見落としやすい腎疾患③

9月3日(木)
第1週:呼吸器・腎臓病        

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⓭ 沈査は赤血球5~9/HPF。

 

⓮ 随時尿の尿蛋白/Cr比は4.6g/gCr (基準0.15未満)

 

⓯ 血液所見:赤血球300万、Hb10.7g/dL、Ht31%、白血球7,800、血小板28万。

 

⓰ 血液生化学所見:総蛋白5.5g/dL、アルブミン3.1g/dL

 

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<再診時の診療Step1>

 

E 検査所見

■診断の進め方

 

 

A.基本的検査

基本的な検査は悪性腫瘍による体重減少を発見するために有用です。尿、便潜血、赤沈、 末梢血血球検査(CBC)、生化学スクリーニング検査、甲状腺ホルモン、胸部 X 線撮影などを実施します。このような検査で異常がある場合は精力的に検索を進めます。

 

⓭ 沈査は赤血球5~9/HPF。
⇒尿沈査赤血球1~4/HPF(=high power field:400倍視野)までは正常尿沈査ですが、5~9/HPFでは軽度ですが異常沈査です。
   

尿沈渣で赤血球を認めるときは、 以下の所見がある場合は腎実質疾患が示唆されます。ただし、これらがないからといって腎疾患の否定できません。

• 1)赤血球円柱が存在する
• 2)蛋白尿が存在する
• 3)赤血球の変形がみられる

 

当該症例は⓬ 尿所見:蛋白3+であり、2)蛋白尿が存在する、の所見があるため、腎実質疾患が存在することが示唆されます。

 

 

⓮ 随時尿の尿蛋白/Cr比は4.6g/gCr (基準0.15未満)

 

尿蛋白の評価
• 蛋白尿を疑うときは24時間蓄尿か、随時尿でのグラムクレアチニン(gCr)あたりの蛋白尿を必ず測定します。蓄尿の難しい外来では主にgCrあたりの蛋白尿を測定します。これは1gのクレアチニンが排泄されるのと同じ尿に排泄される尿蛋白量をあらわします。クレアチニンの排泄量は筋肉量に比例し1日約1gであることから、gCrあたりの尿蛋白は1日の尿蛋白排泄量に相当します。ただし、高齢者や女性では1日クレアチニン排泄量は1g以下(しばしば0.5g以下)になるため尿蛋白を過大評価しがちになるので評価に当たっては注意を要します。

⇒この症例は、グラムクレアチニン(gCr)あたりの蛋白尿を測定しています。

 

 

❶ 68歳の男性であり、高齢者であるため、尿蛋白を過大に評価してしまう可能性はあります。

 

• gCrあたりの尿蛋白は、 尿蛋白(mg/dl)/尿クレアチニン濃度(mg/dl) で計算できます。

⇒この症例では、⓮ 随時尿の尿蛋白/Cr比=4.6g/gCrであり、1日約4.6gの蛋白尿が推測されることになります。一日の尿蛋白量は0.15g以下が基準となり、3.5g以上である場合はネフローゼ症候群の診断基準の一つに該当します。

 

特に体重減少の患者で悪性腫瘍の発見に有用であることが確認されている検査は、赤沈、CBC、アルブミン、総蛋白、AST、ALT、ALP、γ GT、LDH です。これらの血液検査のどれか一つでも異常があるときを陽性とすると、悪性腫瘍の存在に対する感度は 95%、特異度は35%です。そのため、これらの基本的な検査ですべて異常がない場合には悪性腫瘍の可能性は低くなります。

 

 

⓯ 血液所見:赤血球300万、Hb10.7g/dL、Ht31%、白血球7,800、血小板28万。

 

 ヘモグロビン(Hb)=10.7g/dL<12 ⇒通常、鉄欠乏性貧血を疑います。

 

 平均赤血球容積(MCV)

=Ht(%)/ RBC(×104/μL)×1000
=31/(300×104)×10³
=103.3(fL)>100 ⇒大球性?

 

鉄欠乏性貧血は代表的な小球性貧血であり、そのため平均赤血球容積(MCV)は低値(<80fL)となることが予測されます。しかし、この症例のMCVは高値(>100fL)であり、一見矛盾しているように見えます。しかし、貧血によって骨髄において網赤血球増加するがと、網赤血球は成熟赤血球より容積が2倍程度大きいため、網赤血球が著増しているときは平均赤血球容積(MCV)が高くなります。

 

この症例提示では、網赤球赤血球数のデータは示されていませんが、増加しているであろうことが示唆されます。

 

 白血球7,800⇒正常範囲です。

 

 血小板28万⇒正常範囲です。

 

 

 

