最新の臨床医学2019 6月15日(土)漢

第3回かぜやインフル予防に「補中益氣湯」がおススメ

 

 

2019/1/28

竹田 貴雄(北九州総合病院麻酔科部長)

 

2019年1月、新しい年を迎えて、今シーズンもインフルエンザが猛威をふるっています。当院でも、休日には200人近い救急患者が救命救急センターに来院します。 

 

救急医療の最前線で、研修医たちはカフェインたっぷりのレ○ド○ルやバ○ンといったエナジードリンクを飲みながら頑張っていますが、中には残念ながら当直明けにインフルエンザに倒れてしまう人もいます。そんな中で、研修医に「エナジードリンクも良いけど、どうせ飲むならこれが良いよ」とそっと処方する漢方薬が、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)です。

 

 今回は、かぜを引かないからだ作り、ストレスに負けないこころ作りにおススメの「漢方エナジードリンク」、補中益氣湯をご紹介します。

 

 

補中益氣湯は氣(き)のお薬 

補中益氣湯は、13世紀の中国で李東垣(りとうえん)先生により考案されました。戦乱の世にあった中国で、かぜを引いた兵隊を3日で最前線に戻すための薬を作るように皇帝から命じられた李先生が、命がけで生み出した薬です。

 

人参(にんじん)、黄耆(おうぎ)、朮(じゅつ)、陳皮(ちんぴ)、生姜(しょうきょう)、大棗(たいそう)、甘草(かんぞう)、当帰(とうき)、柴胡(さいこ)、升麻(しょうま)の10種類の生薬から構成される漢方薬です。補中益氣湯という薬名は、消化管(中)を補い(=補中)、氣を益(ま)す(=益氣)煎じ薬(=湯)という意味に由来します。

 

 

ここで少し、薬名に含まれる「氣(き)」について説明します。

 

昔の人はお米を炊く釜から立ち上がる湯気を見て、お米の中から出てくる目には見えないエネルギーを「氣」と名付けました。「氣」のつく言葉には、空氣、雰囲氣、電氣など色々とありますが、いずれも目には見えないけれどもそこにあるものとして、あるいはエネルギーとして、氣は存在していると考えます。

 

氣は生命エネルギーそのものです。私たちは両親から氣をもらって生まれ、おいしい食べ物を食べたりおいしい空氣を吸ったりすることで氣を体内に取り込み、生命活動を営んでいます。病氣や加齢により氣を使い果たしたとき、私たちはこの世を去ることになります。

 

 

氣の異常には3つのパターンがあります。

 

(1)氣虚(ききょ)=氣を体内に取り込めなかったり、使い過ぎたりすることで、氣が足りなくなる

 

(2)氣うつ(きうつ)=ストレスにより氣の流れが詰まってしまう

 

(3)氣逆(きぎゃく)=ストレスによりブチ切れてしまう

 

 3つのパターンの中で、補中益氣湯の効能は

 

(1)氣虚に対する補氣作用=エネルギー補給

 

(2)氣うつに対する理氣作用=ストレス発散・免疫力アップ

の2つとなります。

 

ここからは、2つの作用の仕組みについて少し詳しく解説します。

 

効能その1:氣虚に対する補氣作用=エネルギー補給

【代表的な構成生薬】

・人参(にんじん):朝鮮人参のことで、昔から不老長寿の薬として有名な生薬です。

 

・黄耆(おうぎ):からだの傷を修復し、エネルギー漏れを防ぎます。

 

人参でエネルギーを補いつつ、黄耆でからだの傷を修復し、エネルギー漏れを防ぎます。人参と黄耆を合わせて参耆剤(じんぎざい)と呼びます。参耆剤はスーパー補剤として、癌患者や多忙な研修医など、からだにもこころにも無理がたたっている人をサポートします。

 

なお、参耆剤の仲間には、十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)、人参養栄湯(にんじんようえいとう)、加味帰脾湯(かみきひとう)などがあり、癌患者の緩和ケア領域で処方されています。

 

 

効能その2:氣うつに対する理氣作用=ストレス発散・免疫力アップ

【代表的な構成生薬】

・柴胡(さいこ):ストレスを発散し、免疫力をアップします。

 

・升麻(しょうま):垂れているからだとこころをシャキッと引き締めます。

 

柴胡でイライラを発散し、升麻でからだとこころをシャキッと引き締め、免疫力をアップさせることで、インフルエンザを予防します。

 

