4月20日(月)糖尿病診療の実際No1

保険診療の検査実施上の落とし穴(その1)

 

落とし穴といっても患者さんにとっての落とし穴ではなく、医療機関の経営にとっての落とし穴のお話ですのでご安心ください。

 

ただし、医療機関の経営基盤が不安定なものになると、最終的には患者の皆様にとっても不利益が及ぶことになりますので、決して無関係ではないと考えます。

 

患者さんの多くは、保険医療の実務や実態を御存じないため、保険証があれば、あらゆる検査や治療が保険で賄えるとお考えのようです。

また、そこまでではなくとも、患者さんの要望であり、かつ、医学的に適応のある医療サービスでありさえすれば、すべて保険医療でカバーできるとお考えであっても不思議はありません。しかし、現実は違うのです。

 

保険医療は患者さんと医療機関との契約以前に、医療機関と国との詳細な取り決めがあるからです。

保険医療サービスを受ける権利者である患者の皆様たちが、保険医療のシステムの基本を全くご存じないという現実は、ややともすれば患者-医師間の信頼関係を損ねやすくなる主要な原因である誤解に基づく不信を生むものと思われます。その一例を具体的に挙げてみることにします。

 

以下は、杉並国際クリニックの今年の1月の診療報酬減増点連絡書の一部です。

 

減増点とはまったくの偽善的美称であり、ほぼすべてが減点審査です。この30年間に増点された経験は一度もありません。だから、増減点でなく減増点と呼ぶのかもしれません。なるほど「減点を増やすための連絡書」と読めば実態通りとなります。

 

ただし、中には、次の例に示すように、基金の判断が妥当であり、当方が反省し、再発防止をすべきケースもあります。

 

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1月分減増点連絡書(社会保険診療報酬支払基金東京支部)より

 

減点事由A:

療養担当規則等に照らし、医学的に保険診療上適応とならないもの

減点事由B: 療養担当規則等に照らし、医学的に保険診療上過剰・重複となるもの

(1件)

 

減点事由C: 療養担当規則等に照らし、A・B以外で医学的に保険診療上適切でないもの

(1件)

 

減点事由D: 告示・通知の算定要件に合致していないと認められるもの

 

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減点事由B: 療養担当規則等に照らし、医学的に保険診療上過剰・重複となるもの(1件)のケースについてご報告します。

 

減点対象<請求内容>HbA1c 
  

審査結果の理由等:

『1型糖尿病及び妊娠を含む病名(確定)がなく、同月にHbA1c、1.5AG又はグリコアルブミンが併せて2回以上算定されています。』


 ⇒「(厚生労働省通知)により、月1回に限り主たるもののみ算定する」
  

 

 

当クリニック調査結果と原因分析:

第1回目1月10日実施(糖尿病関連定期血液検査にてHbA1c検査実施)

第2回目1月28日実施(75Gブドウ糖負荷試験にてHbA1c検査実施)
  

原因:

医学的に保険診療報適応となる検査ではありますが、2月に予約していた検査を患者様のご都合と強い御要望により、若干前倒しして実施したところ、ギリギリ同月に実施することになってしまったため減点を受けてしまいました。


対策:

保険医療のシステムについて、患者様により詳しくご説明させていただき、検査の実施計画についてご理解をいただき再発を防いでいきたいと考えます。

 

 

さて糖尿病の日常診療は、診断においても治療上での血糖コントロール目標に到達しているかどうかの評価においても、糖尿病の臨床では血液検査は不可欠です。特に血糖値およびHbA1cのデータは最も基本になるものです。糖尿病に限らず、わが国の保険診療は、詳細なルールの取り決めがあります。医療従事者以外の方はご存じないと思われるのが「療養担当規則」というのがそれです。

 

たとえば、医学的に保険診療上適応がある検査を行ったからといって、必ずしも医療機関への保険診療報酬が支払われるとは限りません。医療機関としては、自らの専門的労務の提供に加え、外注する臨床検査機関への支払いという支出が発生していても、それに見合った報酬が確保されなければ、赤字となり医療経営は成り立たないことになります。

 

杉並国際クリニックでは、血液検査の実施は概ね3カ月を原則としているため、通常であれば上記のような過剰・重複を指摘されることはありません。

しかし、単発的な検査を実施する場合には、検査のために必要なタイミングや個々の患者さんのご都合等のための調整を余儀なくされるためなど様々な条件が絡むことによって、医療機関が思わぬ経済的損失を被ることがあり、これが累積すればたちまち経営困難に陥ることさえ起こりえます。
ですから、患者の皆様のご理解とご協力を仰がない限り、健全な医療経営は困難となっているのです。

 

つまり、現場の臨床医は、保険医療による医療を安定的に持続させるためには、医学的な常識や知見だけでは不十分であるということです。日進月歩の医学の進歩に見合うだけの自己研鑽だけでも大きな負担である上に、「療養担当規則」という事務的なルールブックに習熟し、その詳細に完璧に準拠していなければ医療経営は破綻することになります。

 

我が国の現場医療での不思議な現象の例として、大学病院等での臨床的能力は超一流であった優秀な専門医が、開業して経営破綻し閉院してしまうケースがあります。その大きな理由は、過剰な設備投資、人件費、それから「療養担当規則」といった医療実践の縛りによる思わぬ報酬削減などが大いに関係していると考えられます。優秀なスタッフを確保するためには、それに見合うだけの待遇が必要なのですが、多くの医療機関では厳しい現実の困難に直面しています。

 

<明日に続く>