12月11日(水)厄介な感染症No3.

感染性心内膜炎

20台女性。数日前から頭痛と呼吸困難感、悪寒・戦慄が生じたため初診となりました。

 

2週間前から38℃台の発熱(平熱36℃)があったため、近医内科を受診しキノロン系抗菌薬を処方され10日間服用したとのことでした。

 

解熱剤と良く効く抗生物質の処方を望んで来院されました。

 

 

 

意識清明。血圧88/52㎜Hg、脈拍124/分・整、呼吸数36/分、体温38.2℃、動脈血酸素分圧濃度SpO₂93%(診察室内空気)。

つまり、バイタルサインの異常は、低血圧、頻脈、頻呼吸、中等度発熱、准呼吸不全に及んでいました。

 

若い女性で、既往歴としては明らかな基礎疾患はないとのことでした。ただし、経過は1カ月以上に及び、複数の経口抗菌薬を投与しても効かないということ、歯科治療後に発熱を来したという情報を、ようやく聞き出すことができました。

 

 

眼瞼結膜は軽度貧血および出血斑、心音は胸骨左縁第4肋間にレヴァイン3/6の収縮期雑音聴取、胸部両側下肺部に全吸気時副雑音を聴取。腹部においては肝脾腫なし、他に異常なし。すなわち、項部硬直なし、頸部リンパ節蝕知せず、下腿に浮腫なし。その他、右手指に爪下出血あり、皮疹・出血斑なし。

 

 

もっとも気がかりなのは、准呼吸不全の原因が肺炎なのか心不全なのか、それとも別のものなのかどうかということでした。そこで胸部エックス線検査を実施し、まず心不全を疑いました。

 

 

ここで現病歴を振り返ってみると、歯科治療後の発熱、発症は亜急性で、複数の経口抗菌薬に反応しないこと、これまで指摘されたことのない心雑音、微小血栓(出血斑、爪下出血)などから、感染性心内膜炎を疑いそれを告げたところ、近日中に心臓専門医(循環器)を受診したいとのご希望で、私の提案をことごとく拒否して帰宅されました。

 

その後、意識消失により緊急入院となったことを第三者から聞きました。

 

当初は肺炎と診断され肺炎の治療を受けていたとのことでしたが、意識が回復したのち、私から感染性心内膜炎の診断を受けたということを担当医に告げることができたそうです。

 

そこで直ちに血液培養を実施してもらったとのことでした。しかし、その時にはすでに抗菌薬が投与されていたためか、原因菌がなかなか判明せず、結局、培養陰性心内膜炎とされてしまいました。

 

幸い当院通院中の患者の家族を介して、抗菌剤をすべて中止して数日してから再検する方法があることを伝言したところ、後日、原因菌が判明し、効果的な治療に繋がったということを確認しました。

 

胸部エックス線写真の異常は肺炎ではなく、やはり、感染性心内膜炎による心不全だったのでした。

 

適切な治療の開始が遅れたため、この女性は僧帽弁逆流症が悪化し、抗菌薬療法を継続しながら、心臓の手術(僧帽弁形成術)を受けた後、幸い無事に退院されたとのことでした。

 

 

心内膜炎を診断する際には、血液培養検査の結果がでなくても、心臓超音波検査(心エコー)で確認しておくことが重要です。

 

この症例では、患者本人からの検査拒否のため実施できませんでしたが、心エコーは心内膜炎および、その合併症の診断に極めて有用です。

 

本症例は、歯科処置が誘因になっている可能性がありました。その場合、緑色もしくは黄色連鎖球菌による感染性心内膜炎を疑い、ペニシリン系、セファゾリン、アミノグリコシド系抗菌薬を併用するなどの治療方略を初期から考慮しなければなりません。

 

他科での受診歴がある場合、それを目の前の主治医にきちんと伝えることは患者の義務です。無関係だからと決め込んで本人の実しか知りえない情報を提供せず、また必要な検査や治療を拒むことによって招いた結果の責任まで医師は負うことはできません。

 

とりわけ、医師が慎重に問診しているにもかかわらず、なかなか協力しようとしないというのは、とても残念なことです。