帝京大学の新見正則氏は、2009年の新型インフルエンザ(A/H1N1pdm2009)流行時に、補中益氣湯による予防効果について検討しています。内服群(n=179)と非内服群(n=179)に分けて8週間観察したところ、インフルエンザの罹患者数は内服群で1人、非内服群では7人でした。補中益氣湯で新型インフルエンザを予防できる可能性があると報告しています(BMJ. 2009;339:b5213)。

 

補中益氣湯はKing of Drugs=医王湯(いおうとう)

補中益氣湯の適応は、「ツムラ補中益氣湯エキス顆粒」の添付文書によると以下のようになっています。

 

「消化機能が衰え、四肢倦怠感著しい虚弱体質者の次の諸症:

夏やせ、病後の体力増強、食欲不振、多汗症、結核症、感冒、胃下垂、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随」

 

色々な病名が並んでいますので、最初は何のことやらと混乱してしまいますが、先ほど述べた人参、黄耆、柴胡、升麻の効能を思い出していただくと、それぞれの病名を理解しやすくなります。具体的には、

 

・人参:夏やせ、病後の体力増強、食欲不振

 

・黄耆:多汗症

 

・柴胡:結核症、感冒

 

・升麻:胃下垂、痔、脱肛、子宮下垂、陰萎、半身不随

 と分類できます。

 

 1つの漢方薬で様々な病氣を治すことができることを異病同治(いびょうどうち)と言います。補中益氣湯は異病同治が可能な万能薬であり、“King of Drugs”を意味する「医王湯(いおうとう)」と呼ばれています。

 

今シーズンを補中益氣湯で乗り切りましょう

 

ここまでお読みいただいた方には、補中益氣湯が、かぜを引かないからだ作り、ストレスに負けないこころ作りに効く「漢方エナジードリンク」であることがお分かりいただけたかと思います。

 

 

からだとこころが疲れたと感じたら、補中益氣湯をぜひお試しください。補中益氣湯がご自身に合っているかどうかの判断基準は、

 

・飲んでみておいしいと感じたら、体力が落ちていて補中益氣湯が必要な状態

 

・飲んでみてまずいと感じたら、体力が十分あって補中益氣湯が不要な状態

 です。

おいしいと感じた方はインフルエンザの流行が終了するまで、あるいは元氣になっておいしいと感じなくなるまで、補中益氣湯を飲み続けましょう。

 

なお、補中益氣湯は小児、特に、受験が迫っているようなお子さんにもオススメです。かぜやインフルエンザに加え、受験のストレスにも負けないからだとこころ作りに役⽴ちます。補中益氣湯を飲んでみておいしいと感じたお⼦さんは、そのまま飲み続けながら受験シーズンを無事乗り切ってください。

 

 

聖ヒルデガルドの医学と漢方医学との接点(4)

If the stomach is irritated through different harmful foods and the bladder weakened through miscellaneous detrimental drinks, then they both will bring bad juices to the intestines and send a foul smoke to the spleen. The spleen will swell and become sore, and through its swelling and soreness create heart pain and cause slime to appear around the heart. But the heart is still strong and offers resistance to the heart pain. If, however, the previously mentioned juices increase in the intestines and spleen of the person and also bring the heart much trouble, then they will turn back to the black bile and mix together. Irritated through this black bile, together with the other juices, will rise angrily toward the heart with a black, foul smoke and tire it through numerous afflictions occurring suddenly. This is why such persons are sad and grouchy and eat and drink so little that they lose weight and sometimes can hardly stand upright. (CC174,21)

 

胃がいろんな害の多い食物で刺激され、膀胱が諸々の有害な飲み物で弱るならば、その両臓器は腸に悪い体液をもたらし、脾臓に腐敗したしぶきを送ることになるでしょう。脾臓は腫大して傷んできて、こうし腫れや傷みは心臓痛を引き起こし、粘液を生じて心臓の周りに出現します。しかし、心臓は依然として強く心臓痛に対する抵抗を示します。しかし、すでに言及した体液がその人の腸や脾臓で増加し、心臓にもさらなる問題をもたらし、そうなると両者は黒色胆汁に戻り、ともに交じり合います。この黒色胆汁が、他の体液と一緒に刺激されると心臓に向け黒くて腐敗したしぶきをともなって激しく増加し、種々の病気が突然発生することによって、それを疲弊させます。そのような人たちは悲しみにくれ不機嫌となり、ほとんど飲食しないので体重が減少し、ときどきまっすぐに立っていられなくなります。