統合医療(東洋医学・心身医学)新型コロナウイルス感染症の積極的予防法:藿香正気散(かっこうしょうきさん)

8月22日

 

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藿香正気散は、いわゆる胃腸型の感冒に用いる処方であり、そのため夏風邪の特効薬とされてきました。

要するに、冷たい飲み物や果物、なま物などの摂り過ぎで、胃腸の機能障害が起こって免疫力が低下することによってもたらされる感冒、あるいは冷えた潮風(現在では、扇風機やクーラーの冷気)に晒されてもたらされた風邪です。

中医学ではこうしたかぜの原因を湿邪といいますが、湿邪を伴うかぜは「重だるい」感じがするのが特徴です。

 

 

藿香正気散は、13もの生薬によって構成されますが、主薬(=主役)は名称の由来ともなった藿香(かっこう)です。これは、解表作用といって、発汗させて解熱させる働きがあります。そのメカニズムは、胃液の分泌を促し、消化力を強めて食欲を増進し、嘔吐や下痢を止めることによってもたらされます。ですから、夏かぜばかりでなく<夏バテ>にも大いに役立ちます。

 

藿香の原植物は古来、一般に広藿香と呼ばれるパチョリに由来するものと、土藿香と呼ばれるカワミドリに由来する2種がありました。共に良い香りがあるシソ科の植物です。
 

パチョリはインド原産の多年草で、全草に強い香りがあり、精油を約1.5%含み、シソ科植物の中では最も香りが強い植物として知られています。

原産地では古くから衣服の香料や浴湯料に用いるほか、薬用として解熱、鎮痛、喘息や消化器疾患の治療に用いられてきました。パチョリの名もタミール語に起源します。

現在市場に流通している藿香の多くはこのパチョリに由来しています。一方のカワミドリは日本にも自生し、北海道から九州、また朝鮮半島、中国、ロシアの極東地方に分布する多年草です。全体に強い香りがあります。

 

ただし、『南州異物志』では、藿香は南方のものであることを示されています。これはパチョリに相当します。一方、明代の李時珍が記載した藿香は茎が中空であるとする点からカワミドリであったようです。この混乱は我が国にも伝えられたようで、『重訂本草綱目啓蒙』では、パチョリに由来する藿香は青葉藿香と称されて真の藿香であり、カワミドリに由来する藿香は埋藿香、土藿香などと称され偽物であると説明されています。


パチョリとカワミドリは含有する精油成分も異なっています。中国でも古来原植物が混乱し、パチョリに由来する広藿香がカワミドリに由来する土藿香よりも優れているとされていたようですが、パチョリは南方に産するもので北方では育たなかったため、類似したカワミドリが代用されたものと考えられます。

藿香正気散の名称の由来となった主薬の藿香についてのことですから、とても大切な課題です。しかしながら、私は藿香に関するこの問題は、藿香正気散の働きを助ける他の有力な脇薬(=脇役)である、蘇葉、白芷がともに藿香の解表作用を十分に補完してくれるものと考えることができるからです。藿香、蘇葉、白芷はいずれも香気成分に富む薬用植物で、芳香化湿という共通する薬理作用をもっています。

 

蘇葉は藿香と同様にシソ科植物です。薬用としてのシソは『名医別録』に「蘇」の名前で初めて収録されました。薬用には種子を用いていました。その後、陶弘景も同様でしたが、葉の効能が明記されるのは宋代の『図経本草』です。

「蘇」とは紫蘇のことで、神経症には「蘇」の茎葉が用いられます。いずれにせよ「蘇葉」は数少ない気剤の一種です。蘇葉は、胃液分泌を高め胃腸の蠕動を促進し、吐き気を止め、痰の切れを良くし、利尿に働き、発汗解熱作用で藿香を助けます。

また、白芷は『神農本草経』の中品にリストされている生薬ですが、これも藿香や蘇葉とともに解表作用を持っています。白芷は頭痛を止め、発汗や解熱を助けます。この働きは、藿香正気散を構成する他の生薬である生姜によって、さらに強化されます。

 

藿香、蘇葉を除く11の構成生薬を3品分類すると、以下のように、その大半が上品薬で占められ、下品薬は2味のみであることがわかります。

上品薬が主体であるということは、体力や免疫力が低下して、感染症や薬による有害作用にデリケートな方にも使いやすい処方であることを示唆します。たとえば上品薬の生姜・甘草・大棗のトリオは健脾和胃といって、胃腸の消化作用を強めるばかりでなく、諸薬の働きが偏らないように調和する働きを発揮することは古来より良く知られています。

 

【上品(上薬)6味】
白朮、茯苓、生姜(乾姜)、大棗、陳皮(橘柚)、甘草『神農本草経』

 

【中品(中薬)3味】
白芷、厚朴『神農本草経』、大腹皮(濱榔子として)『名医別録』

 

【下品(下薬)2味】
半夏、桔梗『神農本草経』

 

 

下薬に分類されている半夏は、単独で強い作用を発揮するのではなく、上薬の陳皮、中薬の厚朴・大腹皮とともに程よい理気化湿作用をもち、すなわち胃腸の蠕動を強め、ガスを排出し、腹部膨満感を除きます。

 

また、半夏は、上薬の生姜とともに嘔吐を鎮め、胃腸の蠕動を調整し、痰を切り、咳を鎮める作用も持っています。これは単独でも去痰・止咳作用があるもう一方の下薬である桔梗によって効果がより確実に発揮されます。

 

 

最後に、新型コロナウイルスに対する積極的予防法をすでに実践中の皆様からいただくご質問をもとに、より有効な使用法について手短にポイントをご紹介しておくことにいたします。

 

<『藿香正気散』の主な応用法>

1 新型コロナ予防対策としては、まず日頃から『玉屏風散(ぎょくへいふうさん)』を1日1~2包内服して、免疫力を高めておくことが望ましいです。


2 暑気あたりや夏かぜ症状や、嘔吐・下痢などの消化器症状(霍乱:かくらん)を伴う場合など、『藿香正気散(かっこうしょうきさん)』を使用する場合は『玉屏風散』と併せて(混合して)湯に溶かして、少しずつ喉を潤すように服用してください。

 

3 熱中症予防には、『生脈散(しょうみゃくさん)』が第一選択ですが、身体が重だるく倦怠感があり、お腹がすっきりしないようであれば、『藿香正気散(かっこうしょうきさん)』と併用することも可能です。

 

4 ノド痛、いびき(夜間の睡眠中に、口を開いていて、喉を傷めやすい人)にも有効です。

 

5 高熱(平熱+1.5℃以上:平熱36.5℃であれば38℃)があれば『地竜(じりゅう)』も内服してください。