療Step2>

 

回答の選択肢の中でもっとも頻度の高い疾患は

a 糖尿病腎症
です。

 

❶ 68歳の男性、❷ 全身倦怠感と体重減少を主訴に来院した、というケースでは、糖尿病を疑ってみることは大切です。

しかし、⓬ 尿所見:糖(-)であることに加えて、糖代謝関連のデータが提示されていないため、のみでは糖尿病の存在の積極的根拠は見出せません。基礎疾患としての糖尿病の診断の裏付けが乏しい状況では、糖尿病性腎症を背局的に疑う段階にはいたっていません。

 

 

⓰ 血液生化学所見:総コレステロール200㎎/dL

 

総コレステロール検査結果の見方
(単位:mg/dl)

要注意 基準値 要注意 要受診
139以下 140~199 200~259 260以上

 

【基準値以下】栄養障害、肝硬変、甲状腺機能亢進症、貧血など

 

【基準値以上】高脂血症、動脈硬化、糖尿病、甲状腺機能低下症、肥満など

 

この症例での血清総コレステロール値は200㎎/dLであるため、基準値の上限を超えています。これは、一般に栄養障害や低体重を伴う場合には、総コレステロール値が基準値以下になることが多いことからすると矛盾した結果のような印象を受けます。
 

実は、上記の【基準値以上】のリストの中で「高脂血症」は、非必須項目ですが、成人ネフローゼ症候群の診断基準の4項目の一つです。この場合の「高脂血症」は脂質異常症(高LDLコレステロール血症)を背景とするものです。これは、ネフローゼ症候群の基本病態である低アルブミン血症が、肝臓でのコレステロール合成の律速酵素を増加させるためであるとされています。

 

 

ネフローゼ症候群診断基準(ネフローゼ症候群診療指針 2012)

 

ここで、この症例のデータを再度検討してみます。
上記1.随時尿において尿蛋白/尿クレアチニン比が3.5g/gCr以上の場合
⇒ ⓮ 随時尿の尿蛋白/Cr比は4.6g/gCr (基準0.15未満)、

よって該当。

 

上記2.血清アルブミン血3.0g/dL以下、血清総蛋白量6.0g/dL以下(参考)

⇒ ⓰ 血液生化学所見:総蛋白5.5g/dL、アルブミン3.1g/dL、

血清総蛋白の条件のみ該当

 

上記3.浮腫 ⇒ ⓫ 両下肢に浮腫を認める。よって、該当。

 

上記4.脂質異常症(高LDLコレステロール血症)
⇒ ⓰ 血液生化学所見:総コレステロール200㎎/dL、
ただし、これはただちに高LDLコレステロール血症を裏付けるものではないため、あくまでも参考データとなります。もっとも、注:3)脂質異常症は本症候群の必須条件ではない、とあります。

 

以上より、この症例は、上記の診断基準を厳密に当てはるならば、上記2.の必須項目を完全には満足しません。そのため、学問上はネフローゼ症候群の診断は確定しません。しかし、病態を総合的に判断するならば、実務臨床上は、ネフローゼ症候群であることを含めて治療対策を講じることになります。


⓱ 血清免疫学検査所見:
IgG764㎎/dL(基準960~1,960)、IgA100㎎/dL(基準110~410)、
IgM42㎎/dL(基準65~350)
MPO-ANCA陰性、PR3-ANCA陰性、抗核抗体陰性。

 

 IgG, IgM, IgA,これら3種の血清免疫グロブリンはいずれも低下しています。

⇒ 体内で免疫グロブリンG(IgG)が全く作られない場合を「無ガンマグロブリン血症」と呼び、少しだけ作られる場合を「低ガンマグロブリン血症」(正常の約20%以下)と呼びます。この症例のIgGは764/960=80、正常下限の80%であり、免疫不全である「低ガンマグロブリン血症」には至っていません。
  

いずれにしても、主要な免疫グロブリンが低下するのは、 多発性骨髄腫などの形質細胞性腫瘍なども鑑別する必要があります。

 

 MPO-ANCA陰性、PR3-ANCA陰性

⇒MPO-ANCAおよびPR3-ANCAのANCAが陰性であることにより、血管炎による腎臓などの臓器障害の可能性は低いです。身体所見上も血管炎を示唆する所見は示されていません。

 

したがって、回答選択肢の
e ANCA関連腎炎
 は、否定的です。

 

 抗核抗体陰性
⇒ 抗核抗体陽性は全身性エリテマトーデス(SLE)などの膠原病の存在を示唆します。この症例では 陰性であり、また、SLEは若年女性に多く、免疫グロブリンは全般的(ポリクローナル)に上昇していることが多いこととも一致しません。したがって、

回答選択肢の
b ループス腎炎
はSLE腎炎であり、SLEの可能性は低く否定的です。

 

 

