日々の臨床 ⑥:12月1日 金曜日<森田療法>

心身医学科(心療内科、脳神経内科、神経科を含む)

 

<森田療法>

 

心身医学の学会誌の最新号を手に取ってみると<皮膚とこころ>という特集が組まれていました。

 

<皮膚と心>といえば、太宰治の作品を想起します。太宰の研ぎ澄まされた感性が、すでに皮膚と心の相関を見事に描いています。

 

なお2000年以降、心身医学的アプローチをとる皮膚科のエキスパートが、皮膚科心身医学を立ち上げ心療皮膚科学というべき世界を開拓しつつあります。

 

 

2000年といえば、水氣道の骨格が定まった年でもあります。

 

水氣道は、紛れもなく日本発祥の心身医学の実践体系ですが、森田療法に通じるものがあります。

 

以下は、細谷皮フ科院長、細谷律子氏の掲載論文<皮膚疾患に対する森田療法>を抜粋・引用して私見を加えてみます。

 

 

森田療法は森田正馬が創案した心理療法です。

 

西洋医学的心理療法とは異なり、不安を取り除くことを治療目的とせず、ありのままを受け入れる生き方が大切であることを説きます。

 

この立場は、水氣道にも受け継がれています。

 

ゆえに、水氣道は森田療法的な心理療法ともいえますが、水中での団体的運動療法をベースにしていることが特徴です。

 

なお、温泉に身を委ねることでの森田療法として永田勝太郎博士の『温泉森田療法』があります。

 

 

森田療法の考え方の根底にあるものは、すべては自然の因果関係により保たれるという東洋的思想があります。

 

人生は川の流れのように、心は絶えず流動し変動します。

 

水氣道は、まさに水中の団体運動なので川の流れのような水流を発生させます。

 

その流れは絶えず流動変動し、心ばかりでなく体も絶えず流動し変動します。

 

 

自分中心に組み立てられた考えで自己の感情や他人をもコントロールしようとする生き方を捨てて、ありのままを受け入れ、本心の指し示すところに向かって行動していこうという考え方です。

 

 

水氣道は競技スポーツや個人でのスポーツジムトレーニングと決定的に異なるのは、自分という個人中心に組み立てられた考えで自己をコントロールしたり、

 

自分の欲求中心に組み立てられた考えで目標を達成しようとしたりすることから離れて、自分と自分を取り巻く環境としての水氣道のありのままを受け入れ、

 

作為的で不健全な個人の表層意識ではなく、自然で健全な集団の潜在意識(深層心理)の指し示すところに向かって、団体での身体活動を味わい楽しもうという考え方です。

 

 

以下に、細谷氏がまとめた森田療法のエッセンスを私なりに再構成し、水氣道の特徴の説明を試みます。

 

 

1.感情は操作不可能である

 

しばしば難治化したアトピー性皮膚炎の患者に見られるのが、かゆみ掻破行動にみられる<精神交互現象>です。

 

これは不安、恐怖、観念、身体的感覚などに注意を集中すると、その結果さらに注意が集中してしまう現象です。

 

感情は注意をそれに集中するとますます強くなりますが、放任すれば、いったん強まってもその後ついに自然消失します。

 

 

水氣道ではアトピー性皮膚炎で長年苦しんできた会員が活躍していますが、水氣道によって、かゆみによる不安を取り除こうとする感情を取り除くことができるので、かゆみも、掻破行動も同時に緩和することによって、<精神交互現象>による悪化の悪循環を強力に断ち切ることができます。

 

 

2.“はからい”と“とらわれ”

 

皮膚症状が重症・難治化してしまうアトピー性皮膚炎の患者は、何らかの現実の課題(不安要因)を持っていて、その原因が皮膚症状にすり替り、<症状さえなければ何でもできる>と訴えることが多いです。

 

患者は、現実の不安(課題)から免れようと“はからい”、激しく発作的に、あるいは反復・除属的に皮膚を掻破します。

 

これを断ち切るために、森田療法では、症状や行動に対して不問に付すことが大切であるとします。これを一般の外来診療で行うのが『外来森田療法』です。

 

 

しかし、アトピー性皮膚炎を治す目的で受診してきている患者さんに対して、症状や行動に対して不問に付す、というのは実際の外来診療ではなかなか受け入れていただけないのが現実です。

