注目の循環器疾患

8月31日(月)
      

先週(第4週)は、内分泌・代謝疾患についてでしたが、今週(第5週)の循環器疾患は本日のみ。そこで、本日は、内分泌に関連の深い循環器疾患をテーマとしました。

 

題材は、引き続き令和2年の医師国家試験問題です。

 

本日の症例は、最近しばしば話題になる注意すべき高血圧症についてです。これは、すべての高血圧患者が鑑別診断の対象とされ、そのための検査が必要な時代になってきたことを踏まえてお読みいただければと思います。

 

① 41歳女性

 

② 高血圧、頭痛および脱力を主訴に来院した。

 

③ 3年前から高血圧に対して、自宅近くの診療所でカルシウム拮抗薬を投与されていたが、

 

④ 血圧は150/80㎜Hg前後の高血圧が持続していた。

 

⑤ 1年前から頭痛と脱力も自覚するようになったため受診した。

 

⑥ 血液検査では血清カリウムが2.8mEq/Lと低下していた。

 

⑦ 二次性高血圧症を疑って施行した安静臥位30分後の採血では、血漿レニン活性0.1ng/mL/時間(基準1.2~2.5)、血漿アルドステロン濃度231pg/mL(基準30~156)であった。

 

⑧ 腹部単純CTでは異常所見を認めない。

 

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問題

 

診断のために行うべき検査はどれか。3つ選べ。

 

a 生理食塩水負荷試験

 

b カプトプリル負荷試験

 

c デキサメサゾン抑制試験

 

d プロセミド立位負荷試験

 

e MIBG副腎シンチグラフィ

 

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分析

①  41歳女性⇒更年期(45~55歳)前の女性であり、更年期障害に伴う不定愁訴の可能性は否定できないが、可能性は高くありません。

  
②  高血圧、頭痛および脱力を主訴に来院した。

⇒主訴をいったん#1高血圧、#2頭痛、#3脱力
に分けて原因を検索し、その後で、相互の病態の関係性を検討します。
   

#1.高血圧には本態性高血圧(80~90%)と二次性高血圧(10~20%)に大別できます。高血圧は原因に関わらず、まず重症度の評価が重要であるが、次いで原因検索が重要であり、原因が明らかな高血圧が二次性高血圧です。


① 41歳女性⇒40代初頭で更年期前の女性の高血圧は、二次性高血圧を積極的に疑ってみる必要があります。二次性高血圧には、1)原発性アルドステロン症、2)褐色細胞腫、3)先端巨大症、4)バセドウ病などの内分泌疾患をはじめ、5)腎血管性高血圧、6)睡眠時無呼吸症候群などがあり、鑑別を要します。

   

#2.頭痛は、#1.高血圧に関連するものと、関連しないものがあるため、慎重に鑑別していく必要があります。高血圧の多くは無症状であるため、高血圧の合併症としての頭痛である場合は、脳心血管系の疾患リスクが高いと考えなくてはなりません。
   

#3.脱力は、通常#1高血圧だけでは説明がつきません。ただし、重度の高血圧により脳障害を来すことがあり、これを高血圧性脳症といいます。その場合は、緊急性を要する可能性が高いです。しかし、この症例の高血圧の程度(Ⅰ度高血圧)では、高血圧性脳症を来す可能性は低いと推定されます。また、より一般的には、神経・骨格筋関連の末梢性の麻痺の可能性を検討すべきです。

 

③ 3年前から高血圧に対して、自宅近くの診療所でカルシウム拮抗薬を投与されていた⇒これは②#1高血圧という主訴に関する重要な現病歴です。

#1高血圧の治療歴が3年に及ぶため、慢性的に経過している高血圧です。

① 中年女性の慢性的高血圧の場合は、外因として生活習慣病の関与を考慮すると同時に、内因としての体質や他の基礎疾患の有無についても検討すべきです。

 

 

④ 血圧は150/80㎜Hg前後の高血圧が持続していた。

成人病における血圧値の分類(㎜Hg)

(正常域血圧)

正常高値血圧:収縮期血圧130~139 または 拡張期血圧85~89


(高血圧)   

Ⅰ度高血圧:収縮期血圧140~159 または 拡張期血圧90~99 

 

   

