3月20日(金)抗悪性腫瘍薬投与中に注意すべき相互作用No5

心療内科:うつ病治療薬と抗癌剤

うつ病はWHOによると2030年にはすべての疾患中で最も経済的打撃を与えると予想されます。

うつ病は基本的には回復する疾患とされ、通常では数カ月で回復します。

しかし、実際には30~40%は薬物に抵抗性(薬が効かないこと)を示し、1年以上回復しない場合もあります。

 

うつ病は、昔から精神科医が担当してきましたが、うつ病診療を行っている精神科医の多くが心療内科を標榜しているため、一般の方ばかりでなく医療界においてさえ心療内科が誤解されたままになって、しかもそれが定着してしまっているのが現状です。

 

しかしながら、残念なことに、ほとんどの精神科医は線維筋痛症に代表される、心身医学的アプローチが効を奏するような慢性疼痛性疾患の患者さんに対して積極的であるとは言えません。

皮肉なことに杉並国際クリニックで経験した線維筋痛症の方の多くは双極Ⅱ型障害を合併していました。

 

精神科で初診時にうつ病と診断される患者の約2割は双極Ⅱ型障害(うつ+軽躁)があり、単極性うつ病と誤診されるとの報告がありますが、簡便な印象判断ではなく、本格的な半構造化面接(M.I.N.I)に加えて軽躁エピソードについて念入りに病歴を聴取してきた杉並国際クリニックの経験例では、むしろ約7割が双極Ⅱ型で、単極性うつ病は2割にも満たない結果でした。

そこで精神科での抗うつ薬による治療が効かなかったという相談を受けると、まず双極Ⅱ型障害ではないかどうかを検討するようにしています。

 

 

うつ病の女性が乳癌になったとしたら・・・?

 

ホルモン療法薬(抗エストロゲン薬)

・タモキシフェン(ノルバデックス®):乳癌

妊婦には禁忌です。

選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)といって、乳腺では増殖抑制、子宮内膜や骨では増殖促進に働きます。

 

選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)

・パロキセチン(パキシル®):

❶ うつ病・うつ状態、❷ パニック障害、❸ 強迫性障害、❹ 社会不安障害、
❺ 外傷後ストレス障害(PTSD)

 

選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI):

パロキセチン(パキシル®)、フルボキサミン(デプロメール®、ルボックス®)、セルトラリン(ジェイゾロフト®)

 

これらは鎮静効果がないことから非鎮静系薬とみなされます。

過量服薬しても比較的安全で、かつ治療域が広いことから抗うつ薬の第一選択薬として用いられています。

しかし、その効果は従来薬の三環系抗うつ薬を上回ることはなく、重症例には適しません。

心電図上のQT延長という異常所見(薬剤誘発性QT延長症候群:重症不整脈の引き金となる)の出現があるため心疾患の患者への投与は控えます。

 

パロキセチン(パキシル®)は抗不安作用を併せ持もつ比較的強力な抗うつ薬ですが、内服中断により中断症候群に注意、フルボキサミン(デプロメール®、ルボックス®)と同様にP450(肝臓の薬物代謝酵素)を阻害するため、併用薬との相互作用に注意します。

また、セルトラリン(ジェイゾロフト®)と同様にP糖蛋白(細胞膜上に存在して細胞毒性を有する化合物などの細胞外排出を行う)を阻害するため、抗悪性腫瘍薬や強心剤であるジギタリス製剤との併用時は注意します。

 

タモキシフェン(ノルバデックス®)による乳癌の治療中に、パロキセチンを服用すると、乳癌による死亡リスクが増加したとの報告があります。

パロキセチンがCYP2D6(生体内の異物を代謝する主要な酵素の1つ)を阻害することにより、タモキシフェン(ノルバデックス®)の活性代謝物のエンドキシフェンの血中濃度が低下することが原因です。

基本的には併用を避け、エスシタロプラム(レクサプロ®)等への変更を検討します。

 

 

 

杉並国際クリニックの視点から

〝うつ病〝と一口に言っても、杉並国際クリニックでは、「うつ状態」の方の受診が多いです。代表的なのは、上記にも触れた①本人も気付いていないような軽躁エピソードの既往のある双極性障害Ⅱ型のうつ状態です。

その他に②ストレスの度合いが大きく本人が適応できなくなる適応反応症での一時的うつ状態、③ 2週間以上典型的なうつ病症状が続くが夕方には元気になる抑うつエピソード、また、④ 不満や他罰性のためにうつが遷延してしまう持続性抑うつ障害のケースもあります。

 

いずれのタイプも早期察知・対応が大切です。

うつ病は身体症状で発症することがあり、その場合は身体疾患と診断されて治療が遅れてしまうことが多いと精神科医はしばしば指摘します。

しかし、他方、癌などの身体疾患を見落として漫然と向精神薬の投与を続けて手遅れになってしまうケースも稀ではないことも内科・心療内科医の立場から指摘しておかなければならないでしょう。

そのため、興味や関心の喪失や憂鬱さ、意欲低下といった精神面と同時に、睡眠障害や食欲低下、疲れやすさなどの典型的な身体症状以外の諸症状の出現についても注意深い観察が必要です。

 

実際に膵癌がうつ病と誤診されることは有名であり、乳癌患者がうつ状態になることも少なくないでしょう。

このような時代に、患者の精神面だけ、あるいは身体面だけを扱う臨床医学ばかりが展開を続けても日常医療の向上には繋がらない可能性が高くなりつつあります。

実際に、甲状腺疾患がスクリーニングされていないまま不適切な治療をなされているケースも多数経験してきました。たとえば、一般的に甲状腺機能亢進症は躁状態や不安傾向となり、逆に甲状腺機能低下症は抑うつ傾向となります。

 

このような臨床水準のまま、次々に副作用が多くリスクの高い抗癌剤が開発され、また、一方で、効果の差はわずかであるにもかかわらず、副作用において大きく異なる抗うつ薬が使用されている現実があります。

そうして、単独でも取り扱いの難しい薬剤同志を併用する必要が生じやすい超高齢社会においては有害作用のリスクは高まるばかりです。

 

癌医療と精神医療のインターフェイスにおいては、精神腫瘍学(サイコオンコロジー)という領域が誕生しました。

精神腫瘍学とは、がんと心の関係を精神医学、心理学、腫瘍学、神経学、免疫学、社会学、倫理学、哲学など自然科学・社会科学的手法を用いて探求する領域です。こうした心療内科を中心とする心身医学が正しく理解され、そして心療内科専門医が十二分に活躍できない限り、医療の多くの領域でAIの支援に大きく頼らざるを得ない時代に突入することになるのではないかと思われます。

 

<完>