 

 

水氣道は、アトピー性皮膚炎の患者であることさえ忘れ、本来の自分に戻れる居場所あるいは健全で自然なコミュニケーションおよび団体的身体活動の場を提供することができます。

 

それによって、症状や行動に対して不問に付しつつ行動を共にすることが促進されることになります。

 

 

3.不安と欲望は表裏一体

 

欲望が強いほど不安は大きくなります。

 

その理由は、不安は、こうありたいという欲望(生の欲望⇒より良く生きたい思い⇒生きる力)と表裏の関係にあるからだとされます。

 

水氣道でも、不安は生きる力のエネルギー資源と考え、不安を取り除くのではなく、生命力に転換する訓練や修錬を実践しています。

 

 

4.不安はそのままにして、今やるべきことを行う

 

森田療法は、不安を取り除こうとせず、不安はそのまま放置して、今必要な行動を促していくことを、<あるがまま>のモデルとしています。

 

すなわち、行動することによって心理的変化が生じるという理念が背景にあります。しかし、<あるがまま>を実行することは一朝一夕にはできません。

 

 

そこで水氣道では、まず参加者の今やるべき日常からの解放をはかります。

 

これは、現実逃避ではなく、むしろ有意義な活動に積極的に取り組む切っ掛け作りになります。

 

水氣道において<今やるべきこと>は、稽古に参加する予定の日に、確実に稽古会場へ赴くことだけです。

 

なぜならば、稽古会場に到着してしまえば、その後は、水氣道の稽古環境に心身を委ねるだけで良いからです。

 

その際には、<今やるべきこと>という義務感は薄れ、気が付いてみると稽古が終了しているはずです。

 

水氣道で<今やるべきこと>を実行するということは、決断して最初の一歩を踏み出すだけのことに過ぎません。それだけで不安の大半は軽減されていくことを実感できることでしょう。

 

 

5.考え方の転換

 

森田療法では<観照>(起こっている事実そのものを観る)が習慣となるように指導します。

 

そして、<不安があるから頑張れる>などのポジティヴ・リフレーミング(肯定的な考え方の枠組みを提供する)を行い、事象のすべてに肯定的な側面があることを認識させていきます。

 

行動本位に生活することを指導するとともに、患者の人生観の転換を促します。森田の言う<思考の矛盾>の改めです。

 

 

これは、私たちの中の自然なもの(感情、身体感覚、欲望など)を、言語を中心とした知識、概念、思想で操作しようとする認知あるいは心の在り方によって生じる矛盾を改めるということです。

 

森田療法では、私たちの中の自然なもの(感情、身体感覚、欲望など)をあるがままとして操作を加えないように指導しますが、この点が、認知行動療法とは大きく異なるポイントではないかと思います。

 

認知行動療法は、ときには人生観の転換を迫るような侵襲性をもつことは否定できないと思います。

 

 

水氣道の立場は、私たちの中で不自然に歪められているもの(感情、身体感覚、欲望など)を、私たちを取り巻く治癒環境(水環境、水氣道の団体環境)に委ねて運動することによって、私たちに本来備わっていた自然で健全なもの(感情、身体感覚、欲望など)を取り戻そうとするものです。

 

言語を中心とした知識、概念、思想で操作するのではなく、言語は、あくまで補助的、補完的な示唆に留まるものと位置づけています。

 

 

6.あるがままの体得

 

森田療法によって、アトピー性皮膚炎の患者さんは、いつの間にか、自分の気分や皮膚症状に執着した自己中心的な意識は外へと広がり、かゆみや掻破行動のとらわれから解放されていくとされます。

 

 

行動本位の生活を続けていくうち、自己肯定感が生まれ、自己を受容できるようになり、他人に対する思いやりも養われるといわれます。

 

 

水氣道では、水という生命の本質を支える自然環境と団体組織という人的環境に心身を置くことによって、自分の内にあるものと、自分の外にあるものとの健全な関係性を再構築していきます。

 

それは、単に自己実現をはかるにとどまらず、自己超越をも希求するものといえます。

 

患者さんに<あるがまま>を体得していただく上で、水氣道は卓越した本質を備えていると考えています。