Ⅰ度高血圧であり、重度ではないが治療コントロールが不良な高血圧です。
   

使用している降圧剤はカルシウム拮抗薬というだけで、その種類や投与量は不明であるが、一般にカルシウム拮抗薬の降圧効果は安定しているため、当該症例が本態性高血圧であるとするならば薬剤抵抗性高血圧もしくは難治性高血圧の可能性があるが、同時に二次性高血圧の可能性を疑うべきでしょう。

 

 

⑤ 1年前から頭痛と脱力も自覚するようになったため受診した。

⇒この現病歴は重要です。#1.高血圧治療開始後2年を経て、#2頭痛、#3脱力を自覚していることから、#1.高血圧治療が不十分であることに加えて、#2頭痛、#3脱力の自覚症状は#1高血圧との関連で、より慎重に検討されるべきでしょう。

 

 

⑥ 血液検査では血清カリウムが2.8mEq/Lと低下していた。
⇒血清カリウムの基準値は3.5~5.3 (mEq/L)であり、3.5 mEq/L未満である場合は、#4.低カリウム血症と診断されます。

 

 低カリウム血症は、降圧薬(サイアザイドなど)や利尿薬(ループ系)の他、ステロイドホルモン、グリチルリチン(特に甘草を含む漢方薬)の服用でももたらされる(偽アルドステロン症)ため、服薬内容の確認が必要です。当該症例で処方されている降圧薬はカルシウム拮抗薬であるため、低カリウム血症の原因とは考えにくいです。

 

 

⑦ 二次性高血圧症を疑って施行した安静臥位30分後の採血では、血漿レニン活性0.1ng/mL/時間(基準1.2~2.5)、血漿アルドステロン濃度231pg/mL(基準30~156)であった。

 

⇒出題者の記述中の「二次性高血圧症を疑って」に関しては、主訴#1.高血圧と#3.脱力が#4.低カリウム血症と密接な関連があるためと推定できます。
    

その場合、#4.低カリウム血症を是正すれば、#3.脱力が緩和する可能性もあります。しかし、#4.低カリウム血症をもたらしている原因となる病態を把握しなければ、#1.高血圧に対する適切なアプローチは不可能となります。
     

そのために必須となる検査項目が、#5.血漿レニン活性および#6.血漿アルドステロン濃度の測定です。

 

 血漿レニン活性、血漿アルドステロン濃度が共に高値
⇒続発性アルドステロン症(心不全、肝硬変、ネフローゼ症候群などで生じるが、増大したナトリウムは血管外に貯留し浮腫を伴うが、そのため高血圧にはならない。)

 

 血漿レニン活性、血漿アルドステロン濃度が共に低値
⇒偽アルドステロン症

 

 血漿レニン活性低値、血漿アルドステロン濃度高値
⇒高アルドステロン症

     

#5.血漿レニン活性0.1ng/mL/時間(基準1.2~2.5)
⇒ 低レニン活性
     

#6.血漿アルドステロン濃度231pg/mL(基準30~156)
⇒ 高アルドステロン症

     

「高血圧治療ガイドライン2009」においては、未治療例、コントロール不良例を含める高血圧患者を対象としたスクリーニング検査としてアルドステロン/レニン比が有用とされています。

 

低カリウム血症を伴う高血圧では、原因としてアルドステロンの過剰分泌の可能性があり、その結果、レニン分泌が抑制(レニン活性の低下)を来すことがあり、これは代謝性アルカローシスなどの症状を呈し、脳、心血管、腎臓などの臓器障害を合併することが多いため、早期発見の重要性が指摘されています。

 

このような病態を、原発性アルドステロン症といい、従来は稀な疾患とされていたが、近年では高血圧患者の10%程度にのぼるとの報告があります。

     

そこで、この症例についてアルドステロン/レニン比を計算してみます。

アルドステロン/レニン活性比=231/0.1=2310>>200(基準値:200以下)
    

高アルドステロン、低レニンの特徴が数値データとして顕著に表れています。

      

主訴①高血圧の原因疾患として、原発性アルドステロン症の可能性が高いと言えます。

      

それでは、設問ではなぜ診断のために各種の負荷試験等を必要としているのでしょうか。それは、血漿レニン、アルドステロン値は、安静度や体位などによる変動が大きいために、他の方法による検査による裏付けを得ることによって診断を確実にする必要があるからです。その場合は、原発性アルドステロン症の診断の根拠を与えてくれるような検査による確認が必要となります。

 

 

