6月1日(月)炎症の視点から診る各種の呼吸器疾患No1

かぜ症候群

 

まず、かぜとは何でしょうか。

以前は、いかにも社交辞令よろしく「かぜをひいたら診ていただきますね?」とあいさつされることが多かったです。

このような挨拶を受けて笑顔で「お待ちしています」というのも私の柄に合わないので、高円寺南診療所の最初の10年くらいは「かぜをひいてからでなく、かぜをひく前にいらしてください。」などといって失笑を買っていたことがありました。

 

「かぜをひいたら診ていただきますね?」近所の方から、いくら笑顔で丁寧な言葉で挨拶されても、このような挨拶を受けてうれしく感じる内科医は少ないと思います。

内科医=かぜ医者ではないからです。さりとてかぜを軽視しているつもりは全くありません。

それどころか、かぜはとっても取り扱いが一筋縄ではいかない病気なのです。

 

かぜの診断と治療は難しいのです。

なぜならば、かぜとは、治ってみてはじめて確かな診断がつく病気の一つだからです。

もっと言えば、かぜの診断と治療が難しいというよりも、かぜと思しき初診の患者さんの取り扱いが難しいケースが増えてきたからです。

それは、患者さん自身が勝手に風邪の診断しておいて、「かぜのお薬を出してください」という典型的なケースで常に感じさせられます。

 

「解熱剤と抗生物質をください」などと当り前のように注文されることは頻繁にありました。

自分で診断できるような病気を診させる相手の医師に対して、その患者さんはどのように評価し、どのような言葉遣いや態度をお取りになるでしょうか。想像がつきますか?

 

治療介入によって症状が速やかに消失すれば、病気が治ったものと勝手に決め込むのが素人の常です。

そうしたニーズに巧みに答えることで小さな名医になることはできそうです。

しかし、単に症状を消すことは、身体から発せられた警告信号をオフにするだけのことであって、治すこととは全く異なります。

逆に、真の回復を妨げ有害な結果をもたらしてしまうこともあります。

本当は力ずくで無理やり「治す」のではなく、できるだけ自然な経過で「癒える」のを支えることが大切なのだと思います。

 

こうしたことを30年間、俗世間の御仁に愚直なまでにそれを説いてきましたが、バカにされたり、怒りを買ってしまったり反感をもたれるばかりで、全くの徒労でした。

特に地元高円寺界隈の喫煙者の方には受けが良くありませんでした。

この30年間で私も見事に悟りを得て聖人の域に達することができれば、それを今までのスタイルで続けていったことでしょうが、これ以上はご勘弁いただきたいところです。

 

幸いに「令和」の新時代を迎え、名称を「杉並国際クリニック」に改称し、初診受付の予約制を導入してからというものは、外来受診者数は半減しましたが、身勝手で無知で我儘なコンビニ受診者がほとんど皆無になり、その分、勤勉で誠実な皆様に対する診療が丁寧に実施できるようになったことは感謝すべきことです。

 

 

かぜ症候群は、上気道(註1)の非特異的(註2)カタル性(註3)炎症です。

 

註1:

上気道…鼻孔あるいは口腔から喉頭までの呼吸気道の部分
つまり、耳鼻咽喉科の領域です。咽喉(いんこう)はのどのことですが、口を大きく開けて見える範囲を咽頭、それより下の声を出すあたりの範囲を喉頭といいます。したがって、気管から肺までの間は下気道となります。

 

註2:

非特異的…ある状態や疾患に特徴的にみられるとは限らないこと
したがって、厳密な診断をすることは容易ではないということ。
つまり、Covid-19(武漢肺炎ウイルス)との鑑別も困難です。

 

註3:

カタル性…カタルとは粘液や滲出液の分泌の増加を伴う粘膜の炎症

 

 

通常は自然軽快する疾患群です。発熱等の症状が出現したら、

「節制しなさい。この際に、タバコはやめてしまうように。水分を補給して、早めに休みなさい。その間に熱を出して抗体を作っておくから、解熱剤なるまやかしもので邪魔だてしないように。」という身体からの応援メッセージとして受け止めることができれば完全な回復が助けられます。

養生の初めは、自分の体から発せられている言葉を謙虚に受け止めることにあります。

 

成人は1年間に3~4回のかぜ症候群に罹患しますが、そのほとんどはウイルスによる急性上気道炎です。したがって、ほとんどの場合、抗生物質は不要です。

 

近年では、多くの疾患でガイドラインが作成されていますが、かぜ症候群のガイドラインは、2003年に日本呼吸器学会から「呼吸器感染症に関するガイドライン 成人気道感染症診療の基本的考え方」が刊行されています。

 

より新しいガイドラインとしては、2017年に「抗微生物薬適正使用の手引き第一版」が厚生労働省から発表されました。

これは国際的な薬剤耐性菌、およびそれに伴う感染症の増加を問題視して、急性上気道感染症に対する適正な抗菌薬の使用を目標に明確な指針になっています。

 

さて日本呼吸器学会や厚生労働省が、かぜに対してまでガイドラインを発表しなければならなくなった背景を御存じでしょうか?答えは簡単です。

コンビニ患者様の急増とともに、そうしたお客様の表面的なニーズに直ちに応じてしまう名医(迷惑医?)が日本中に増えてしまったからです。

いや、世界中の傾向です。

つまり、ウイルスには効かない抗生物質等を処方してしまうことによって、薬剤耐性菌を増やしてしまったからに他ならないからです。

こうした傾向が新型コロナウイルスのパンデミックの一因にもなっているのではないでしょうか。

 

患者さんの体が発している声を聴いて、それを患者さんに伝えるのが本当の名医だと今でも信じています。

患者さんが気付いていない無意識の世界との交流をするわけですから、最先端の医学知識を持つ科学者であると同時に恐山の「いたこ」や沖縄の「ゆた」に似た役割を果たすことになります。

本物の心身医学の専門医は、このような心身相関理論といって、患者さん自身が見えない・見ない・見ようとしない、あるいは感じられない・感じない・感じようとしない現象を辿っていくスキルを持っています。

この両面は互いに決して矛盾することではないのですが、スマホ世代の人々を相手に心身医学は難渋しています。

かぜ症候群でも心身医学のスキルは役立ちますが、今後は予防方面に応用していきたいと考えています。