総合医療・プライマリケア
< 病院総合医 > 政治と同様、掛け声ばかり!?
日本病院会(=日病)は10月3日の定例会見で、卒後6年目以降の医師を対象とした「病院総合医」の育成を来年4月から開始すると発表しました。
認定に必要な研修期間は原則2年(最短1年)です。
日病では「便利屋さんではなく、リスペクトされる病院総合医を育てたい」とし、将来の病院幹部の候補者としての期待も示しました。
定例会見で日病の相澤会長は、病院では総合的な診療能力を持つ医師を有り難く思っているものの、その地位は確立したものではなく、将来的なキャリア形成も明確になっていないとの認識を示した上で、複数の病気を持つ高齢患者が増える中にあって「病院にこそ総合医が必要だ」と強調しました。
こうした意見表明がなされる度に考え込んでしまうことがあります。
それは、なぜ、便利屋さんではいけないのか、そして、便利屋さんだとなぜリスペクトされないのか、ということです。
文字通りの「病院総合医」が実在して、きちんと機能していれば、皆にとってとても便利なはずです。
便利屋で良いではありませんか。
便利であるのにリスペクトされないとしたら、世間様とはそうしたものだ、位に割り切れる位でないと、高円寺南診療所の所長すらまともに勤まらないと思います。
「病院総合医」は、2018年度から始まる日本専門医機構による「新しい専門医の仕組み(いわゆる新専門医制度)」とは別の枠組みで、日病が育成プログラムを作成・運用し、認定を行う資格です。
なぜ、資格が必要なのでしょうか?日本専門医機構による「新しい専門医の仕組み(いわゆる新専門医制度)」に入り込もうと、多数の医学会の専門分科会がしのぎをけずっています。
その理由は、この枠組みに入れないと、専門外の医師からリスペクトされないからに他なりません。
病院総合医を「高い倫理観、人間性、社会性をもって総合的な医療を展開し、将来の管理者候補として期待される人材」と位置づけています。
たとえ病院経営者が「病院総合医」を管理者候補としても、他の専門医からリスペクトされなければ、実際に管理者になることはできないでしょう。
万年候補者で終わりかねないというリスクを誰が知ることでしょう。
対象は、卒後6年目以降の医師。研修期間は原則として2年間で、病院総合指導医(主に臨床研修指導医講習会修了者)もしくは病院管理者が育成プログラム基準で定めた到達目標を十分達成していると責任をもって認めた場合は、1年で認定を受けることができます。
いずれにしても、病院総合指導医が存在し得ないのに、どのようにして2年間程度で病院総合医を育成できるのか、疑問は尽きません。
病院総合医の理念として、5つの柱を定めたもようです。これはいわば戦略論のマニフェストの様なもののようです。
①病院で多様な病態を呈す患者さんに、包括的かつ柔軟に対応できる総合診療能力を持つ医師を育成する
⇐ このようなことが実現できる病院があるとしたら、高円寺南診療所レベルの総合診療能力を遥かに凌ぐ医師を育成することになります。率直に申し上げて不可能だと思います。
②複数の診療科、また介護、福祉、生活などの分野と連携・調整し、全人的に対応できる医師を育成する
⇐ まさに美辞麗句かつ空理空論のイデオロギーのように思われます。
複数の診療科と連携・調整できる医師、介護、福祉、生活などの分野と連携・調整できる医師、全人的に対応できる医師、
この3つのうちのどれ1つをとっても困難極まりないということを、多くの臨床医にとって常識なのではないでしょうか。
一例を挙げれば、生活保護者の医療費負担(医療券や痔リス支援法の適応など)について、地元の福祉事務所と都との責任の押し付け合いに巻き込まれて苦慮しているのが医療現場の実情なのです。
③地域包括ケアシステムでの医療・介護連携の中心的役割を担える医師を育成する
⇐ <最初に地域包括ケアシステムありき>、のようですが、保健行政とりわけ保健所の忠実な下請け業者になるので、まさに行政サイドの“便利屋さん”です。
しかし、医療・介護連携の中心的役割を担えるかどうかは、看護・介護の業界から絶大なる支持を受けることができない限り不可能だと思います。
それを、あたかも実現可能であることを暗黙の前提とするならば、思い上がりというものではないでしょうか。
行政や行政サイドに立つ医師が、制度矛盾に苦しんでいる看護業界・介護業界からリスペクトされることは容易でないと思います。
