「水氣道に救われた線維筋痛症の私」50歳代男性、大学教員<その1>

 

 

2011年1月4日。

 

正月三ヶ日が明けるのももどかしく、

 

やっとの思いで高円寺南診療所に辿り着いたのでした。

 

 

年末に<全身の具合が驚くほど悪くなって、ほとんど動けない、眠れない

 

という状態に陥っていました。

 

クリスマス辺りまではまだ何とか仕事をしたりしていたのが、

 

もう<床に転がって苦痛に耐えるしかできない>という有様。

 

 

その1ヶ月くらい前から体調がどんどん悪くなっていたのでした。

 

 

そこで、「まさか」とは思いながら、インターネットで調べまくり、

 

「自分は線維筋痛症にかかったんじゃないか」と心配していました。

 

もしそうだとしたら、「これから先の人生が台無しになるかもしれない」

 

という恐怖心を抱え込んでいました。

 

 

その「まさか」が、年明けになって「どうもそうらしい」に変わり始めました。

 

やりきれない思いの年越しになってしまいました。

 

 

どの医療機関の情報を見ても、あまり芳しい治療効果が期待できない感じでした。

 

とりわけ「大きな総合病院では、

 

ただの症状や一症例として扱われそうでかなわない」と思いました。

 

自然志向の統合的な医療を目指す≫という言葉に一縷の望みをかけて選んだところが、

 

お医者さんはたった一人だけの小さな高円寺南診療所だったというわけです。