⓰ 血液生化学所見:総蛋白5.5g/dL、アルブミン3.1g/dL、

 

 血清総蛋白
血清総蛋白 (TP)検査結果の見方

(単位:g/dl)
要受診 要注意 基準値 要注意 要受診
5.9以下 6.0~6.4 6.5~8.0 8.1~9.0 9.1以上
総蛋白5.5g/dL⇒明らかな低蛋白血症で、要受診のレベルです。

 

 血清アルブミン(基準値:3.7~5.5g/dL)
血清アルブミン=3.1g/dL<3.7 ⇒ 低アルブミン血症
本症例では、なぜ低アルブミン血症が生じたのかについては、

 

 

⓬ 尿所見:蛋白3+より、尿中へのアルブミン喪失によるものであることが理解できます。

 

 血清アルブミン・血清グロブリン比(A/G比)

 

高値(>2.0) ■無γ-グロブリン血症

 

低値(<1.3)

■栄養不良 ■急性肝炎 ■肝硬変 ■膠原病 
■悪性腫瘍 ■多発性骨髄腫 ■ネフローゼ症候群 
■蛋白漏出性胃腸症

    

血清総蛋白=血清アルブミン+血清グロブリン
∴ 血清グロブリン=血清総蛋白-血清アルブミン
 

この症例では、  =5.5‐3.1=2.4
   

ここからA/G比を算出すると、
A/G比=3.1/2.4=1.29<1.3 ⇒ A/G比は低値

 

なお、体重減少の原因検索としての腫瘍マーカー測定の意義は、現在までのところ十分な検討はなされていません。

 

によって、膠質浸透圧が減少することで説明できます。

 

それでは、

【浸透圧について】

 膠質浸透圧の推計公式=血清アルブミン×5.54+血清グロブリン×1.43
この症例のデータを代入して計算すると、

 

 血清グロブリン濃度=血清総蛋白―血清アルブミン=5.5―3.1=2.4g/dL


⇒推定血漿膠質浸透圧(㎜Hg)=3.1×5.54+2.4×1.43=20.6<28

 

通常、血漿膠質浸透圧は約28mmHgであり、静脈側の毛細血管圧は15mmHg と相対的に低く、膠質浸透圧の方が高くなるので、組織液中の水分を引き抜くことができるようになります。この静脈を介した組織液の回収が約80%でリンパ管では残りの約20%を回収する。しかし、この症例のように血漿膠質浸透圧が20.6mmHg程度であると、組織液中の水分を十分に静脈へと引き抜くことができないため、むくみ(浮腫)を生じることになります。

 

 

 

B.確定診断の進めかた

 

医療面接、身体診察、一般検査の結果に基づいてその後の確定診断のための検査を進めます。消化器疾患や悪性腫瘍が疑われれば、上部消化管内視鏡、下部消化管内視鏡、腹部超音波検査、CT scan を行います。

 

 

<まとめ>
本例の症例の主訴である体重減少は高度な栄養障害を伴うので、全身倦怠感をもたらす可能性があること、身体所見である浮腫の原因は、栄養障害の指標項目の一つとされる低アルブミン血症が示されました。ネフローゼ症候群に匹敵する多量のアルブミンの尿への喪失に加え尿潜血の所見は腎障害の存在を強く示唆するものです。

 

また尿検査(試験紙による半定量法)での潜血1+という結果は、尿沈渣の高倍率(400倍)光学顕微鏡の結果、正常範囲を超える赤血球が算定され、腎実質障害が疑われました。一定量以上の赤血球が持続的に尿から排出されると貧血をきたしてきます。これとは別に、この症例では腎機能のデータは明らかにされていませんが、腎実質障害が疑われ腎性貧血を来している可能性もあります。ただし、その場合、腎から分泌される赤血球の産生を促進する造血因子の一つであるエリスロポイエチンが低下するため、骨髄での赤血球の生成が障害されることになります。この症例では、網赤血球(幼弱赤血球)の増加が推定されるため、腎性貧血は否定的です。

 

特に体重減少の患者で悪性腫瘍の発見に有用であることが確認されている検査は、赤沈、CBC、アルブミン、総蛋白、AST、ALT、ALP、γ GT、LDH とされますが、この症例では、少なくともCBC、アルブミン、総蛋白の3項目で異常所見(陽性)が得られています。これらの血液検査のどれか一つでも異常があるときを陽性とすると、悪性腫瘍の存在に対する感度は 95%、特異度は35%であるため、腎障害のみでなく、他の悪性腫瘍の存在の検索が不可欠になると考えます。

 

次回は、腎実質障害をもたらした疾患の確定診断を中心に検討することになりますが、同時に、悪性腫瘍についてどのような検索がなされているのかについて確認してみたいと思います。