診察室から:後輩患者を支援する先輩患者のシステム

水氣道のサポートシステムと最新の研究報告について

 

高円寺南診療所には患者会組織はありません。

 

しかし、水氣道の会員は、自然発生的に患者会のような機能を持ち始めています。

 

こうした自然発生的なコミュニティの存在意義は大きく、将来が不安で孤独になりがちな患者さんの多くを力づけ、治療効果ばかりではなく、再発防止にも役立つケースを多数経験してきました。

 

そこから、水氣道には対番制度(1対1のお世話係)から発展し、水氣道の各技法のファシリテーター、トレーナー、インストラクター制度が整い、将来的には水氣道の組織運営を担うスーパーバイザーを育成していく方向で展開しています。

 

 

今回、以下にご紹介する論文は、日本とは医療制度の異なる英米での研究で、しかも精神疾患を対象とするものですが、とても興味深い内容です。

 

水氣道会員の皆様はもちろん、会員ではない皆様にとっても貴重な情報ではないかと思います。

 

 

英国や米国では精神障害の経験者が患者の回復を支援するプログラムが導入されています。

 

精神疾患の急性期治療を終えた患者が、それらの疾患の経験者による支援によって再受診率低下に寄与することが示されました。

 

この結果は、英・University College LondonのSonia Johnson氏らが実施したランダム化比較試験(RCT)で初めて明らかにされLancet(2018; 392: 409-418)に発表されました。

 

 

精神疾患の急性期治療を終えた患者に対する

 

疾患経験者による支援

 

ARTICLES| VOLUME 392, ISSUE 10145, P409-418, AUGUST 04, 2018

 

Peer-supported self-management for people discharged from a mental health crisis team: a randomised controlled trial

 

精神疾患の急性期治療を終えた患者が、それらの疾患の経験者による支援によって再受診率低下に寄与する。

 

この結果は、英・University College LondonのSonia Johnson氏らが実施したランダム化比較試験(RCT)で初めて示された。Lancet(2018; 392: 409-418)に発表された。

 

対象:英国の6つの危機解決チーム(地域で精神疾患患者の危機介入を行うチーム)によるケアを受けた精神障害を有する441例(統合失調症、双極性気分障害、うつ病、不安障害など)

 

目的:対象者の疾患の経験者(以下、経験者)による介入効果を検証する

 

解析技法:RCT

 

方法:自己管理による回復を促すワークブックを配布する群(対照群)に220例、経験者による支援を行い、ワークブックを併用する群(経験者支援群)に221例ランダムに割り付けられた。なお、両群とも試験期間中も通常の治療を継続した。

 

 

両群で使用したワークブックは、

 

① 回復へ至るための目標設定

 

②地域および支援ネットワークでの居場所づくり

 

③早期に再発の徴候に気付くための情報

 

④再発を予防したり遅らせたりするための行動計画の作成

 

⑤良好な状態を維持するための対策

 

といった内容で構成されていた。

 

 

対照群ではワークブックを郵送しただけであったが、

 

経験者支援群では経験者がセッション時に記入の支援を行った。

 

経験者支援群におけるセッションは1時間を週に1回、計10回実施した。

 

 

セッションの内容

① 経験者はワークブックの記入の支援

 

② 患者が抱える問題について話を聞き、自身の回復過程で身に付けたスキルや対処法の伝授。

 

 

なお、経験者はRCTが開始される前に傾聴のスキルや文化的意識、自己開示、守秘義務について指導を受けた他、ワークブックの使用法についても学んだ。

 

 

主要評価項目

 

1年以内の急性期ケアサービス(急性期入院病棟、危機解決チーム、危機ハウス、急性期デイケアサービス)の再受診率とした。

 

結果

① 1年後の急性期ケアの再受診率は、対照群の38%に対して経験者支援群では29%と有意に低かった(オッズ比0.66、95%CI 0.43~0.99、P=0.0438、ロジスティック回帰分析)。

 

②経験者支援群では患者の72%がセッションに3回以上参加し、ほぼ3分の1が10回全てのセッションに参加した。

 

③ワークブックを読んだ患者の割合は対照群で84%、経験者支援群で88%と同程度だった。

 

④ワークブックに計画を記入し活用している患者の割合は対照群の28~44%に対し、経験者支援群では58~64%と高かった。

 

⑤ 重度の有害事象は71件(経験者支援群29件、対照群42件)発生したが、試験に関連していると考えられるものはなかった。

 

 

考察:Johnson氏の見解

①「経験者は、自身の経験を生かして患者に温かく、親身になって支援が行えるのではないか。また、患者にとって回復へのロールモデルにもなりうる」

 

②「この介入法は患者に許容可能なものであり、症状の再発を避けたいと考える経験者支援サービスの管理者やその利用者が実行できる内容であることが示された」として、「今回の結果は重要な意味を持つのではないか」

 

なお、英国では精神科で急性期治療を受けた患者の半数以上が1年以内に再受診しているのが実態。しかし、現時点でエビデンスに裏付けられた再受診率を低下させる方法はない。

 

③「今回の研究は、精神障害の経験者が患者の回復を支援するプログラムによる支援の有効性を示した初のRCTといえる」としている。

 

④ただし、「介入のどの要素が再受診率の低下に寄与したかは不明である」

 

⑤「ワークブックを受け取っただけの対照群でも再受診率は英国の全国平均を下回っていたため、ワークブックが一定の効果を果たしている可能性がある」

 

 

 

高円寺南診療所からのコメント:

皆様、いかがでしたでしょうか。米英でのこうした試みは、わが国の保険診療制度のもとで実現することには、まだ長い道のりを要することが予測されます。

 

そもそも病気を経験するということは、一般的にはマイナスの価値と受け止められがちですが、決してそうばかりではありません。病気を克服した経験は、むしろその人の本来の潜在能力を引き出す貴重な体験であるばかりか、他者にとっても有益な資源になるのだという着眼点は、とても大切だと思います。病気を克服した先輩患者は、必ずしも理想的なサポーターであるとは限りません。

 

しかも、先輩患者自身が再発する可能性もあります。ただし、後輩患者にとっても先輩患者にとっても、患者同士でなければ分かち合うことが難しい領域もあります。

 

それが可能であれば、助け手さえもが相手から助けてもらっている、ということも可能です。

 

たとえ医療の専門家であっても、自らが直接その病気を経験下のではない限り、共感や理解にも限界はあるのではないかと思います。

 

無資格の経験者が治療に関与することと、専門家による治療というのは、互いに拮抗するものではなく、互いに補い合う関係で発展していけるものではないかと思います。

 

水氣道は、現実の身近な場で、それを実践し続けています。