4月17日(金)肝臓病診療のトレンドNo5

自己免疫性肝疾患の最近の動向

 

自己免疫性肝疾患の疫学調査では、症例数の増加や自己免疫性肝炎(AIH)、原発性胆汁性胆管炎(PBC)での男性比率の増加が報告されています。

ただし、AIH、PBCの原因はいまだに不明です。

肝臓病は消化器内科領域ですが、肝臓病専門医であっても、病態を深く理解するには免疫学の造詣が深くなければ難しいと思われる疾患です。

リウマチ専門医やアレルギー専門医は臨床医の中では最も専門的に免疫学を勉強している集団なのですが、それでも最先端の基礎理論を理解するのには骨が折れます。

 

専門的な話になりますが、AIHにおいては、肝細胞に対する自己免疫性T細胞の活性化やPD-1等の抑制性共刺激分子、制御性T細胞、Th17細胞ならびにサイトカイン・ケモカインを含む免疫異常が病態形成に重要であることが報告されています。

つまり、免疫異常がもたらす病気だということです。

このAIHでは目下、重症度判定の見直し、薬物性肝障害との鑑別も含め、非定型例の診断法の確立が急務のようです。治療法としては、公知申請により、プリン代謝拮抗薬に分類される免疫抑制薬アザチオプリン(イムラン®、アザニン®)が保険適応となりました。

ただし、再燃例では本剤は適応になっておらず、また重症例に対する治療指針の策定も求められているところです。

 

さて、AIHとの鑑別が難しいことが課題となっている薬剤性肝障害は薬物性肝障害ともいいます。その大部分は服用前の予測が難しいアレルギー性です。

アセトアミノフェンは中毒性肝障害の代表例であり、用量依存性に肝毒性を来します。自己免疫性肝炎(AIH)の診断が難しいとされる理由の一つは、鑑別疾患である薬剤性肝障害の診断が難しいからです。

逆に薬剤性肝障害を考慮するためには、①肝障害患者であること、②飲酒歴を聴取してアルコール性肝障害を否定できること、③肝炎ウイルスマーカーが陰性でウイルス性肝炎を否定できること、④超音波など画像診断や血清生化学データで閉塞性黄疸を否定できること、最後に⑤自己免疫性肝障害を否定できること等、が必要となります。

 

好酸球の増加(6%以上)を認めれば薬剤性肝障害を疑います。また除外診断等で薬剤性肝障害考慮するならば、服用中のすべての薬を原因として疑うことになります。

発症は服用開始後5~90日の場合が多いですが、それより長期でも否定できません。服用中は定期的な肝機能のチェックが望ましいとされます。

このように薬剤性肝障害の治療の基本は原因薬物の中止ですが、経過によっては肝庇護剤、ステロイドなどが使われます。

 

ところでAIHの治療薬であるアザチオプリンは、抗がん剤(6-MP:メルカプトプリン)のプロドラッグ(体内で代謝されてから作用を及ぼすタイプの効力の高い薬)です。

従来からの適応は

❶ 移植時拒絶反応抑制(ⓐ腎移植、ⓑ肝・心・肺移植)、

❷ ステロイド依存性のクローン病の寛解導入および寛解維持ならびにステロイド依存性の潰瘍性大腸炎の寛解維持、

❸ 治療抵抗性の次のリウマチ性疾患:全身性血管炎(顕微鏡的多発血管炎、多発血管炎性肉芽腫症、結節性多発動脈炎、)好酸球性多発血管炎性肉芽腫症、高安動脈炎等)、全身性エリテマトーデス、多発性筋炎、皮膚筋炎、強皮症、混合性結合組織病、および難治性リウマチ性疾患…これらの疾患群はリウマチ・膠原病専門医の担当領域です。

 

他方、PBCの胆管障害については、自己免疫を起点に獲得免疫が加わり、胆管障害が進展すると考えられています。

さらに、胆管細胞の細胞内HCO₃⁻と細胞外Cl⁻の交換を担う陰イオン交換因子2の発現低下やオートファジーの異常も注目されています。

本邦では治療において胆汁酸利胆薬であるウルソデオキシコール酸:UDCA(ウルソ®)とフィブラート系脂質異常症治療薬であるベザフィブラート(ベザトールSR®)の併用治療が長期予後を改善する報告がされました。

 

ウルソデオキシコール酸(UDCA)の適応は

❶ 胆道系疾患・胆汁うっ滞を伴なう肝疾患の利胆.小腸切除後遺症、炎症性小腸疾患の消化不良、慢性肝疾患における肝機能改善

❷ 外殻石灰化を認めないコレステロール系胆石熔解 

❸ 原発性胆汁性肝硬変・C型慢性疾患における肝機能改善…

 

PBCは、原発性硬化性胆管炎(PSC)と同様に慢性肝内胆汁うっ滞性疾患としてウルソデオキシコール酸(UDCA)を治療薬として用います。

上記のUDCAの適応❸ 原発性胆汁性肝硬変は、原発性硬化性胆管炎(PSC)の旧称ですが、改訂されていません。

症例数が増え早期発見が可能になるにつれて「肝硬変」を伴うような進行例の割合が減少したために名称から「肝硬変」がはずされました。

そしてPSCは肝内外の胆管に線維性狭窄を来す進行性の慢性炎症性疾患であるため、「硬化性胆管炎」に改称されたんものです。

ベザフィブラートは家族性を含む高脂血症に適応がある薬剤ですが、原発性胆汁性胆管炎は適応外です。

 

 

杉並国際クリニックからのコメント

保険が通るかどうかは開業医にとっては死活問題です。そして豊富な知識や誠意ある診療行為によって、医療経済的には全く理不尽な結果がもたらされることがあります。

 

たとえば、原発性胆汁性胆管炎(PBC)をきちんと診断できるほどの優秀な開業医がいたとしましょう。その研究熱心で患者思いの医師が、原発性胆汁性胆管炎の患者の治療のために、ウルソデオキシコール酸:UDCA(ウルソ®)とフィブラート系脂質異常症治療薬であるベザフィブラート(ベザトールSR®)の併用治療が長期予後を改善する報告を知っていて、同様の処方をしても保険は通りません。その理由は、ベザフィブラートは原発性胆汁性胆管炎には保険適応外だからです。

この場合、その勤勉で優秀な名医は、自分の銀行口座から、その患者さんの薬剤費の保険負担分が引き抜かれます。調剤薬局も患者さんも損失はなく、処方医のみが理不尽な損害を被ることになるのが現実なのです。

 

また、原発性硬化性胆管炎(PSC)をきちんと診断できるほどの開業医がいたとしましょう。その研究熱心で患者思いの医師が、原発性硬化性胆管炎の患者の治療のために、旧名称原発性硬化性胆管炎という病名を記載してルソデオキシコール酸(UDCA)を処方した場合にも保険が通らず上記と同様の損失を被ることがあり得ます。

旧名称の原発性胆汁うっ滞性肝硬変と新名称の原発性硬化性胆管炎が、事実上、同一の疾患であって、医学的には完全に正しい判断で、妥当な処方内容であったとしても、機械的に形式的に査定されてしまいかねないのが、現行の保険医療制度なのです。新しい知識や情報をもつ医師が、かえって損をする構図の一例です。