⑧ 腹部単純CTでは異常所見を認めない。
⇒腹部単純CT検査を実施する理由は、おそらく腎臓・副腎等に腫瘍性病変や腎血管の異常などの有無を確認するためであったのではないかと推定します。しかし、副腎ホルモン産生腫瘍の存在を単純腹部CTで確認するには、腫瘍径が5mm以上でなければ困難です。外来診療で、どうしても確認しておく必要があれば、腹部超音波検査(3.5MHz プローブで、分解能約 1mm)を行うことが実際的かもしれません。

 

原発性アルドステロン症の診断のための検査は、
1) スクリーニング、2)確定診断、3)局在診断
の3段階で行います。

 

設問が問うているのは、1)スクリーニングテストで、原発性アルドステロン症を疑った症例に対して2)確定診断に至らせるための負荷試験の選択、および3)局在診断のための副腎シンチグラフィ―検査についての知識が正確かどうかをみようとするものです。しかし、手術を前提とする局在診断では、選択的副腎静脈サンプリング検査が必須になります。

 

〇 a 生理食塩水負荷試験⇒腎血流量増加によりレニン活性を高めても、血漿アルドステロンの低下はみられないことを確認する。


〇 b カプトプリル負荷試験⇒カプトプリルはアンジオテンシン変換酵素阻害薬に分類される降圧剤である。カプトリル負荷により、アルドステロンの分泌を抑制し、レニンの分泌を刺激する試験。原発性アルドステロン症はカプトリルによってもアルドステロンは抑制されないため、血漿レニンに対してアルドステロンが著増(アルドステロン/レニン比>200)することを確認する。検査侵襲が少ないため主流の検査の一つになっている。
× c デキサメサゾン抑制試験⇒クッシング症候群雄診断に用いられるが、レニンやアルドステロンとは無関係

 

〇 d フロセミド立位負荷試験⇒正常であれば、利尿剤であるフロセミドによって循環血漿量が減少し、それに対してレニン活性(PRA)が亢進することによって、血圧を維持する。原発性アルドステロン症の患者では、フロセミドにより循環血漿量が減少しても、PRAは抑制されたまま低値の状態となる。
× e MIBG副腎シンチグラフィ⇒副腎シンチグラフィでアルドステロン症を診断する場  合には¹³¹I-アドステロールを用いる。MIBGは褐色細胞腫の局在診断に用いる。

 

以下は、参考資料です。原発性アルドステロン症に関しては、1)スクリーニングは、外来診療機関で行われていますが、2)確定診断のための各種負荷試験は、以下のような副作用や禁忌があるため、入院設備のある専門医療機関で実施することが望ましいと考えています。

 

原発性アルドステロン症診療マニュアル 改訂第3版

 

臨床編 第3章 診断検査の種類と特徴 

アルドステロン分泌が自律性かつ過剰であることを明らかにする検査である.機能確認検査は機能面から原発性アルドステロン(PA)と診断し,副腎静脈サンプリングの実施適応や治療法の選択など,その後の診療ステップを決定するうえで重要であるが,クッシング症候群におけるデキサメタゾン抑制試験に相当する簡便な単一の検査はない.現在,カプトプリル試験,生理食塩水負荷試験,フロセミド立位試験,経口食塩負荷試験,フルドロコルチゾン食塩負荷試験の5種類があるが,わが国では前4種類の検査が推奨されている.

 

1)カプトプリル試験
【感度】66~100 % 【特異度】68~90 %負荷後(60 分または90 分)ARR>200(またはPAC/ARC>40)副作用:血管浮腫
2)生理食塩水負荷試験
【感度】83~83 % 【特異度】75~100 %負荷4 時間後PAC>60 副作用:血圧上昇,低カリウム血症、禁忌:コントロール不良の高血圧,腎不全,心不全,重症不整脈,重度低カリウム血症

 

3)フロセミド立位試験
【感度,特異度】 データなし負荷後(2 時間)PRA<2.0(または負荷後ARC<8.0)
副作用:低カリウム血症,低血圧

 

4)経口食塩負荷試験
【感度】96 %【特異度】93 %尿中アルドステロン>8 μg/day(尿中Na>170 mEq/day)副作用:血圧上昇,低カリウム血症、禁忌:生食負荷試験と同じ.
腎不全で偽陰性 PAC:pg/mL,PRA:ng/mL/hr,ARC:活性型レニン濃度(pg/mL)
〔日本内分泌学会:わが国の原発性アルドステロン症の診療に関するコンセンサス・ステートメント,日本内分泌学会雑誌2016;92(supp1)より引用〕