⓲ 尿免疫電気泳動検査所見:M蛋白を認める。

⇒ M蛋白は膠原病、慢性感染症、肝疾患などの慢性疾患や健常者でも高率に認められます。ただし、形質細胞が癌化すると、それに対応した単一性の抗体が多量に産生され、血液中に異常に増えます。この単クローン性免疫グロブリンをM蛋白といいます。また、その一部は尿中へ漏れ出てくることがあり、ベンス・ジョーンズ蛋白(BJP)と呼ばれます。したがって、M蛋白は多発性骨髄腫を代表とする血液の悪性疾患で認められ、診断の決め手となります。 

 

 

⓳ 血清遊離軽鎖κ/λ比0.01(基準0.26~1.65)。

⇒分母に対応するλ型軽鎖の単クローン性増殖を示唆する結果であり、ベンス・ジョーンス蛋白(BJP)⁻λ産生型の多発性骨髄腫など形質細胞性腫瘍が疑われます。
   

免疫グロブリンは、血液細胞のひとつである形質細胞から産生され、H鎖(重鎖:heavy chain)とL鎖(軽鎖:light chain)から構成されています。多発性骨髄腫に代表される単クローン性マクログロブリン血症においては、免疫グロブリン遊離L鎖(free light chain)が血中に多く産生されることが知られており、κ/λ比は疾患特異的に大きく変動するため診断や経過観察、治療薬の効果判定に有用です。これらはALアミロイドーシスの初所見に一致します。

 

 

⓴ 心電図:低電位である。

⇒ 非特異的な所見であるため、単独では診断に結びつきにくい情報です。しかし、心筋疾患、とくにアミロイドーシスなどによる心臓病変(心アミロイドーシス)である可能性があります。アミロイドーシスは、全身にアミロイド蛋白が沈着する疾患であり、腎臓においてはアミロイド腎症をきたします。
    

選択肢 c アミロイド腎症 
が注目されます。

 

 

㉑ 腹部超音波検査:腎の腫大が認められる。

⇒ 腎が腫大するさまざまな腎疾患を列記してみます。
急性腎炎、急性腎盂腎炎、ネフローゼ症候群、水腎症、腎細胞癌、その他の腫瘍浸潤(白血病、悪性リンパ腫など)、糖尿病性腎症、アミロイドーシス(アミロイド腎症)
    

選択肢のなかで
d 慢性間質性腎炎
    

この疾患は、主に感染症(慢性腎盂腎炎)、薬剤性(鎮痛薬性腎症)、代謝性(痛風など)が原因となることが多いですが、腎腫大はきたしません。

 

 

㉒ 心エコー検査:軽度の左室壁肥厚を認める。
  ⇒高血圧、心臓弁膜症(特に大動脈狭窄症)、肥大型心筋

 

症、拘束型心筋症(心アミロイドーシスなど)


アミロイドーシス

アミロイドーシスは代謝性疾患に分類されますが、種々の原因により生じた、アミロイド(難溶性で線維状の蛋白質)の臓器への沈着により、機能障害を来す疾患群です。
 

全身性と局所性に分類され、全身性アミロイドーシスは、さらにALアミロイドーシス、AAアミロイドーシスなどに分かれます。とくにALアミロイドーシスには、原発性アミロイドーシスと骨髄腫合併ALアミロイドーシスがあります。

  

ALアミロイドーシスは、異常形質細胞により産生されるモノクローナル免疫グロブリン(M蛋白)軽鎖由来のアミロイド蛋白AL(Amyloidogenic Light Chain)が沈着します。

 

アミロイドが沈着する臓器別の症状・所見としては
(1) 心臓:心肥大、低電位、不整脈など ⇒心アミロイドーシス

 

(2) 腎臓:蛋白尿、ネフローゼ症候群、腎不全など ⇒アミロイド腎

 

 

<まとめ>
本例の症例の主訴である体重減少は高度な栄養障害を伴うので、全身倦怠感をもたらす可能性があること、身体所見である浮腫の原因は、栄養障害の指標項目の一つとされる低アルブミン血症が示されました。ネフローゼ症候群に匹敵する多量のアルブミンの尿への喪失に加え尿潜血の所見は腎障害の存在を強く示唆するものです。

 

特に体重減少の患者で悪性腫瘍の発見に有用であることが確認されている検査のうち、CBC、アルブミン、総蛋白の3項目で異常所見(陽性)が得られています。

 

最後に、腎実質障害については、基礎疾患としてアミロイドーシスという全身性の代謝疾患が基礎疾患になっていることが発見されました。そこから、多発性骨髄腫が合併している全身性アミロイドーシスである骨髄腫合併ALアミロイドーシスという診断に至りました。そして、その骨髄腫合併ALアミロイドーシスの腎臓病変としてアミロイド腎が説明されることになりました。

 

この問題の正解を得るためだけであれば、以下の情報だけで十分でありました。

 

⓲ 尿免疫電気泳動検査所見:M蛋白を認める。

 

⓳ 血清遊離軽鎖κ/λ比0.01(基準0.26~1.65)。

 

しかし、正解にたどり着くためだけの症例検討ではなく、広範に全人的に診療していくことによって、適切な治療方法やそのための計画立案が容易になるものと考えます。