日々の臨床 4月15日 土曜日

内分泌・代謝・栄養の病気

 

テーマ:バゾプレッシン不適合分泌症候群(SIADH)

 

 

<体がだるくて食欲もない>という経験は誰にでもあるのではないかと思われます。

 

この患者さんは、他の精神科(本人は、心療内科と言っている)を受診して抗うつ薬をもらっているとのことでした。

 

ところが、先日、その精神科医に最近、全身倦怠感と食欲不振が徐々にひどくなってきたことを伝えたところ、

 

「思った以上にうつ病が悪化しているので、抗うつ薬を増やしましょう」とのことで、

 

薬を増やしてもらったのに、かえって調子が悪くなってきたので助けて欲しいとのことでした。

 

 

この患者さんが内服していた抗うつ薬は

 

比較的新しいタイプの抗うつ薬ですが、容量も妥当な範囲でした。

 

ただ、不安も強くて、常に水を持ち歩いているとのこと。

 

念のため、毎日どのくらい水を飲んでいるのかを尋ねると3Lほど、とのことでした。

 

身体にむくみはみられません。それもこの種の患者さんとしては、特別な傾向ではありません。

 

統合失調症の患者さんでも、そのような行動をとる方もありますが、そのような兆候もありません。

 

 

そこで、血圧を確認してみると84/52mmHgと低め、脈拍数は54で徐脈でした。

 

次に血液と尿の検査を行ってみました。

 

すると、血清ナトリウムは133mEq/Lと明らかな低ナトリウム血症でした。

 

血清カリウムや腎機能は正常でした。

 

これに対して尿中のナトリウム濃度は25mEq/Lでした。

 

血液中のナトリウム濃度が低い原因は、

 

尿へのナトリウム排泄量が亢進しているためであると考えられます。

 

 

この場合、診断にためには、低ナトリウム血症を来すすべての病気が対象となります。

 

水分摂取過剰により、血液中のナトリウムが希釈されることがありますが、

 

3L程度の水を毎日飲んでいる痛風患者などはザラにいます。

 

それでも血液が異常に希釈されることはまずありません。

 

また、がんなどの悪性腫瘍や中枢神経疾患、肺病などが知られていますが、薬の副作用の可能性もあります。

 

薬の中にはAVP(アルギニン-バゾプレッシン)という抗利尿ホルモンの分泌を刺激したり、

 

あるいは腎臓の尿細管でのAVPの作用を増強したりするものを服用している場合には要注意です。

 

その他、この患者さんが内服していたパロキセチンという抗うつ薬には、

 

バゾプレシン不適合分泌症候群を引き起こすことがあります。

 

つまり、この薬の抗利尿作用により、利尿がつかず、

 

体液が過剰に貯留させてしまうことがあるわけです。

 

 

そこで、パロキセチンによるバゾプレッシン不適合分泌症候群(SIADH)を疑い、

 

パロキセチンの段階的中止を主治医(精神科医)と相談するように勧めました。

 

ところが、うつ状態の増悪と主治医との関係性の悪化を怖れるこの患者さんの了解は得られませんでした。

 

そこで、念のため、この患者さんの水分貯留の経過は急性ではなく慢性であるため、

 

飲水制限と塩分摂取を勧めましたが、やはり反応が不良でした。

 

 

その後、この患者さんは、主治医から再度パロキセチンの処方を増量されましたが、

 

辞退してきたので、助けてほしい、との願いを受けたため、

 

パロキセチンの段階的中止を実施することができました。

 

 

その後、急速に改善し、体が軽くなり、食欲も湧き、自然に飲水量も少なくなりました。

 

また、永らく患ってきた鬱状態も軽快しました。