現に、あちこちで看護と介護との間に不一致と不協和音が聴かれるようですが、一介の病院総合医がそれをどのようにしたら仲裁できるというのでしょうか。
④多職種をまとめチーム医療を推進できる医師を育成する
⇐ これも多職種からリスペクトされることが前提ですが、昨今のコメディカルのプライドは益々高く、医師への要求水準はいや増すばかりです。
日野原重明先生のような権威と影響力のある医師の再来は容易に望めるものではないと思います。
⑤総合的な病院経営・管理能力があり、病院だけでなく地域医療にも貢献できる医師を育成する
⇐このような優れた能力を持ち合わせる医師を、どのように待遇することができるのでしょうか。
たとえ<病院総合指導医>なる称号と病院管理者のポストを用意したところで、周囲から羨望の眼差しを向けられるようなスターにでもならなければ、
せいぜい便利屋さん留まりであり、リスペクトはとうてい期待できないのではないかと思います。
それにもかかわらずリスペクトを期待しない便利屋は<殉教者>であるのに対して、
リスペクトを当然視する実力者は<権力者>に過ぎません。
世間様から真の意味での<病院総合指導医>に望ましいとされるのは、<権力者>でなく<殉教者>なのではないか、と思われてなりません。
こうした理念に基づいて、5つのスキルを身につけることを到達目標とするそうです。これは、具体的戦術ということでしょう。
①インテグレーション・スキル:多様な病態に対応できる幅広い知識や診断・治療によって包括的な医療を展開・実践できる
⇒本気なら、大学病院や総合病院でなく、まずは高円寺南診療所で研修してください、と言いたいところです。
②コンサルテーション・スキル:患者さんへの適切な初期対応を行い、必要な場合にはしかるべき専門診療科への速やかな相談・依頼を実践できる
⇒真剣にやるなら、これも大学病院や総合病院でなく、まずは高円寺南診療所で研修してください、と言いたいです。
③コーディネーション・スキル:各専門科医師、薬剤師、看護師などすべてのスタッフとの連携を重視し、調整役としての役割を実践できる
⇒医薬分業が進んでいるので、医師と薬剤師との連携はある程度実現できているように思われます。
しかし、各職種間の連携の調整役とは、ある意味で裁判官や調停人のような権限が必要となりますが、法的な裏付けがありません。
裏付けがないから、少なくともリスペクトを受けられることが必要です。
しかし、リスペクトには強制力はありません。所詮、絵にかいた餅ではないでしょうか。
④ファシリテーション・スキル:多職種協働による患者中心のチーム医療の活動を促進・実践できる
⇒まず<患者中心>の意味を十分検討して、わかりやすく説明して欲しいものです。
それから<医師はサービス業である>という意味を誤解して用いているのは一般人だけでなく、医師の中にも紛れている現状では、正しい理解と運用は相当の困難が伴うことでしょう。
高円寺南診療所のような小規模医療機関でさえ、多職種協働による患者中心のチーム医療の活動を曲がりなりにも促進・実践できるようになるまでに20年以上の歳月を要しました。
⑤マネジメント・スキル:総合的な病院経営・管理の素養を身につけ、地域包括ケアシステムや日本全体の医療を考慮した病院経営を実践できる
⇒①総合的な病院経営・管理の素養を身につけること、
②地域包括ケアシステムや日本全体の医療を考慮すること、
③そして①と②に矛盾抵触しない病院経営を実践できること、
これは言い換えれば、国家社会主義の支配下にあって民間資本主義を充実・発展させていくことが強く求められているということです。
これは、明らかな制度矛盾であって、もはや臨床医の担当する次元を遥かに超えているのではないでしょうか。
<病院では総合的な診療能力を持つ医師を有り難く思っているものの、その地位は確立したものではなく、将来的なキャリア形成も明確になっていない>ことは、以上のような戦略構想と戦術展開であれば、今後も成功する可能性は乏しいと思われます。
複数の病気を持つ高齢患者が増える中にあって総合医が必要なのは論を俟たないのですが、このニュースを読んで、その活動の現場は病院ではなく診療所であるという認識を新たにしました。
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