「音海聖楽院」構想について

ディレッタント音楽家養成機関の設立を思い立った背景 >

 

 

わが国の草の根の音楽の歴史を振り返ってみますと1950-60年代には、

 

一部の喫茶店において、店主や専属の生バンドが楽器を演奏して

 

客が歌う「歌声喫茶」という業態がありました。

 

ただ、飲食店などにカラオケ装置が設置され始めた70年代には、

 

ほとんどの「歌声喫茶」が姿を消しました。

 

カラオケは専ら酒席の余興という位置づけであり、

 

収録されていた曲の多くが演歌だったためか、主に中高年層に支持されていました。 

 

 

1980年代半ば、カラオケボックスという

 

それまでの概念を根底から覆す画期的な事業形態が誕生しました。

 

カラオケのみを専門的に提供する純粋にカラオケで歌うために赴く場所です。

 

 

1990年代以降は通常の建築物内にカラオケ専門ルームを設えるタイプが主流です。

 

こうして飲食店ではじまったカラオケブーム現在でも廃れることなく、

 

誰でもフルオーケス卜ラをパックに歌を楽しむ機会が容易に得られるようになりました。

 

 

それに加えて若者達がロックバンドに参加したり、中高年者がジャズを演奏したり、

 

さらにはクラシック音楽愛好者がパロック音楽を弾いたりするなど、

 

音楽のジャンルを問わず演奏そのものの楽しみがますます再認識されてきています。

 

この社会現象は、音楽の3面構造である作曲・演奏・観賞のうち、

 

専ら鑑賞者であった愛好家が演奏者を志向していることを示しているのではないでしょうか。

 

 

しかし、残念なことに特にクラシック音楽のジャンルでは、

 

実力も肩書も一流の演奏家の名演をひたすら畏まって受身で聴くことから脱しがたい

 

保守的な傾向が興行側にも観客の側にも色濃くあり、

 

そのスタイルが定着したまま全体的に衰退傾向にあることは否めません。

 

クラシック音楽復興のためポップスをはじめロックやジャズのように

 

クラシック音楽を自らの生活空間ないしは、

 

その延長上である身近な場所で、

 

気軽に演奏に参加する文化サロン的な楽しみを

 

大衆的に復権させることは難しいことなのでしょうか。

 

 

たとえば、いつの世にも、歌いたいけれども

 

人前で歌うことを苦手とする人も少なからず存在します。

 

 

そうした方々は人前で歌うことを本気で嫌悪しているのでしょうか。

 

否、必ずしもそうではなさそうです。

 

アマチュアの音楽家で内気な人であっても、

 

可能であればプロの音楽家と演奏したいと願っているものなのではないでしょうか。

 

そんなタイプの愛好家でも音楽そのものが持っている感覚的な喜び

 

あるいは作曲家からのメッセージを

 

ダイレクトに生き生きと受けとめる経験をすることは可能だと思います。

 

また、そうした経験を重ねると演奏により大きな楽しみをみつけることができます。

 

そして、聴衆として鑑賞するだけでは気づけなかった

 

音楽のデリケートな細部の美しさに次第に引き込まれていくようになることでしょう。

 

さらに演奏という自らの心身の活動を通して時々刻々と展開していく世界に

 

知的にも感覚的にも身体的にも大きな感動と満足感を呼びおこします。

 

 

幸運にも好みの作曲家に出会えると、

 

(それは自ら見つけることに限らず、プロの演奏家から紹介されることもしばしばあることですが)

 

楽譜の髄所に残されている作曲者のメッセージのみならず、

 

演奏者の音楽性や想像力に委ねられた部分をも見出して

 

音楽を芸術的に再創造する楽しみを覚えていきます。

 

この水準になると再現芸術としての演奏は、通俗的なアマチュアの領域を越え、

 

高尚なディレッタントとしての課題になって参ります。

 

実際に有能なディレッタント揃いのアマチュア達は

 

物怖じすることなくプロの領域に挑戦していくのです。

 

そうして平凡なアマチュアを有能なディレッタントにまで引き上げる事業に貢献するプロ達は、

 

自らの意識や存在感もさらに高まっていくことを実感できるのではないでしょうか。

 

また、プロとディレッタントとのアンサンブルにはスポーツに似た要素があって、

 

心地よい緊張に包まれます。体力と精神力を集中させて互いの呼吸をはかり、

 

一方で自分を表現し、他方ではパートナーと統合体になる努力と工夫を凝らすわけです。

 

このため、プロとディレッタントとのアンサンブルは

 

独奏より"よい汗をかく"生理的快感さえも生むのです。

 

平凡なアマチュアが有能なディレッタントに成長し

 

プロとのアンサンブルを芸術的に成功させたときの感動と達成感のかなり多くの部分は、

 

この辺りにあるのかもしれません。

 

 

 プロでなくともよい!ただし、アマチュアを脱したい!と願っている方々、

 

そうした方々をサポートすることに強い関心のあるプロの方々へ提案します。

 

 

それは、ディレッタント音楽家養成機関 「音海聖楽院」 設立構想です。