6月2日(火)炎症の視点から診る各種の呼吸器疾患No2

インフルエンザ

 

インフルエンザという名前を持っている病原体は2つあります。一つは細菌でインフルエンザ桿菌、もう一つがインフルエンザウイルスです。一般にインフルエンザと言う場合には後者を指します。

 

ここでは、念のため前者によってもたらされる肺炎(インフルエンザ菌肺炎)について言及しておきます。

インフルエンザ菌肺炎は、成人の市中肺炎で、肺炎球菌肺炎に次ぐ主要な細菌性肺炎です。これは、口腔咽頭内の常在菌で、慢性呼吸器疾患の急性増悪のときに見られる頻度が高いです。

ウイルスによる上気道炎(いわゆる、かぜ症候群)に続発する場合が多く、慢性気管支炎や気管支拡張症の急性増悪の原因としても重要です。

ただし、全く基礎疾患のない青壮年にみられることはまれであり、喫煙者、慢性閉塞性肺疾患、心肺機能に何らかの障害がある患者、高齢者にみられる頻度が高くなります。

この場合、第2・3世代のセフェム系、β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン、ニューキノロン薬、重症例ではカルバペネムが治療に用いられます。しかし、近年、β-ラクタマーゼ非産生アンピシリン耐性菌(BLNAR)のインフルエンザ菌が増加しており、警戒されています。

 

杉並国際クリニックは、30年以上に及ぶ禁煙指導を徹底してきた結果、受診者の中での喫煙者率は2%以下です。

その甲斐あってか、慢性閉塞性肺疾患の患者数は顕著に減少し続けています。また、心肺機能を含む体力チェックは定期的に行ない、基礎疾患群を含め全般的に良好な管理状態が維持されています。

 

一方、冬季に流行するインフルエンザは「季節性インフルエンザ」と呼ばれ、これはウイルスです。これによりわが国では毎年流行期間中での医療機関の受診者1,000~2,000万人にのぼると推計されています。

概算で、国民の6~10人に一人が受診している計算になります。本疾患は比較的予後良好です。しかし、高齢者や基礎疾患を持つ方は重症化することもあります。

 

季節性インフルエンザの治療については、日本感染症学会による「抗インフルエンザ薬の使用適応について(改訂版)」が治療ガイドラインとして有用です。最近になって新たに「一般社団法人日本感染症学会提言~抗インフルエンザ薬の使用について」が公開されました。
この提言では、2018年に発売されたバロキサビル・マルボキシル(ゾフルーザ®)、についても言及しています。

 

インフルエンザ流行期間中に典型的なインフルエンザ症状をみた場合には、インフルエンザ迅速診断キットを用いて診断することが推奨されていましたが、私は初期の段階からこの指針に疑問を感じていました。

その理由は、インフルエンザにおけるウイルス排泄のピークは発症後24~48時間頃で、その後急速に減少するからです。免疫能が正常である場合、ウイルスはほとんど検出されなくなるからです。

これが臨床的に意味することは、インフルエンザ迅速診断キットを用いた有効な診断に努めるほど、かえって外来の待合室等での感染リスクを高めてしまうことになるからです。

しかも、かつて当クリニックでインフルエンザ迅速診断キットでの検査を求めてくるのは、ほとんどが初診患者であり、日頃健康管理をしていない層であり、マスクなし受診率95%、喫煙率は70%にも及んでいました。また季節性インフルエンザワクチン接種率は何と3%足らずでした。

 

このようなタイプの方々と、日頃から健康管理に努めている勤勉な患者さんを同席させることに私は罪悪感を覚えました。

インフルエンザ迅速診断キットがもたらす害は、ほかにもあります。

 

第一に、受診に至るまでの交通機関等による移動の際に、多くの無防備な市民に感染させてしまうリスクが高いこと、検査は保険診療で実施できますが、同一医療機関では1回のみが可能です。

そこで保険診療のフリーアクセス制度の問題点として、検査が陽性になるまで、次々といろいろな医療機関を受診して検査を受ける方も少なくないことです。

 

もう一つの問題点は、インフルエンザ迅速診断キットの検査結果が陰性であった場合、医師の総合判断によってインフルエンザ感染症を強く疑っても、抗インフルエンザ薬を処方できなくなることです。

つまり、事実上、インフルエンザ迅速診断キットを用いた段階で、医師は臨床的な総合的判断を放棄して、検査キットにすべての判断とその後の治療方針を委ねてしまうことになるのです。

 

仮にインフルエンザ迅速診断キットで陽性の結果が得られた場合にも、いくつかの問題点を指摘することができます。それは、治療薬としてバロキサビル・マルボキシル(ゾフルーザ®)を処方することです。この薬の特徴は、ウイルスの増殖を抑制し、1回の投与で治療が完了することです。

たとえば典型的な患者像として想起されるのは、軽薄短小・スマホ世代にありがちな多忙な喫煙者の営業マンのようなタイプの方です。

このようなタイプの方は、かつては「一発で治る注射を打ってくれ」とか、「点滴をしてくれ」とか要求してくるタイプでした。

最近では「ゾフルーザ出してくれ」と、さも情報通であることを鼻にかけて得意そうに強要してきました。希望通りの処方をすれば大満足でしょう。しかし、これが問題なのです。

そのような方は数日間の自宅静養を行わず、直後から盛んな営業活動を始めてしまいがちだからです。その間にはまだウイルスをまき散らしているであろうことを考えると、処方医の社会的責任は大きいと思います。

 

患者さんはお目当ての薬がすんなり処方されると満足されることでしょう。処方医自身も親切で患者ニーズを満たせていることで「三方良し」と勘違いしているかもしれません。

しかし、この薬の使用により耐性ウイルスの出現が問題になっています。つまり、内服した本人にも薬が効きにくくなっているということです。そのような方が、勝手に安心して、大威張りで社会活動することによる感染の拡大こそが問題なのです。この問題点に気づいて再検討を指摘する専門家が少なかったことは残念なことです。

 

Covid-19のパンデミックがここまで大きく拡大した原因の一つは、中国への過度な依存と無警戒ですが、もう一つはインフルエンザ迅速診断キットへの異常なまでの依存であったのではないかとさえ思われます。

なお、現在、インフルエンザ迅速診断キットによる検査実施は、諸般の理由で控えるべきだとされています。

 

その他のインフルエンザ感染症としては、鳥類において検出されるインフルエンザウイルスのヒト感染症(鳥インフルエンザ)は、しばしば重症化して国際的な疫病問題にまで発展します。

鳥インフルエンザについては、日本感染症学会の「鳥インフルエンザA(H7N9)への対応」が治療ガイドラインとしての役割を果たしています。今後も、警戒が必要です。

 

新型インフルエンザ(鳥インフルエンザを含む)の治療については、米国疾病予防管理センター(CDC)がガイダンスしています。

わが国では新型インフルエンザ対策の概要が内閣官房のウェッブサイト(新型インフルエンザ等対策)に示されており、厚生労働省のウェッブサイトには研究班による新型インフルエンザ治療ガイドライン(新型インフルエンザ治療ガイドライン・手引きなど)が示されています。

 

 

結論:

まずはインフルエンザの予防に努める。次に、インフルエンザ感染に限らず、急性感染症に罹ったと感じたら、無理をして出勤したり、インフルエンザ迅速診断キットによる検査を受けるために受診したりしようとはせずに、主治医と連絡して相談に乗ってもらう。その後、最低で3~4日の自宅静養とし、不可欠な勤務は可能な限り自宅で行う。