4月15日(水)水氣道の本質と稽古の構造および機能について(全5回)第3回 『転』の巻【水氣道への発展】

水気道はなぜ水氣道とも表記するようになったのか?

 

水中運動のコミュニティが「日本水気道協会」たるソサイエティへと発展し、「水気道」の活動主体として運営・管理する中で、筆者みずから研鑽を続ける傍ら、平成16年(2004)に、東京大学大学院で老年社会学や健康学習教育学教室を主宰する甲斐一郎教授(当時)の指導により修士(保健学)の学位を得て、ました。

 

翌17年(2005)には、イタリアの保養地モンテカティーに滞在し、理学療法士が始動する鉱泉水を用いた水中運動を体験し、水気道の運動にもビート板を使用するプログラムを加えることにしました。

そして、水中運動により声楽に適した心身の礎が築かれ、本格的に声楽の勉強をはじめました。またこの年の9月30日には、米国総合栄養大学(American Holistic College of Nutrition)の博士課程(通信制)を修了し、博士(総合栄養学)<Ph.D in Holistic Nutrition>を取得しましました。

この大学はアラバマ州にあり無認可校でありながら、極めて豊かな教育内容を持っていました。

日本の大学との教育内容との違いから、学士・修士の教材も送付され、それに合格してから博士課程の課題に取り掛かれるようにとの的確な指示にしたがい学習し、数十冊に及ぶ原書を精読し英文レポートを提出するという訓練は後々の役に立ちました。

 

それを受けて昭和学院短期大学ヘルスケア栄養学科の客員教授(病理学、臨床栄養学)に就任し平成29年(2017)まで続け、その間に病理学概論の教科書1冊、臨床栄養学の教科書2冊を出版しました。

 

このような水気道の鍛錬により、当初の予測通り、私自身の体調が良くなり、気分が安定し、体質が向上しました。

しかし、予測以上であったのは、総合的な活動性、生産性そして、とりわけ創造性が増し加わったことでした。

開業医としての業務を中断することなく、その間に、複数の学位や専門医その他関連の緒資格の取得、非常勤での授業、芸術活動などをこなすことができるようになったのは、水気道による稽古の賜物でした。特に水気道の本質的要素の一つに音楽性があることを発見しました。

 

水氣道の稽古に流れを感じるようになるのは、水氣道が水中での運動であることから自然の成り行きのように思われます。

そうして、水氣道の稽古が習慣化すると、日常生活のリズムが整い、生活上の諸活動が色彩豊かで実り多いメロディーとなり、それを実践する共同体によって活動全体が妙なるハーモニーが形成されていきます。

そして、水氣道の実践者の中には自分自身が人生を楽しみ味わうことができる「器」であることに開眼する人も現れつつあります。

そうなってくると、水氣道の稽古の流れが、ポリフォニー音楽のコンサートの流れのようにも感じられ、集団稽古があたかも合唱団のように発展していく兆しが見出されるようになります。

 

歌は「祈り」であり、また、そうした音楽は聖楽として宗教典礼に欠かせません。

そのようなことを思い巡らしてみたことによって、新たな発見がありました。

それは、水氣道の稽古の流れを、キリスト教会におけるミサの典礼の曲目(ミサ曲)の流れに対応して考察することによって、新たな気付きと有益な発想が得られるということでした。

 

平成22年(2010)には、通称であった水気道の正式名称を水氣道とも表記するようにしました。

その理由は、水氣道は単なる水中運動ではなく、食養生あるいは臨床栄養学との繋がりを大切にしてきたからです。

さらにいえば、日本発祥であり、米をはじめとする日本食を尊重していることなどを意識して、「気」の他に「氣」という漢字表記を採用することにしました。

この年には、東京大学リハビリテーション科の芳賀信彦教授の指導により先天性無痛無汗症の研究により東京大学博士(医学)の学位を得ました。

 

博士課程で先天性無痛無汗症の患者は痛覚のみならず、様々な表在感覚や深部感覚の障害を持っていることを明らかにしましたが、とくに痛みの本質と役割についてより深い関心を持つようになりました。

この研究を経験することによって、変形性関節症、骨粗鬆症、関節リウマチをはじめ、難治性の慢性疼痛性疾患とされている線維筋痛症に対する水氣道®の臨床応用を積極的に展開するようになりました。

 

水氣道に限らず、水中歩行は、水の物理的特性である抵抗・粘性・水圧・浮力・水温・熱伝導性等を利用してストレッチ効果、有酸素運動や抵抗筋力運動など優れた効果をもたらすことは、すでに良く知られています。

これは、浮力等の作用により抗重力筋の緊張を緩和することでストレッチ効果を生み、さらに陸上生活にあっては普段使用しない推進筋の運動を促すことなどによってもたらされます。

 

水中では資格情報が制限され、前庭感覚と固有感覚は浮力の影響を強く受けます。水中でのこのような微小重力環境に一定時間曝されると、環境順応のため陸上とは異なる運動制御能力が要請されます。

すなわち固有感覚受容器の感度は高まり、関節一知覚能力は向上し、姿勢の調節機能が促進されます。

そして水中でこのようにして整えられた姿勢は、呼吸パタンの改善をもたらします。

水中環境は水圧により、文字通り自然な加圧トレーニングとなり、胸郭運動に対する水圧負荷運動によって呼吸筋の機能を増し、動脈血中酸素分圧濃度を上昇させる結果、脳や筋をはじめ身体の諸臓器の酸素供給を促します。

 

水氣道は、このような水中運動の基本的なメカニズムを活用しながら、運動機能のみならず諸感覚の機能をも向上させることによって、自然に、あるいは半ば無意識のうちに自動的に、自分の心や体の変化に気づきやすい条件を整えていきます。

この自己の心身の状態の変化への気づきの促進は、リラクゼーションや自律訓練法など心身医学療法へのアプローチを容易にしています。